第6話 はじまり-6
おんちゃん以外の三人で相談し、チヴェカさんからもらった水の残りはおんちゃんにあげることにした。先ほどの謝罪を含め、おんちゃんは慌ただしく動いており一番水分が必要ではないかと判断したので。それに、後少しでシャヌラへ着くから、そこまでは我慢できそうだ。
おんちゃんはお礼を言い、水を飲み干した。
しばらく歩くとベンチに座っている親子を発見した。三十代ほどの母親と七、八歳くらいの男の子だ。何やら食べているのが分かる。
おんちゃんに隠れてと言おうとしたが、すでにいなくなっていた。
「こんにちわ」と親子に挨拶をし、隣の空いているベンチに三人で座る。何気にこの世界での初めての椅子だ。周りをよく観察すると、後方に木が三本生えており、そこに果実らしきものが付いている。そう、親子が食べているのはその果実なのだ。
「それは僕たちもあそこから取って食べていいのですか?」後方を指差しながら、母親に話しかける。
「ええ。大丈夫です。ここで休憩する人は皆食べてますよ」優しみの口調をいただいた。
僕たちはお尻を上げ、後ろの木の生えている方へささっと向かう。
手が届く範囲の果実をもぎ取り、ベンチへ戻る。表面は茶色で少々硬いが、指で圧を掛け皮を貫く。そして、両手首をスナップさせ半分に割る。中からは海ぶどうを赤く染色したような、小さなツブツブの実が出てきた。それを指でつまみ、口に入れてみる。酸味があるが、少しの甘さも感じることができる。それ以上に水分を含んでいるので、今の水を欲している身体にはとても効果的で、快感を得ることができた。
ぼっさんとうにやんもだいたい同じような感想を言っており、食べている途中、親子がそれではと挨拶をして席を立ちシャヌラ方面へ歩いて行った。
親子の姿が小さくなったのを見計らうかのようにおんちゃんが音を立てずに現れた。ぼっさんが果実を手渡し、おんちゃんも受け取ったものを割り、口に含んだ。
「これは何ていう果物なの?」おんちゃんが質問してくる。
「さぁ」
「聞けばよかったね」うにやんが二つ目を割りながら答える。
「むちゅふになって食べへたから、名前はひにしてなかったはぁ」ぼっさんがプチプチと咀嚼しながら喋る。
各々三、四個食べベンチで休む。
皆無言だ。
僕はベンチに背を預け、目をつむる。身体全体に安心感が巡り、力が抜けていく。そして、意識が遠くなり考えも途切れ……。
「…………」
「寝ちゃダメだ」僕は瞼を見開き、皆に声を掛ける。
「寝てないよ。空を見てた」とぼっさん
「絵の構図を考えてた」うにやん。
「ストレッチしてた」身体を曲げているおんちゃん。
みんな元気で何より。
僕たちは十分に休憩をして歩みを再開した。
数十分後、二本足で立っている看板が見えてきた。
「シャヌラへようこそ」僕は看板の文字の意味を声に出す。
「ん? ここからシャヌラの町ってこと?」とぼっさんが疑問を放つ。
「そうじゃないの」おんちゃん。
「塀とか、門とかは無いのかな?」とうにやん。
「それは僕も想像してた、町の入り口にいるであろう門番にどうやって説明しようかと考えていたよ」
「まぁ。僕たちの世界、日本の町だって塀に囲まれているわけじゃないから、これはこれで普通なのかもね。創作物の影響を受けて、勝手に想像してしまっていたわけだ」とぼっさん。
「それにしても、この文字読めるね」おんちゃんの良い指摘。そう、おんちゃんの言う通り、日本語でも英語でもない文字が書かれている。線がくねくねと曲がっていたり、鋭角に曲がっているものがある。まぁでも日本語もアルファベットも曲線と直線の集まりだよな。と思ってしまった。
「これ、ひらがなのちに似てない?」とうにやんが一つの文字を指差す。
「ほんとだ」僕も他の文字を注視してみる。
「これ、カタカナのイじゃない?」ぼっさんも見つける。
「「イ」って二本の線で構成されてるから、他の国や世界でも同じような文字が作られてそうだよね」おんちゃんも文字を遠目で見ている。
結局、これ以上の発見は無く、看板を見ることをやめた。
「なんで知らない文字が読めたんだろ」と呟いてみる。
「読めたというか、意味がわかったというか。なんでかはわからないけど、無意識に変換される感じだよね」空を仰ぎ見るぼっさん。
「知らないうちに身体をいじられて、この世界の文字を読めるようにされたってこと!? 怖い」両手を身体に当てるおんちゃん。
「前に話してた特典の話じゃない?」うにやんがおんちゃんの身体をペンタブの替え芯でくすぐりながら話す。
「なるほどね。文字が読めないと不便だから読解能力を与えられた訳だ。じゃあチヴェカさんや他の人との会話も勝手に変換されているのかも」僕が話してる正面で、おんちゃんはくすぐられており、身体をくねくねさせている。
「うん。ボクたちは日本語で喋ってるけど、相手はこの世界の言葉に聞こえているのかもね」とうにやん。くすぐる手は止めない。
「そして、この世界の人たちの言葉は日本語に変換されて俺たちに聞こえると」ぼっさんが腕を組む。「何故なのかは、今考えても仕方が無いので受け入れるしかないね」
僕とうにやんは頷く。おんちゃんはくすぐりから解放されて怯んでいる。
「ここから町に入るなら、民家や店が立ち並ぶだろうから、おんちゃんの裸を隠せない問題」すでに林はなくなり平野が広がっていることに気付きながら話す。
「置いてもいけないからね……。うにやんの着ているシャツを腰に巻くのは?」うにやんの方を見るぼっさん。
「まぁそうなるよね」いつかは言われるだろうと思っていた様子のうにやん。
「ありがとう」と左手を差し出すおんちゃん。
まくっていたシャツの袖を伸ばしてから、ボタンを外すうにやん。
そして、シャツを脱いだ先に見えたのはTシャツにプリントされた鈴知こもかの姿だった。
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