第48話.人間憎悪その2
『たった一人で残るか、人間よ』
注意深く目の前の強敵を、人智の及ばぬ化け物を見据える……少しでも油断すればその瞬間が私の人生の終着点となる。
私の心装武具は
金属器を持たない私では、どう足掻いてもコイツを滅ぼす事など出来ないのだから。
「滅ぼせなくとも殺してみせよう……その邪心の精霊の加護がどれほど貴様を守護ってくれるか見ものだな」
『よく吠えた』
槍を両手で構え、いつでも突撃できる体勢を維持しながらジリジリと後退していく……この様な洞窟内では思う様に槍を振り回す事はできまい。
お互いに見合い、槍の穂先と拳を左右に小刻みに揺らしながら出方を窺う。
先に出しても、また相手よりも少しでも初撃が遅れた方が負ける……そんな確信がある。
『ギャッギャッ!』
私の横を嘲笑いながら素通りしていく小鬼共を無理やり視界から外す……今そんな雑魚にまで意識を割いてしまったら、それこそ私の方が危うい。
ステラには悪いが、木っ端の雑魚程度はなんとか対処してくれると信じている。
最初こそ半信半疑だったが、アイツには大地の精霊であるテラ様も付いている……余程の事がない限り大丈夫だろう。
「──さん」
雑念を頭から振り払い、呼吸法を意識して変える……全身に活力が行き渡る様に、常に体力の回復を早める様にと、大きな力を持たない人間様の小細工だ。
限界まで引き伸ばしたゴムを捻じる様に、身体の全てが槍を打ち出す為だけのカラクリなのだとイメージする事で、全身の筋肉がしなやかに、力を蓄えてたわんでいく。
限界まで圧縮し、細胞から自身の身体を流れる血潮に至るまでくまなく包み込んだ闘気が……肉の器から解き放たれ、霧散しようとする我が魂が圧力に耐えかねて蒸気を発する。
例えるならば、自らの意思というあやふやな力でもってガラスという遮蔽物を無視しながらコップの水を外に出し、そのままその水でガラスのコップ包み込む様なもの……我ながら本当に馬鹿馬鹿しい。
『──にぃ』
限界まで精神を集中した事によって急速に視界が狭まっていく……今はもう、目の前の敵しか映らない。
「『──いち』」
お互いの呼吸が重なり、同時に空気を吸い込んだ瞬間に溜め込んだ力を解き放つ。
全身の筋肉をバネとして打ち出した槍の一撃は寸分違わず、突き出された奴の正拳へと突き刺さる。
陰と陽の相反する闘気がぶつかり合い、槍の穂先と奴の拳を中心として〝無〟が広がっていく。
自らの魂が一気に消費された懐かしい感覚に目を細めながら全身を包み込む闘気で造られた鎧の各所から刃を生成し、身体を丸める事で表面積を減らしながら後ろへと跳躍する。
「──っ」
大きな力が激しくぶつかり合った衝撃で洞窟は内側から爆砕し、数秒もの間だけ降り注ぐ雨さえも拒絶する空間が出来上がってしまう。
それによって全てを失った〝無〟が〝有〟を求めて周囲の一切合切を纏めて取り込もうと激しい力の流れが生じる。
……確か、
「……」
激しく乱舞する瓦礫の殴打を鎧の刃で切り裂き、礫を小さくする事でやり過ごす。
地面に降り立つと同時に刃を消し、また槍を振りやすい形状に戻しながら『小手調べから始まらなくて良かった』と安堵する。
コチラの挑発に奴が乗ってくれたお陰で、初手から洞窟内という地の利の不利を捨て去れた。
いきなりこんな大きな洞窟が無くなる事で環境に影響があるかも知れないが……どうせ小鬼共の巣になっていたんだ、問題はないだろう。
瓦礫と一緒に下敷きにされてしまったパメラ達の遺体には悪いが、
『我の腕を砕くとは……』
「……やはり、無事か」
奴の肘から先が雷が落ちた木々の様にかち割れ、ささくれ立った先端の方から砂塵と化して流れ落ちる──が、虹色に光る糸で編まれる様に腕が再生していく。
これが、邪心の精霊マレフィクスの……大地の精霊テラ様と世界の支配権を奪い合う存在の加護か。
なんともまぁ、デタラメな力だな……我らがテラ様は現状ろくな力を振るえる状態ではないというのに。
『お前、親から貰った身体は大事にしないといけないと教わらなかったのか?』
「……は?」
なんだ急に? コイツはいきなり何を言っている?
『我が、我が母から頂いた大事な身体を……ヲ、ヲヲ……!!』
「……っ!」
なんだ、一体急にどうしたと言うんだ……突如として奴から放たられる圧の種類が変わった?
ここに来て心装を出そうというのか? 魔族の心装など聞いた事もないが、なにせ相手は
言っている事は相変わらず意味不明だが、ここまで意思疎通ができる魔族というものは本来はとても珍しいものだ。
奴らの悪しき本能が仮初の理性を上回っただけの事だろう。
『お前の親不孝者お前の親不孝者お前の親──』
改めて槍を握り直し、自らの頭を掻き毟っては
親から貰った身体を大事にしろと言いながら自傷行為を繰り返す意味はなんだ? 能力発動の条件か何かなのか?
『お前の親不孝者お前の親不孝者お前の親不孝者お前の──親よりも先に死ぬのは最大の親不孝だと思わないか?』
「……」
奴からの問い掛けを努めて無視する。脈絡もなく、支離滅裂な会話に付き合って集中力を乱されては適わない。
しかし、けれども注意までは逸らさない……何が攻撃や、能力発動の起点になるかが分からないからだ。
奴の会話に付き合う事はしないが、一方的に語り掛けられるその言葉はちゃんと聞く……そうして何かの前兆を感じ取れたと同時に、その直前を狙って出先を挫く。
『
背筋を虫が這い回るかの様な不快感と、自身の勘が全力で鳴らしている警鐘に従い全力で二度目の打ち込みを行う。
あれを発動させては何か不味い事態が起こってしまうと、そう思えて仕方がない。
『──《眷属置換》』
奴の言葉が終わるその直前に手応えはあった……奴の首の肉を抉り、骨を槍の穂先で砕く感触を確かに感じ取った。
けれどもこの結果はどうだろうか……今、私が持つ槍の穂先に貫かれているのは殺しても殺しても何処からか湧いてくる普通の小鬼でしかないではないか。
「何処へ消えた……?」
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