第49話.人間憎悪その3


「​──鬱陶しいッ!!」


 横抱きに抱えたウィルクの傷が開かない様に、けれども急いで雨が降る森の中を疾走していく。

 そんな中で何処からともなく現れては僕たちへと飛び掛って来るゴブリン共が鬱陶しくて堪らない。

 木々の間を飛び回り、接近してくるゴブリン共を勇者の膂力でもって蹴り殺す。


「ウィルク! しっかりしろ! 生きて戻るんだ!」


「……ぁ、あ」


 雨のせいで身体が冷えていた事もあるんだろう……酷く衰弱しているウィルクが向こうに行ってしまわない様に声を掛け続ける。

 飛び掛って来たゴブリンの頭を足場として空中で踏み砕きながら跳躍し、近くの木々から降って来る個体の顔を蹴り飛ばす。

 数だけの多い雑魚ではあるが、奴らは僕達から確実に時間を奪っていく。


「ロジーナが、セシルが、皆が待ってる!」


 ウィルクを想って人知れず泣いていたロジーナも、自らの感情を押し殺していたセシルも、ウィルクを慕う領民や騎士のみんなも……全員ウィルクの帰還を待っている。

 僕だってそうだ、ここで同い歳の友人を失う事が怖くて仕方がない。

 僕はいつだって自身の能力以上の結果を求めたがる。


「道を、開けろッ!!」


 前方から飛び跳ねてきたゴブリンへと苛立ちに任せて蹴りを放つ​──


『​──我はクリークス破壊してグラップス断つザンス


 青白い炎と共にただのゴブリンだったモノがカインさんと戦っているはずの最高位ハイエンドへと入れ替わり、魔術によって強化された手刀を振り下ろす。

 突然の事に思考が停止していたのもある……でも、それ以上に奴が現れてからの動きが全く見えなくて……気が付けば僕は片脚を失った勢いのままに地面を転がっていた。


「ぐっ、がぁ……っ!」


 無意識の咄嗟でウィルクを庇えたのは良かったが、切断面からボタボタと流れ落ちる自身の血を認識すると同時に焼ける様な痛みが襲い来る。

 激痛に頭が沸騰しそうになりがらも、何とか這いずってウィルクを少しでも遠くへ、最高位ハイエンドの視線から逃れる様に近くの大木の洞へと押し込み隠す。


「ふぅ、ぐっ……なんでお前がここに!」


『親より先には子が死ぬのは不幸だ……そう思わないか?』


 ……コイツは何を言っている?


『あの騎士を殺すのは最後だ……見せしめとしてまず子を殺す。絶望しながら死ね』


 そ、そんな事の為に……コイツはウィルクや僕を先に殺す為に、カインさんや子爵を悲しめる為にそんな事を​──


『​──多分な、お前が目の前で死んでしまったらよ……俺の方がトラウマが再発してダメになっちまうと思うんだ』


 不意に、そんな台詞を思い出す……あれは剣の振り方を教わる時に、焚き火のすぐ側でおじさんが言っていた言葉。

 殺された妻子の絵を酷く寂しそうに眺めていたのを、それと僕を少しだけ重ねていたのを思い出した。

 あの時のおじさんはどんな感じだった? 子に先立たれたおじさんは酷く悲しんで、心に傷を負っていなかったか?


「​──の、​──う」


 僕を、自らの息子に重ねた僕を不器用にも守ろうとしていたおじさんの心はどんな形だったのか、どれほどの傷と歪みで出来ていたのか……それを思えばこそ​──


「​──このゲス野郎がぁッ!!」


 ​──僕は、この魔族を許せないッ!!











「……ぅ、あ……ぇ?」


 目を開けると視界に入るのは灰色の曇天と、降り注ぐ雨粒の群れ……なぜ僕はこんな所に寝ているのかという、疑問が頭に浮かぶが思考が纏まらない。

 よくよく意識を集中させてみれば左の手足と、顔半分の感覚が全く感じられずに困惑する。

 あれ、本当になんで僕はこんな所で寝ているんだろう。


『何故死なない? いや、そうか……お前が大地の勇者だな』


 そんなしわがれた声を認識すると共に一気に意識が覚醒する​──


「​──がぁあああ??!!」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い痛い痛い死にそう痛い熱い痛い​──落ち着け、大丈夫だ、僕は死んではいない。

 ほら、ちゃんと見てみて……虹色の糸が僕の身体を編んでいるでしょ? ちゃんと加護は発動しているんだ。


「はぁ……はぁ……」


『三回もバラしても死なない人間など、勇者しか思い浮かばない』


 ウィルクは……大丈夫だ、まだ彼の息遣いは感じられる。

 コイツの意識がまだ僕に向いている内にテラの奇跡で何とかウィルクが自力で逃げれるくらいには……いや、逃げ切れるくらいには時間を稼がないといけない。


「……っ」


 手の中に収まる聖鍵を握り締める……もしかしたら、これを発動すればテラはウィルクを癒せなくなるのかも知れない。

 けれど神器を使わなければコイツとまともに戦えない……から、もうやるしかない!


