第50話.人間憎悪その4


「何処だ! 何処に行ったぁ?!」


 絶えず私へと殺到しては自爆していくゴブリン共を槍で叩き落としながら雨の森を突き進む。

 俺の進路を塞ぐゴブリン共の妨害が激しければ激しい程に奴らの王は近いのだろうとアタリをつけ、多少のダメージは覚悟で駆ける。


「クソっ、爆発がいちいち鬱陶しい!」


 確か『眷属置換』と言ったか……これだから最高位ハイエンドの相手は厄介なんだ。

 ここまで進化した褒美として邪心の精霊がギフトとして自身の権能の一部を分け与えるらしいが、面倒な事この上ない。

 金属器ほど反則的な能力や出力はないとはいえ、初見では相手がどんな能力をどの様に使ってくるのか分からない点ではほぼ同じと言える。


「何処かへ転移したのも、コイツらが自爆するのも奴の加護か……」


 置換、何かと何かを置き換えるという意味の言葉から察するにまず自身と眷属……この場では他の通常ゴブリンの位置を入れ替えたのは確実だろう。

 そして私の元へと殺到する雑魚どもを​──爆弾へと置き換える、そんな使い方も出来ると見て良い。

 つまり、このゴブリン共をただの雑魚として甘く見ていると足元を掬われる……奴は常に自身の周囲にいつでも攻撃可能な自立する兵器を待機させている様な状態なのだから。


「見付け​──ステラァッ!!」


 最高速度を保ち、木々とゴブリン共を薙ぎ倒しながら進んだ先で見付けた最高位ハイエンド​──と、その前で四肢を捥がれた達磨状態で地に付すステラの姿。

 一瞬にして全身の血液が沸騰するかの様な怒りに支配されそうになりながらも、無理やり私情を抑えつけて冷静になる。

 怒りに任せて無闇に突撃するよりも先に、まずはステラと敵との距離を遠ざけるのが先決。


『ぬぅ、もう追い付いたか……!』


「退け!」


 私の前から消える寸前の様な、変に取り乱した様子もない小鬼の王とステラの間へと躍り出て槍を大きく振るう。

 私の心装で傷付く事を嫌がったゴブリンの王が飛び退いたのと同時に後ろ目でステラを確認する……大丈夫だ、まだ加護は切れていないらしい。


「カイ、ン……さん……」


「まだ動けるな? ウィルクはどうした?」


「逃が、した……」


「そうか、良くやった」


 十分な足止めすら出来なかった私と違って、ステラとテラ様はきちんとウィルクを逃がす事が出来たらしい。

 大人として、そして戦士として自身を不甲斐なく思う。


「カイン、さん……奴を滅ぼそう、一緒に……」


「だが奴は邪心の精霊からの呪禍ギフトを用いてまた逃げるかも知れん」


 今この森にどれだけの小鬼共が巣食っているのか分からない……だが、本格的に領主へと戦争を仕掛けようと思うくらいには戦力が整っていたはずだ。

 この最高位ハイエンドの統率と圧倒的な強さが大部分を占める軍であるとはいえ、奴の呪禍ギフトを勘案すれば馬鹿に出来ない。

 自身の眷属を簡易的な兵器にも、逃走用のデコイと目印にも出来る汎用性の高い能力だ。


『大丈夫です、少しの時間であれば私が無効化出来ます』


「……テラ、様」


 初めて私の前に姿を表した大地の精霊テラ様の御姿に一瞬見惚れるも頭を降って邪念を払う……今はそんな事をしている場合ではない。

 力の弱まったテラ様が数分程度は呪禍ギフトの発動を阻止できると言っているのだから、それを信頼して全力を尽くす事こそが今するべき私の義務だ。


『ですが、その……ステラが聖剣を顕現させた時まで無効化できるかは分かりません……その場合はカインさんに頼る事になるかと思います』


「そのくらいはお任せを。近付けさえすればもう二度と同じ技を出させる事はさせません」


