第5話 はじまり-5

 チヴェカさんと出会ってから二時間ほど経っただろうか、僕たちは山の麓まで歩いてきた。東西に整地された道が延びており、奥、北には雑木林が緩やかな斜面いっぱいに広がっている。


「道無き道で迷ってさ、こういう道を見つけると安心するよね」


「分かる」ぼっさんが共感してくれる。「あとはこの道を進んでいけば、人が居るところに出られるだろうなっていう考えが湧いてくるよね」


「そうそう」


「何かくるよ」うにやんの声に反応して道の先を見る。


「やばい。隠れよう」ぼっさんが皆を林の中へ促す。


 そそくさと林の中へ入りしゃがみこむ僕たち。


 しばらくして、カラカラと音がしてきた。


 徐々に音が大きくなり、物体が視認できるようになった。


「…………」


 馬車だっ。二頭の茶色の馬が木製の車を引いている。もちろん御者もいて、手綱を持ち鎮座している。口周りにフサフサなヒゲを生やした初老の男性だ。袖まくりをしている白のシャツに茶色のズボン、泥が付着している革のブーツを履いている。荷台はよく見えないが植物、花を積んでいるみたいだ。先っぽだけ見えた。


 馬車の音が遠ざかり僕たちは道に出た。


「人いたね」


「うん。羽は付いてないみたいだけど」うにやんが馬車が過ぎ去った方角を見ながら話す。


「そうだね。僕たちみたいに羽が無い人もいるみたいだね」


「これなら今後は隠れなくても良さそうじゃない」おんちゃんが言う。


「いやいや。おんちゃん裸だから隠れないと」ぼっさんが反論する。


「チヴェカさんは普通に対応してくれたでしょ」とおんちゃん。


「チヴェカさんは寛容なんだよ。それに裸については疑問視していたでしょ」とぼっさん。


「……それもそうか」説得されるおんちゃん。「でも、もしかしたら……いけるかも。大丈夫かも」説得されていなかったおんちゃん。


「また誰かくるみたいだよ」うにやんが東の方角を見ながら教えてくれる。


「じゃあ、今度は隠れないようにして、問題なさそうだったら、来る人に話しかけよ」とぼっさんが提案する。


 よしっと意気込むおんちゃん。


 僕たちもシャヌラへ行くために道を東へ歩き出し、前方から歩いてくる人と近づきつつあった。


 どうやら男女二人組らしく、年齢も僕たちよりやや上のような感じがする。しかし、明らかに距離を取られているのが分かる。


 僕たちは道のやや中央よりを歩いているが、相手方は道の端を俯いて歩いてくる。すれ違う時にはすでに話しかけずらい雰囲気が作られており、結局通り過ぎてしまった。そして男女二人は足早に去っていった。


「ほらねっ」しばしの静寂のあと、ぼっさんが口を開く。


「まだわからないよ。みんなの服装だって、こっちの世界の人にとっては珍しいだろうから引いていたかもしれないし」と退かないおんちゃん。


「またきたよ」っとうにやんの声が鼓膜を波打つ。


「今度は私抜きで試してみよ」すたこらと林の中へ入っていくおんちゃん。


 前方からはまたもや二人組で今度は女性のみである。近づいてきても特に変わった様子もなく、僕は話しかけてみることにした。


「すみません。こっちに進むとシャヌラへ行けると聞いたのですが、合っていますか?」


 急に話しかけられて少し戸惑っているようにも感じたが、合ってますよと答えてくれた。


「どれくらい歩けば着きそうですか?」


「一時間も掛かりませんよ」


 僕たち三人はお礼を言い会釈をして女性たちと別れた。


 それを見届けたか、おずおずとおんちゃんが出てくる。林の中から裸体の男性が無言で出てくるのは滑稽だ。


 こうして、僕たちはシャヌラ方面へ歩を進め、人とすれ違う際、おんちゃんは林の中に隠れるのであった。



「そういえば、この世界の人たちの衣服、そんなに違和感が無いね」しばらく歩いた後、話題を振る。


「さっきの女性二人もワンピースとかジーパンのようなものを履いてたね」ぼっさんが小石を避けながら歩く。


「生地もきめ細やかに見えたよ」うにやんも良く観察していたようだ。


「案外、文化が発達しているのかも」現在の自分の姿とは真逆のことをおっしゃるおんちゃん。


「僕たちの格好もそんなに懐疑的に見られてなかったしね。流石に足元には視線を感じていたけど」僕は脚を上げて素足を強調する。


「それは、しょうがないよ」とぼっさんも砂まみれの足を見せてくる。


「また人がくるよ」うにやん警報がこだまする。


 ただし、警報に対応しなければいけないのはおんちゃんのみ。おんちゃんは慣れた動きで林に突っ込んでいく。


「…………」


「おんちゃん」うにやんが林に向かって呼びかける。


 大木の幹から顔を出すおんちゃん。


「ごめん。見間違いだった」うにやん、笑顔で謝る。

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