第45話.小鬼の影


「ねぇ、テラ? 聞きたい事があるんだけど……」


『? なんですか?』


 太陽の日差しが眩しい快晴の今日……僕は今、気分が悪いからと理由を付けて馬車の上に座っている。

 残念ながら動いてる最中の馬車の屋根の上にはあの身体では登る事が出来ないらしい五右衛門君は居ないけど、代わりに僕の横でいつも通りにニコニコしているテラに気になっていて聞きたかった事を聞く。


「僕があの時……星録見聞で出した天命の聖鍵と、最初に貰ったこの天命の聖鍵は別物なの?」


 首から掛けていた鍵を取り出しながらそう尋ねる……テラと契約して勇者となったあの日に貰ったこれがよく分からない。

 いずれ必要になると、大地の精霊の加護が完全に馴染むまでは全力は出せないけれど、僕に力をくれると言っていたこの鍵だけれど、今のところなんの反応もない。

 それどころか、おじさんが亡くなった時に解放され、セシルを助けようとしたあの時に使った物は全くの別物だった。


「なんであの時、僕のとは別の鍵が出て来たの?」


『……あれは先代勇者の鍵です』


「先代勇者の? ……って、アルテラさん?」


 顔は黒塗りで分からなかったけど、星録見聞で一部の記憶が流れ込んで来た彼女の事だろうか?

 だとしたら僕は先代勇者の鍵を喚び出し、そこから彼女の聖剣をさらに召喚した事になる。


『そうですね、彼女の聖剣などをコピーする際に必要だったのでしょう』


「……つまり、テラの加護が完全に馴染めば僕の鍵も聖剣になると?」


『えっと、すいません……私もあの時にやっと記憶の一部を取り戻せたくらいで……多分そういう事なんじゃないかと思いますが……』


「うーん、そっか……」


 歯切れの悪いテラに困ってしまうけれど、彼女自身も眉尻を下げて心苦しそうだからこれ以上何かを聞くのも躊躇われる……それに、自称大地の精霊であるテラがほぼ何も知らないっていうのは今に始まった事じゃないし。

 仕方がないから、もしかしたら聖剣になるかも知れないけど、それ以外もあり得ると、その程度に思っておこう。


『私がステラを過酷な道に引き摺り込んだのに、本当に申し訳ないです……』


「いや、これは僕が選んだ道だから良いんだよ」


 これだけは譲るつもりはないと、声色を少し低くして視線を逸らす。


「おーい! 村に着くってさー!」


 と、そんな事をテラと会話していると下の窓から顔を出した五右衛門君から声が掛かる。


「わかったー! 今そっちに降りるー!」


 テラにも声を掛けてから屋根の縁に手を掛け、器用に窓から車内に入り込む。


「気分は良くなったの?」


「大丈夫だよ」


 心配そうに声を掛けてくるセシルに問題ないと告げながら自分の席につき、村に着くその時を待つ。

 窓からゆっくりと後ろに流れていく長閑な景色を眺めながら考える……これから僕はどうなっていくのかと、そういう漠然とした事を。

 魔王軍の奴らに復讐し、報いを与え、妹のセレネを助け出すまで止まらないつもりでいるけれど……その為には星録見聞の力が必要だ。

 けれど、あの力を使うと僕の中の大切な何かが零れ落ちていく感覚と、テラが別人の様になってしまうというデメリットがある。

 いったい何が零れ落ち、テラに何が起きてるのかはさっぱり分からないけれど……乱用は出来ない。


「……」


 服の上から僕の鍵を握り締める……もしも自分自身の聖剣が解放されたらデメリットも無く力を振るえる、なんていうのは夢を見すぎだろうか。

 そもそもからして、星録見聞が使用できるようになった状況というのが胸糞悪い……なんだよ、人類損耗率が10%を超えたって……意味が分からない。

 つまりはこれ以上の加護と力を求めるならば、さらに人々に死んで貰わなきゃいけないって事じゃないか。

 そんなの認められる訳がないし、やはり魔王軍にこれ以上の被害を出される前に……僕が、星録見聞を使用して戦わなきゃいけないだろう。


(​──例え、僕が僕でなくなったとしても)


 自分が自分でなくなるのが怖いからと、そんな小さな理由で立ち止まる程​──僕の憎悪は浅くはない。


「​──いったいどういう事か?!」


 と、そんな事を考えていると馬車の外から争う声が聞こえる。

 窓を開け、顔を出して前方を確認してみると、先に村に到着していた先頭の班が村人達と揉めているらしい。


「ステラ、居るかい?」


「どうしたの?」


 前の方から馬で駆けて来たカインさんに向き直り、返事を返しながら現在の状況を尋ねる。


「……どうやら村のすぐ近くにある森にゴブリンが住み着いているらしい」


「ゴブリン?」


「あぁ、魔族の中でも最下級に分類される氏族だが……力のない村人にとっては脅威だろう」


 どうやら先頭の護衛班は侯爵家の一人娘であるセシルが来ると分かっていながら報告を怠った村人達に憤っているらしいけれど、村人達は村人達で何度も救援要請を旅人を雇って送って貰ったのにも関わらず音沙汰がなかった事を責めているらしい。

 当然子爵家の騎士達は救援要請など無かったと主張しているし、村人達は何度も握り潰しておいて責任転嫁するなと怒っていると。


「……どうするの?」


「これは私共の不手際です、どうかセシル様やステラ様方はお待ちくださいませ」


 と、そんな事を話していると後ろからロジーナがそう言ってウィルクと一緒に馬車を降りる。


「お前達! 大事な客人の前でみっともない姿を見せるな!」


「も、申し訳ございません!」


 馬車から降りて開口一番に放ったウィルクの怒鳴り声に、その場に居た騎士や村人達は一斉に跪いて頭を下げて謝罪をする。

 ……なるほど、やっぱり貴族家の次期当主というだけあって、僕と同じ十一歳なのに堂々としているんだね。


「これより私自ら手勢を率いて小鬼共を退治する! アダンとパメラの班は戦闘準備!」


「「はっ!」」


「ロジーナは客人の持て成しと、万が一の事があった場合の証人としてここに残れ。俺の代わりは弟が成す」


「……ご武運を」


 目まぐるしくトントン拍子に事が進んでいく状況に追い付いていけていないのは僕だけで、セシルやカインさん、五右衛門君……果てはテラまでこれが当たり前の事であるかの様に冷静に傍観している。

 この時になって僕は初めて……貴族の家に生まれたからには常に、子どもであっても領地の事に対して大きな責任を背負う事を知った。


「三日後には戻る! では往くぞ!」


 そう言って、自らも馬に乗って走り去るウィルクの背中をただ見詰める事しか出来なかった自分を、僕は生涯に渡って恥に思う。


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