第47話.人間憎悪
「ぅ、……あぅ……」
ほんの数分だけ飛んでいた意識が戻る……目が覚めればそこは自室のベッドの上だった、なんて事はなく、ただ薄暗くてジメジメとした臭い洞窟内の空間が広がるだけだった。
右目を遊び半分で焼かれ、さらに殴られた腫れた左目では周囲の状況がよく見えなければ、両腕を吊るされる様に縛られていては身動き一つすら取れない。
けれども、洞窟内に反響する雨音から外の天気が悪い事は察せられた。
「ひひゃぁあっ! うぉ、もぉやヴぇへえぇ!」
『グギョギョギョ!!』
まぁもっとも、雨音以上に部下のパメラか小鬼共に犯されてあげる悲鳴の方が響いている訳だが……アダンは昨日のうちにバラされて食べられたんだったか。
今現在、生き残っている人物は重傷のまま吊るされた俺と、前歯を全部抜かれたパメラとその班だけ……それも上司と部下達の目の前で犯したいという、小鬼共の歪んだ支配欲と征服感から生かされているだけだ。
パメラ班の者たちは手足を切り落とされ、ただ自身の上司が嬲り者にされているのを見る事しか出来ないのは地獄だろう。
「……ぁ、っ」
右目の欠損の他に骨折と内出血だけで済んでる俺は、とても恵まれている方なのかも知れない……だとしても重傷なのには変わりはなく、声を出す事すら覚束無い。
少しでも部下たちから気を逸らし、盾となる事すら出来ない不甲斐ない主人だ。
『産めよ、増やせよ、地に満ちよ……』
俺の部下であるパメラを犯す同族を見て、そんな言葉を放つ存在へと無事な左目を向ける。
朧気で霞む視界ではあるけれど、俺の目は確かに──
『人間を憎悪せよ……』
いくら小鬼共が魔族の中でも最下級に位置する雑兵といっても、これでは話が違う。
自身の出身氏族だけでなく、他の氏族出身の魔族すらも従える事が出来る
その力も、加護も、不死性も……どれをとっても人類が及ばぬ正真正銘の化け物たちが奴らである。
現に俺の部下たちの《心装》では奴の加護を突破出来ず、傷一つすら付けられないまま三秒と経たずに制圧された。
本来であれば百年に一度でも現れれば多い方であるそんな化け物が、なんで一つ時代にこんなにも存在しているんだ……しかも最下級の小鬼からも現れる始末……これも、御伽噺の魔王が復活した影響なんだろか。
『人々の絶叫こそが、我が母に捧ぐ鎮魂歌である……』
そんな事を言いながらゆっくりと立ち上がった奴は、そのまま俺の方へと近付いて来る……どうやらここまで持った命もこれで終いらしい。
手足を失ってなお、忠義立てしてくれる部下たちが叫ぶが呆気なく喉を貫かれて殺されてしまう。
まるで流れ作業の様に淡々と殺戮を行うその様に、思わずゾッと背筋を走るものがある。
『この集団のリーダーだったヒトよ、貴様の部下は全滅した……放った先遣隊も今頃は村を制圧して橋頭堡を築いている頃だろう』
「……っ」
ロジーナな、セシルは、ステラは……残してきた皆は無事だろうか。
あのカインさんが居るうちは早々に危険な目には遭っていないとは思うが、油断は出来ない。
コイツは抜かりなく、村や我らが放った伝令を見分け、殺す知能を有しているのだから。
『何か、言い残す事が有るのなら聞こう』
「……ぅえ」
『聞こえんぞ』
律儀にも、まるで人間の真似事の様な事をする小鬼の王に舐められない様に……精一杯の虚勢を張り、口角を上げる。
まだ無事な左目だけで奴の魂の奥底まで射抜く様に鋭く睨み付けながら──ただ、一言だけ。
「──クソ、くらえ」
目を細めた小鬼の王が拳を振り上げる……十一年という短い人生だった。
『そうか、お前も我を排斥するのだな……ならば死ね』
部下の騎士達の心装ですら傷一つも付かない程に固く、逆に彼らの心装武具すらも砕いた膂力を秘めたその拳。
自らが壁の染みとなる運命を受け入れ、覚悟を決めて左目を閉じようと──
「──ゃめろぉおおおおおおお!!!!!!」
そんな掛け声が、巨大な破砕音と共に洞窟内に響き渡る瞬間──すぐ目の前で小鬼の王が吹き飛ばされていく。
▼▼▼▼▼▼▼
