第4話 はじまり-4

「手短に端的に言いますと、彼、おんちゃんは裸で過ごすことが好きな人です」チヴェカさんの質問に答えておく。


「あ、なるほど」ポンっと手を叩くチヴェカさん。


 おんちゃんも何か言いたそうだが、時間が無いことは分かっているので、あえて黙っている。


「それでは、私はそろそろ行きますね」器用に腕と羽を動かし背負っている革のバックパックを降ろす。そして中から一本の瓶を取り出した。


「これをどうぞ。水が入っています」五百ミリリットルのペットボトルサイズほどの瓶を手渡してくれた。


「いいんですか!?」


「どうぞどうぞ、それは予備ですので、気にしないでください。一本しか渡せれないのが申し訳ないのですが」


「いやいや、とんでもないです。ありがとうございます」


 チヴェカさんはまた器用にバックパックを背負い、足元の草を揺らしながら羽ばたいた。


「シャヌラの町に着きましたら、町長さんの家を訪ねてみてください。色々と助けてくれるはずです。私の名前を出しても構いませんのでー」とホバリングをしながら少し大きめな声を出すチヴェカさん。


「わかりましたー。ありがとうございましたー」とこちらも声を張る。


 そして、チヴェカさんは手を振ってから、体を反対に回し、徐々に速度をあげていく。僕たちも手を振り返しあとチヴェカさんが見えなくなるまで静かに立ち止まっていた。


「私、常に裸で過ごす人みたいに思われたんじゃない?」おんちゃんが切り出してくる。


「ごめんて、また会ったときにきちんと説明すればいいじゃない」取り敢えず謝罪となだめる。


「そうそう。ほら、もらった水を最初に飲んでいいから」とぼっさんがフォローしてくる。


 僕は水が入った瓶を手渡し、おんちゃんはキュポンと音を立てて、コルクを取り除く。


「あ、一口だけね」おんちゃんが口をつけようとした手前、ぼっさんが伝える。


 分かってるよという顔をしながら、おんちゃんがクイっと瓶を上げ、口のなかに水を流していく。「はい」っとうにやんに瓶を渡す。


 各々一口だけ水を飲んだあとコルクで栓をした。


「残りはどうしても必要な時だけね」とぼっさん。


 皆、異論は無い。


 又々歩き出す僕たち。しかし、目的地を設定できたことで気持ちに余裕が出てきた。足取りも重くは無い。むしろ早くシャヌラという町に行きたくて、少し速度を上げて歩いてしまうぐらいだ。


「携帯があれば……」おんちゃんが呟く。


「ん」おんちゃんの方を見る。


「携帯があれば、チヴェカさんと一緒に写真を撮りたかった」とても悔しそう。


「そうだね。携帯があればねー。……アニメみたくなってきたなぁ」


「俺もネットでニュースチェックしたい」


「絵の続き描きたい」


「つぶやきたい」


 とそれぞれ己の欲を口にする。


「携帯で思い浮かんだんだけど、特典ってないのかな」とうにやん。


「特典?」


「ほら、アニメとかでさ主人公が異世界に飛ばされるときに、特別な力を与えられるとか、好きな物を一つ持っていっていいよとか神様的な人に言われてるじゃん」


 ああぁーっと皆の声が共鳴する。


「ぼっさんは眼鏡でしょ」


「え、あ、これ特典なの!?」眼鏡を外して手に持つぼっさん。「まぁこれがないとまともに生活できないからね。んーでもこれ以外に何かもう一つくらい欲しかったなぁ」と眼鏡を掛けなおす。


「私は特典というより、むしろ何も無い状態なのだが。差し引かれている状態なのだが。ハードモード状態なのだが」早口になるおんちゃん。


「おんちゃんはハードモード好きじゃん。RPGは初見でもハードモードを選ぶってよく言ってるじゃん」


「確かに……言ってる。言ってた。気がする」喋るのが徐々に遅くなるおんちゃん。「シキさんとうにやんは何か無いの?」


 おんちゃんに質問されて、衣服のポケットをまさぐる僕とうにやん。


「僕は空だね」


「あっ」とうにやんが口を小さく開ける。


「何かあった?」


 うにやんが握りこぶしをポケットから出し、前に突き出し、広げた。


「何これ?」


うにやんの手のひらにはプラスチックの小さな棒が一本転がっていた。


「ペンタブのぺンの替え芯……」


「…………」


「…………」


くっくっくっとぼっさんとおんちゃんの声が漏れ出し、僕も少しずつ肩を震わせながら笑いの吐息が吹き出してきた。そして、うにやんもつられて少しずつ笑いが込み上げ、最後には皆で息を吐くように、咳き込むように、うずくまり、笑い転げた。


「笑かさないでくれぇ。貴重な体力が」と眼鏡を外し、指で涙を拭きながらぼっさんが喋りはじめる。


「べ、べつに笑かそうとした……した訳じゃなく。ペンタブの芯がすり減ってきたから、そろそろ替えようと……替えようと思って、押入れから取り出してポケットに入れておいたんだよ」と笑いから徐々に解放されつつあるうにやん。


 はぁーーっと大きく深呼吸をするおんちゃん。「いやー。うにやんの特典は最高だね。もうアニメ化決定だよ」


「そうかなー」少し照れるうにやん。


「異世界にペンタブの替え芯を持って行く人はきっと初めてだからね」


「題名は、そうだなー。『憧れの異世界転移、ただしペンタブの替え芯と一緒』とか」とぼっさんが提案する。


「いやいや『ペンタブの替え芯で無双する異世界冒険譚』でしょ」僕も負けじと題名の立候補を出す。


「最近の流れを取り入れればこうでしょ『俺をリストラした勇者をギャフンと言わせてやる。このペンタブの替え芯で』」とおんちゃんが放つ。


 ぐふぅと息が吹き出し、そして笑いの第二波が襲いかかり皆笑い出した。


「替え芯強すぎるでしょ。どうやって無双したり、ギャフンと言わせるの」とうにやんが笑いながら突っ込んでくる。


「それは、替え芯が突然剣になったり、大きくなって魔法が出るようになったりとか色々だよ」とおんちゃんが設定を構築し始める。


 再び笑いの波の谷がやってきて、皆落ち着き出した。


「笑ってリラックスできたところで、進みましょうか」立ち止まっていたことに気づいたので提案する。


「そうだね」とぼっさん。頷くうにやんとおんちゃん。


 歩いたり止まったり笑ったりではあるが、最初に目的地としていた山は少しずつ大きくなってきたのであった。

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