 槍の届く範囲外に居る時分に躊躇なく転移されては適わなかったが、テラ様のお陰で間合いに無理やり奴を収める事ができる。

 それさえ出来ればもう二度と奴を取り逃がす様な失態は犯さない。


『お気を付けて』


 テラ様のその言葉と共に大地を踏み締め、最高位ハイエンドの元へと駆け抜ける。

 やはり自分を傷付ける事が出来る私を警戒しているのか、なんの躊躇いもなく即座に転移を発動して逃げようとした奴の顔が歪む。


『発動しない? ……大地の精霊かッ!!』


 これで逃亡はほぼ阻止できた……とは言っても依然として奴が人知の及ばない怪物である事に変わりはない。

 油断すれば大地の染みとなるのはこちらの方だ。


『お前は嫌いだ! 母から頂いた大事な身体を傷付けるお前が嫌いだ!』


 敵の攻撃を紙一重で躱す事などは許されない……少しでも掠るだけの風圧で骨を折られるのだから、体力を多く消耗しようとも大振りに避ける。

 死なないだけで確実に蓄積するダメージから目を逸らしながら奴を殺し抜く、それだけを見据えて槍を振るう。

 大丈夫だ、私の心装は最高位ハイエンドにも通じる……最高位ハイエンドに掛けられた邪心の精霊の加護を突破できる。


「私の義弟を傷付けた罪​──その身で贖って貰うぞ!」


▼▼▼▼▼▼▼


「はぁ、はぁ……テラ、準備はいいかい?」


『……えぇ、私は大丈夫ですよ』


 酷く胸を痛めた様子のテラが、実体もないのに僕の抉れた顔を撫でながら返事をする。

 これは僕が選んだ道の末なのだから、気にしなくても良いのに……彼女は僕が星禄見聞ガイアメモリーを使う事にも良い顔をしない。

 おそらく彼女はこの能力のデメリットを知っているんだろう……そして知っていて言わない、あるいは言えないからこそ態度や言葉で反対するのだ。


「神器​──天命の聖鍵」


 けれども彼女自身に打算や狡猾さは見受けられない……あるのは何処までも広く、深い慈愛の心と僕を案じる気持ちだけ。

 そうでないのなら、目の前で静かに涙を流す彼女は僕の見る幻覚という事になってしまう。


「ごめんね​──『かご記憶きおくおこぼくはこのほしみとめられし勇者ゆうしゃである』」


 テラに一言だけ、小さな声で謝罪して天命の聖鍵を構える。

 可笑しいよね、僕を勇者に選んだ筈のテラが足を止める事を望み、選ばれた側である僕がその静止を振り払って突き進む……普通は多分逆なんだろうね。


「『慈愛じあい忍耐にんたい末子すえごえらんだ戦士せんしもとめるこれ 生涯しょうがいひろつづけた彼女かのじょつるぎ』」


 あぁ、まただ……また僕の頭の中に顔だけ真っ黒に塗り潰されて誰だか分からない女性の記憶が流れ込んでくる。

 それによって生じる激しい頭痛も無視して、目の前に浮かぶ水面の波紋の様な黄金の光へと天命の聖鍵を差し込む。


「『星録見聞ガイアメモリー​──先代勇者アルテラ聖剣せいけん』」


 世界が、全てがゆっくりと流れて見える知覚空間……二度目の感動はあまりにも薄かった。


「​──覚悟、して下さいね?」


 まるで女性の様な口調で話す自分自身に驚くという不思議な体験をしながらも、この知覚空間の中でさえ高速で動くカインさんと最高位ハイエンドへと肉薄する。

 想像していた通りにテラがぼうっとしていて動けなくなっている今、敵の呪禍ギフトを無効化する力は失われているらしい。

 だがそれでもカインさんが上手く立ち回り、奴が転移して逃げる事を邪魔する……最高位ハイエンドに出来る事はカインさんの猛攻を捌きながら、苦し紛れに自身の眷属を簡易的な爆弾にして僕へと殺到させる事のみ。


