第44話.友との語らい
「よう相棒、寝ないのか?」
「……五右衛門君」
セシル達が寝てる馬車の天井、その上で月を見上げながら考え事をしていると五右衛門君が話し掛けてくる。
今は野営の最中で、侯爵令嬢であるセシルの身の安全を守る為に侯爵家と子爵家の両方から兵が出されているから、僕達が見張りをする必要なんてないのに。
それなのに、僕達はお互いに眠れないらしい……変なところで気が合うね。
「何か、考えてたのか?」
「……妹の事について」
今日みたいな満月を見ると思い出す……血は繋がってはいなかったけど、古語で月という意味を持つ彼女と、星という意味を持つ僕ら兄妹は仲が良かった。
まぁセレネはいつも僕の背中を付いて回っていたし、満月に寄り添う星というよりも、月の方が星を追い掛けていたけれどね。
そう、妹はずっと僕の傍に居た……だと、言うのに……僕は彼女を守り切る事が出来ずにむざむざと目の前で奪われてしまった。
「それなのに僕は諦め切れてないんだ……一度は折れかけた癖に、まだ妹の命だけは無事だと思い込んでる」
「そっか」
魔王城……恐らくそこに行けば妹は居るんじゃないか、そこに行けば助けられるんじゃないか……カインさんから話を聞いたあの日からずっと思ってる。
諸悪の根源である魔王だって絶対に居るだろうし、その城に行くことさえ出来れば……僕は復讐を遂げられ、妹も救えるんじゃないかっていう妄想。
けれど、僕はその妄想を実現する為に……魔王の周囲に
「……俺はな、寝れないんじゃなくて起きられねぇんだ」
「……起きられない?」
自分の思考がドンドン遠い場所へと向かっていると、不意に五右衛門君からそんなよく分からな告白をされる。
そういえばと、確かに僕は五右衛門君が寝ている場面を見た事がないけれど……寝れない、ではなくて起きれないとはどういう事なんだろうか。
「呪いを掛けられてからずっとだ……俺はずっと夢の中に囚われてる」
「寝ながら意識があるって事?」
「お、それが一番近いかもな」
寝ながら意識だけがある? ……ちょっとよく分からないな。
夢を見ている様な感覚で僕達と会話をしていたという事なんだろうか。
「そもそも五右衛門君の呪いはなんなの? 誰から掛けられたの?」
「うーん、誰なんだろなぁ……」
「……おい」
自分自身の重要な事なのに何処か他人事で適当な五右衛門君を、思わず半目で睨めつける。
「何かと戦ってた気がするんだよなぁ……呪いを掛けられたらしい事、自分の元の顔と名前……あと何処かは分からない知らない風景しか覚えてないんだ」
「知識とかは?」
「なんだろうな、自分自身に関する事の記憶だけがごっそり抜け落ちてる感じかな? ヴィヴィアン先生にも相談してみたけど、高度過ぎてさっぱりとか言われたしな」
また物凄く難儀な呪いを掛けられているみたいだね……魔術についても習い始めたばかりの僕では、呪いなんてあやふやな物に対してどうすれば良いのかも分からない。
そもそも僕よりも長生きで、魔術について精通しているヴィヴィアン先生ですら分からなかったのなら、もうどうしようもないじゃないか。
僕は親友一人の力にすらまだなれていないのだと……そう改めて自身の無力さを自覚する。
「その風景は……」
「ん?」
でも、だからこそ……僕はせめてもの慰めを口にする。
「その風景は五右衛門君の故郷と関わりがあるから何処か分からないんだと思う……多分」
「あー、なるほどなぁ……」
「だから……だからきっと、その風景を探せば記憶の手掛かりも掴めると思う」
それがどんな風景かは分からないけれど、少なくとも何処か分からない時点で……五右衛門君の故郷か、それに近しい場所だと思う。
本当にただの慰めでしかないけれど、五右衛門君が人間に戻れるのだと言うのであれば……僕は協力しても良い。
「君が常々言ってるイケメンが本当かどうか、確かめる為なら……少したけなら寄り道しても良いよ」
「そっかそっか、慰めるつもりが逆に慰められちまったな……」
そう言って、五右衛門君は埴輪の顔で苦笑する。
「マジで美男子だからな、本当に卒倒するからな」
「はいはい」
「本当なんだって! 城下町を歩けば女子の方から言い寄ってくるくらいマジヤバいんだからな!」
「ははは」
そんなに美男子なら噂の一つくらい流れてる筈でしょって、苦笑してしまう。
町を歩く度に異性から声を掛けられるなんて、噂が国をいくつか跨いでも何もおかしくはない。
まぁけれど、本人がこう言ってるんだし否定はしないでおいてあげようかな。
「はっ! そんな態度をして後悔すんなよ!」
「そうだね、是非とも僕を後悔させてくれ」
「おう、約束だ! 絶対に後悔させてやる!」
そう言って五右衛門君は短い腕を伸ばす……それが何なのか分からなくて思わず首を傾げる。
「ん?」
「指切りだよ! 指切り!」
「ゆびきり?」
「おう、約束する時にするんだよ。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ますってな」
ふぅん、これも五右衛門君の故郷の風習だったりするんだろうか……彼はたまに僕の知らない様な知識を持っている事があるから、違う可能性もあるかも知れない。
まぁ何にせよ、約束をする為だって言うのであらば拒否する理由もない。
「「ゆ〜び〜き〜りげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます、指切った」」
僕の小指が、五右衛門君の小さな手……親指だけが別れていて、その他四本が纏まった変わった手に握られる。
そのまま独特のリズムと一緒にお互いの手を上下に振り、指切ったの掛け声を合図に離す。
「楽しみにしとけよ?」
「……あぁうん、楽しみにしとく」
気が付けば何だか少し……眠くなってきたな。
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