第3話 はじまり-3

 我らの前に現れた女性は肌が薄い褐色、髪はセミロングでこげ茶色をしている。朱色のノースリーブの服を着ており、七部丈のベージュ色のチノパン、それに茶色のローファーを履いている。


「はい。なんでしょう」すみませんと言われたので咄嗟にこのような返しが出てしまった。


「えーっと。特に用は無いのですが、このような場所を歩いていたので、何かお困りかなっと思いまして、声を掛けました」女性も少しうろたえている。


「はい。困ってます」ぼっさんがはっきりと答える。「どのように説明したら良いのか、整理できていませんが、私たちは別の世界からここに飛ばされてきまして、何も分からない状態なのです。困ってます」改めて強調している。


「ああー。そうなんですね」ぼっさんの勢いに少し動揺している様子。「えーっと、それじゃ、私がわかる範囲で質問に答えられると思いますが」


「ありがとうございます。お願いします」ぼっさんが姿勢正しく頭を下げる。


 倣って僕たちも頭を下げる。 いえいえとつられて頭を下げる女性。良い人そうだ。


「あ、私の名前はチヴェカと申します」


 僕たちもそれぞれ名乗った。


「私たちこれから、あの山々が見える方角へ行くつもりなのですが、町や村などはありますか?」ぼっさんが指をさしながら質問する。


「その方角にはありませんが……」


 うなだれる僕たち。


「山の麓手前に舗装された道がありますので、それを東の方角へ進めば、シャヌラという町に着きますよ」


 歓喜する僕たち。


「ちなみにみなさんが向かっている方角が北です」


「どれぐらい歩けば着きそうですか?」っとうにやん。うん、重要な質問だ。


「陽が落ちるまでには着くとは思いますが……」首からぶら下げている懐中時計を確認するチヴェカさん。「ただ、私は普段翔んで移動していまして、徒歩での時間と距離の感覚が薄いので、答えに自信が無いですね」


 実はチヴェカさんが頭を下げた時、バックパックが見えたのだが、そのバッグの左右に見えていた物体が気になっていた。よく見るとその物体はひざ下まで伸びているのが分かる。そして、先ほどのチヴェカさんの言葉から察するに……。


「もしかして、チヴェカさん、羽が生えているのですか? そして翔べるのですか?」確認のために質問する。


「え、はい」チヴェカさんは体をひねり、髪と同じ色の鳥のような羽を見せてくれる。


 おおーっと驚嘆する皆。


「やっぱり羽だったんだ」おんちゃんが発する。「もしかして、もしかしてと思っていたんだよねー」


「ボクも思ってた」うにやんも興奮しながら共感する。


 僕とぼっさんはチヴェカさんと正面で向き合っており、羽が良く見えなかったが、おんちゃんとうにやんは角度的に見えていたらしい。


 目をパチクリしているチヴェカさん。


「羽が珍しいのですか?」


「珍しいというか、羽をつけている人は僕たちの世界にはいませんよ」


「えっ! そうなんですか。あなた方の世界は変わっているのですね」


「もしよろしければ羽を広げみてもらえますか?」おんちゃんがお願いをする。ナイスなお願いだ。


 チヴェカさんの羽がゆっくりと広げられ、全幅二メートルほどにもなった。


 おおおぉーっと歓声とともに拍手をする僕たち。


「いやいや、こんなことで喜んでもらえるなんて」と少し照れながら、微笑むチヴェカさん。


「あっ……。じゃあ、さっき上空を飛んでいたのはチヴェカさん?」僕は先ほどの鳥のことを思い出した。「少し前、みんなで空を飛んでいた鳥を見上げていたんですよ。その時は鳥だと思い込んではいたのですが」


「おそらく私です。今日はこの辺を飛んでいる人や鳥は見ていませんので……。私も上空から皆さんのことに気づいて、一回は通り過ぎたんですよ。でも、段々と気になり出して戻ってきたんです」笑顔で話すチヴェカさん。聖人君子かな。


「ああ、それで鳥もといチヴェカさんがみえなくなって、しばらくしてから声を掛けてくれたんですね」とぼっさん。皆も納得の頷きをする。「チヴェカさんはどこかへ行くつもりだったんですか?」


 あっっと何かを思い出したかのように口を開けるチヴェカさん。


「すみません。私配達の途中でして、ここから西にあるアクアサという町へ急いで行かないといけませんでした。というわけで質問は次が最後でお願いします」


「いえいえ。チヴェカさんが謝ることはないですよ。私たちのために戻って来てくださっただけで大変ありがたいです」ぼっさん。うんうんと頷く僕たち。「では最後の質問ですが」


「…………」


「無いです」ぼっさんが滑舌良く答える。


「えっ」と驚くチヴェカさん……と僕たち三人。


「チヴェカさんは急いでいるのでしょ。それにシャヌラの町に着けば、他の人からいくらでも情報収集できますので、ですので質問はありません」最後に右手中指で眼鏡をクイっとあげるぼっさん。


「右に同じです」とおんちゃん。


「全く一緒のことを考えていました」とうにやん。


 僕も瞼を閉じ頷く。


「みなさん……」と呟くチヴェカさん。「変わった人たちだと思っていましたが、こんなにも他人思いの心優しい方達だったなんて」感動しているご様子。


 少し心苦しい。


「では逆に私から一つ質問させてください」


「はい。なんでも聞いてください」と自信良く振る舞うぼっさん。


「どうして、おんさんだけ裸なんですか?」


「…………」


 ゆっくりと手のひらで前を隠すおんちゃんでした。

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