「無駄です、私には通じません」


 僕ではない誰かが僕の口で勝手に喋る、僕の身体を勝手に動かす。

 ノロノロと亀の歩みの如く遅いゴブリンの群れを、腕の一振りで二十は斬り捨てる。

 奴らが爆発する隙すら与えず、代わりとして血しぶきの花火を咲かせる様は芸術的ですらあって……そこには明確な〝武の極地〟というものが存在していた。

 そうか、彼女はここまで強かったのか……前回は直ぐに終わった為に分からなかったけど、これが先代勇者の技量……僕が目指すべき到達点。


『やめろ! 来るな!』


「……ごめんなさい、私は貴方を斬らねばなりません」


 ただ一つ不満があるとすれば……僕の口で勝手に魔族に謝罪する事だろうか。

 先代勇者は酷く優しい、甘い人物だったらしい。


呪禍ギフト​──』


 瞳に移る僕が見えるくらいの至近距離に迫った時、何かを行おうとしていた最高位ハイエンドの首を切る。

 流麗で静謐な、ただ目的の物を斬るというそれだけに特化させた無駄のない一撃。

 完璧な姿勢、完璧なタイミング、完璧な力加減で放たれたその斬撃は​──僕の心に激しい動揺を生み出すくらいに綺麗だった。


『あ、アァ……母、上……』


 ​呆気ない。これが散々僕ら人類を苦しめて来た最高位ハイエンドの末路なのか。


「​──ぷはっ!」


 いつの間に完治していた自分の傷にも気付かないまま、転がる最高位ハイエンドの首を眺めながら星禄見聞ガイアメモリーを打ち切る。

 聖剣を持った僕が近付く程に奴の動きは精細さを欠いていき、大地に足が固定されてしまったかの様にその動きを止めた。呪禍ギフトすら発動できてなかった。

 そんな状態の敵を死者先代勇者に殺して貰うという、酷く歯切れの悪い結末。


「はぁ、はぁ……」


「ステラ! 大丈夫か?!」


 身体に力が入らず、テラも何処か遠くを見ていて何も反応を返さない……急いで駆け付けたカインさんに支えて貰わないと立つ事すら出来ない。

 そんな情けない現状に苦笑を漏らしつつも、これで僕達の勝ちだと​──




『​──まだだ、まだ負けられぬ』


「……まだ動くのか」


 聖剣で斬られた断面から塵と化していっているというのに、転がった顔は怨嗟に塗れた表情で泣き怒り、身体は僕らを殺さんと拳を構える。

 そんな敵を見たカインさんの行動は早かった……抗議する暇もない僕を遠くへと突き飛ばし、自らが盾となる様に槍を構える。


『​──魂装励起​』


 ダメだよ、カインさん……今のソイツの状態は何処かおかしい。

 まるで何かを無理やり引きずり出そうとしているかの様に圧力を感じる。

 嫌な予感が止まらない……だと言うのに、僕の口からは声が出ない。


「魔族版の心装は進化の為の手段……まさか、最高位ハイエンドでありながらこの状態で?」


『母上、母上……母上……』


 最高位ハイエンドのゴブリン……その敵の内側からおどろおどろしい闘気という名の奴の魂が溢れ出る。

 それらを一気に自身の肉体の表面スレスレまで圧縮したかと思えば​──それがそのまま奴の肉となる。


「なる、ほど……奴らにとって進化とは、自らの魂でその強靭な肉体を形作る事だったか」


 待ってくれよ、最高位ハイエンドの上なんて聞いていない……やめろよ、もう死んでろよ。

 僕も動けず、テラも様子がおかしいこの状態では……やめろ、カインさんまで奪うな。


「や、やめ、ろ……」


 掠れた声しか出ない……何のための加護だよ、早く僕を癒せよこの役立たずッ!!


「安心しろステラ、お前だけは死なせない」


 違う、違うんだよ……僕はどうだっていいから、早く逃げてくれよ……お願いだから。


『……ぅ、あ』


 あの時のおじさんと同じ、死ぬ覚悟を決めた人間の顔をしているカインさんに焦燥感が募る。

 何かを言おうとしているらしいテラの様子も何処かおかしい……僕は、僕は……どうすれば、いいんだ……誰か、教えてくれ。


『死ね、死ね死ね……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね​──』


 塵と化した端からブクブクと肉が盛り上がって再生していく……人間への憎悪を込めた呪詛を吐き散らしながら最高位ハイエンドが動き出す。

 それに合わせてカインさんも捨て身の特攻を​​──


『​──ぁ? 母上?』


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