「がぁっ、ぐぅ……」
「ステラ! 無茶をするな!」
周囲の奴らと比べて一回りも二回りも体格がデカいゴブリンを殴り飛ばした衝撃で右腕が破裂し、筋肉の一部が露出した骨に引っかかってプラプラと揺れている。
肘から先の大部分が消失してしまったが……この位ならすぐに再生するから問題はない。
「おまっ、それ大丈夫なのか?!」
「大丈夫、道中に説明した通り僕にはテラの加護があるから」
「……確かに、もう再生が始まっているな」
一緒に戦う上でどうせ隠し通す事は出来ないし、カインさんに嘘や誤魔化す様な説明はしたくなかった。
どうせそんな説明をしても直ぐにバレるだろうし、何よりも僕がこの人を信用してしまっているから……だから大丈夫だろうと正直に全てを話した。
それに事情を全て話してしまった方が、僕が多少の無茶をしても見逃して貰えないかなという打算もある。
『ただの人の子が、私に傷を付けた……?』
勇者としての膂力を全て乗せ、自身のダメージすら顧みずに放った一撃だったというのに……頬に小さな傷を一つしか付けられていない様子のゴブリンに歯噛みするしかない。
それさえもう既に癒え、表面上は綺麗な深緑の肌を晒している。
「あれは……そうか、
そう呟くカインさんの視線を追えば……奴の額に、合計六本の角が生えているのが見える。
身体の一部の部位や特徴が六つあるのは
「──アイツらと、同じッ!!」
おじさんを複数人でなぶり殺した魔王軍の奴らと同じ、人類の害が目の前に居る。
その事実だけで僕の腸は煮えくり返り、憎悪から激しい頭痛に苛まれてしまう。
「ステラ! 相手が
「くっ、分かった……」
それでも今は優先順位を間違えない……今はウィルクを助け出す事のみに集中するべきだ。
……僕は、敵を憎めなくなる事よりも目の前で命を取り零してしまう方が怖いから。
「ウィルク! 無事か!」
「す、てらか……」
『今、癒しますからね……』
彼を壁に繋ぎ止める鎖を力任せに引きちぎる。
コチラの邪魔をしようと寄ってくるゴブリン共を蹴散らしながら、テラが少しでもと癒しの奇跡を掛けてくれているウィルクを抱えて洞窟の出口へと身体を向け、顔だけを後ろへと回す。
「カインさん! 早く!」
「私はここで足止めだ! 早く行け!」
「でもっ……!」
「私の命令には絶対に聞く様にと言っただろうッ!!」
どうする? ここで星録見聞を使うか? 前みたいに戻って来れる保証はないのに?
ウィルクを癒してくれているテラにも影響があるのに使ったら……もしもそれでウィルクの容態が悪化したらどうする?
でも、仮に使わなかっとして……もしもそれでカインさんが死んでしまったとしたら──
「──ステラァ!! お前が
そう言って、カインさんは全身から一気に溢れ出した闘気を瞬時に圧縮し始める。
「──」
そうだ、彼はおじさんの相棒で、僕の師匠みたいな人じゃないか……なぜそんな人の心配を僕がしてしまうのか。
「──金属器を持っていないだけ、団長と無茶をしていた時よりもマシというものだ」
そんな、傍から見たら強がりとも取れる発言をしてカインさんは自身の心装武具を顕現させる。
「心装顕現──〝矛盾〟」
深い青色に、絶えず流動するまだら模様の黒という不思議な長槍を構え、全身を漆黒の鎧で纏ったカインさんからは、今まで彼から感じた事のない圧力を発し続けている。
あれが闘気を習得し、一定のラインを超えた先にあるという心装……唯一金属器を持たない人間が、高位魔族に傷を与えられる手段。
「直ぐに、直ぐに戻りますッ!!」
それでも
唯一この場で奴を滅ぼす事が出来るのは僕の……いいや、先代勇者の聖剣だけなのだから。
「ごめんウィルク、少しだけ揺れるよ」
「……ぁあ」
ウィルクを横抱きに抱えて洞窟内から外へと駆け出す。
なるだけ早くカインさんの元へと戻れる様にと、彼の傷が開かない範囲で全速力を出して村を目指して急ぐ。
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