「天命の​──ごふっ?!」


 何とか立ち上がり、星録見聞を発動しようとするも気勢を制される。

 いつの間にか目の前まで接近していたゴブリンの王に拳で穴を空けられ、そのまま腕に吊るされる形で足が宙に浮く。


「がっ、ぐぅ……ごがっ……!」


 息が、出来ない……宙に浮いた足をばたつかせ、奴の腕を両手で引き抜こうとするが全く動く気配がない。


『なるほど、異物が入り込んでいると再生は出来ぬか……それでも死なんとはな』


「がっ……!」


『むっ……なるほど、再生はできずとも大地の加護が邪心の加護を侵食し始めるか』


 雑な腕の一振りで木に叩きつけられる……お腹から奴の腕は抜けたけれど、流石にダメージが大きすぎる。

 それでも立ち上がるんだよ……じゃないと、僕が頑張らないと次はウィルクが​──






『​──なるほど、意識が飛ぶと再生が遅くなるな』


 ​ゴブリンの王の投石によって頭が吹き飛ばされ、そのまま膝をつく。


「……か、はっ……お」


 だらしなく舌を出し、上を見上げたまま立ち上がる事すら出来ない。

 そもそも何も考える事が出来ない……何か大事な事を忘れている様な気もするし、そうだ確か村の豊穣祭の為の貢物を森で探さなきゃ。


星録見聞ガイアメモリー……貴様のそれは身体を癒しているのではない。星の記録に残っている直前の状態のお前を持ってきて上書きしているだけだ』


 いや違うな、妹のセレネが七歳になった祝いに靴を編んであげるんだ……あれ、セレネは九歳じゃなかったっけ?


『それ故に、今の状態を正しく認識できなければ発動しない……何処を上書きすれば良いのか分からないからだ』


 そもそもおじさんも五右衛門君も僕を揶揄い過ぎなんだよ、テラはなぜ泣いているの?

 泣いていると言えばそうだよ、ロジーナがあれだけ一人で隠れて皆でするゲームは楽しいね。


『だが、現状では再生するのが遅くなっているだけ……つまりはお前以外にお前を認識する大地の縁者が居るのだろう』


 ロジーナ? ……あぁ、そうだよ、僕はウィルクを助ける為にここまで頑張っているんだった……あれ、いつの間にか身体に足りない部位がある。

 どうやら意識が飛んでる間に色々ともぎ取られたらしい。


「ゲボォ……ッ!!」


 せり上がってくる嘔吐感に逆らわず、大量の血と胃液を吐き出しながら……それでもゴブリンの王の足止めをするべく、芋虫の様に這いずる。

 まだた、まだ僕は終わってなんかいない……まだ加護は切れていない。


『ふむ、確かもう一人居たな?』


「っ! や、やめ、ろぉ……!」


 鼻と口から流れ出る血液によって溺れかけながらも、折れた腕と千切れた足で這いずって行く……絶対にウィルクだけは死なせない。

 こんなゲスに、こんなクソ野郎に僕の友人を奪われてたまるものか……!!


「早く治れ、治れ、治れ……治れッ!!」


 虹色の糸が僕の身体を、脚を編み終わるのを待たずに這いずって奴の足を掴む​──腕を切断されたのならもう片方の腕で​​──


『……しつこい』






 ​​──あぁ、また意識が飛んでいた。


「う、ウィル……ク……」


 周囲のゴブリン達の位置からして、数秒も経っていないだろうが致命的な時間だった。

 今にも憎き敵はウィルクを隠した木のうろへと手を掛けていて​──あれ、ウィルクは何処だ?


『……逃げたか』


 逃げた? あの状態のウィルクが? どうやって? ……いや、今はそんな事を考えるよりも先にやるべき事がある。

 目の前のコイツを、逃げたウィルクが皆の下へと辿り着けるまで足止めをする事だ。


『大地の残滓……そうか、ここに大地の勇者が居るのならば精霊が居るのもまた道理。……森の動物達を使って逃がしたな?』


「げほっ、ごほっ……はぁ、はぁ……」


『そして本人の意識が失われてもなお再生が止まらなかった原因でもある』


 あのテラが、いつもは抜けていて頼りないテラが上手くやってくれたらしい……なら、次は僕が頑張る番だ。

 テラへの恨み言をブツブツと呟くクソ野郎をここで足止め……いや、殺す!


『すいません、ステラ……私はやはり貴方を優先してしまいます……』


「……」


 肉体があったら涙を流しているだろう、そんな悲痛な表情をしながら僕に癒しの奇跡を施すテラに何かを言えるはずもない。

 僕だって、また誰かにとっての大切な人……なんだと、多分思うから。

 それに彼女は僕を勇者として選んだ事を負い目に感じてる節があるから尚更なんだろう。


「ウィルクは」


『傷は止血しましたし、目も視力は大分落ちますが失明は避けられました……今は鹿に乗せて走って貰っています。道中の護衛は狼の群れが請け負ってくれました』


「それだけ聞ければ十分だ」


 なるほど、彼女は大地の精霊を自称するだけあって森の動物達と意思の疎通が出来るらしい。

 本当にいつもは抜けているのに、何だかこういう時は本当に助けられている気がする……というか、いつも助けられているんだろう。


『忌々しい……矮小な人間共も、それを庇護する無慈悲な大地の精霊も……我は全てを憎悪する』


「げほっ……はっ! お前らが憎いのはこっちも一緒だ馬鹿が!」


 改めて超常の存在へと向き直るが……さて、どうするか……腰に差していたはずの剣はいつの間にか折れて使い物にならなくなっている。

 神器も発動の兆候を嗅ぎ取られて潰される……加護も無限に発動する訳ではない。


『まぁいい、貴様の首をあの騎士への手土産としよう』


 考えが纏まるのを待ってくれる程に甘くはない、か……やるしかない。


「ちょっと位が高くなったくらいでたかがゴブリンがイキんな」


 こめかみに青筋を立てた奴に対して指先で『来いよ』とジェスチャーする事で挑発し、煽る……そうだ、お前は僕だけに集中しろ。


『死ね』


 例え、何度も殺されようとも​​──彼女達との約束は違えない。


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