第43話.暗殺者


「む、むむっ……」


 あれから三日が経ち、諸々の準備と長旅の休養が終わったからとセシルの母親の墓がある村へと向かう道中……僕は馬車の中でロジーナとテーブルゲームをしていた。

 多種多様な種類と役割を持つ駒を動かしていき、最終的に王を討ち取った方の勝利というルールのそれを暇つぶしにしているんだけれど、ちっとも勝てやしない。


「……ステラ様は余計な駒まで無意味に守ろうとする癖がありますね」


「相棒は仕方がねぇよ」


「……」


『そ、そこがステラの良い所ですよ!』


 僕にまで丁寧な口調を心掛ける金髪の少女からの指摘に思わず口元を歪めてしまう。

 そう、彼女の言う通り、僕は捨て駒とすべき無意味な駒まで取られまいとするあまり、結局大事な駒まで失うという事を先ほどから繰り返していた。

 そうして守る者の居なくなった王を包囲され、討ち取られる。


「……みんなを戦わせるくらいなら、僕一人で敵の王の下まで突撃してやる」


 『平民』と書かれた文字に線を書き足し、『暗殺者』という意味に変わったその駒を一気にロジーナの王の駒の下まで走らせる。


「まさかそんな盤外戦術をされるとは……」


「おいおいおい、ルール無視どころの話じゃないぞ」


「えぇ、相棒それで良いんか……」


 基本的にこのゲームには平民と対して能力の変わらない王の他に、居るだけで平民の復活時間を縮める『宰相』に居るだけで全体の駒の移動マスを一つ増やす『将軍』などがあるけれど、『暗殺者』なんていう駒はない。

 精々が『斥候』や『内通者』といった程度しかなく、僕がいきなり新しい駒を作り出したものだからウィルクなんか口調を乱してしまうくらいに呆れてしまっている。


「あら、でも面白そうじゃない? 王を守る騎士が多いウチは暗殺は失敗って事にしてルールを追加してしまいましょう。……ローカルルールというやつね」


「まぁ、確かに一発逆転の芽が出て最後まで勝負が分からなく面白さはありますね」


「それは良いのですが、何故に平民からクラスチェンジしたのです?」


『……』


 横で見ていたセシルが面白がって『暗殺者』を組み込んだ新たなルールを追加し、それに対してロジーナか『まぁ、今のままでは結果が見えていて詰まらないですからね』とそれに賛同する。

 その横で口調を畏まったものに直したウィルクが素朴な疑問を口にするので、それに対して答える為に口を開く。


「だって、それぞれの駒には明確な役割があるでしょ? それらと比べて平民はただの数合わせとしての要素しかない」


「なるほど、まぁ確かに新たに追加するなら現状何も役割を持たない平民だな……ですね」


 ロジーナと違ってたまに口調が崩れるウィルクが何やら納得した雰囲気を醸し出しているのに首を傾げながら、そのまま続き・・を話す。


「​──それに、敵の王を憎み、その血を一番見たがるのは平民だから」


「『……』」


 ヴィヴィアン先生との授業で習ったのだ……王家や貴族が存在する国同士での戦争は、王家同士のコネや血縁によって程々に手打ちにできると。

 幼少の頃より高度な教育を受けたが為に対局を見据え、自らの感情を殺して実利を取る事が出来るのが王侯貴族だと。

 しかしながら王侯貴族が存在しない国では、時に自らが流したよりも多くの血を流す事を相手に求め、それが達成されるまで止まらない事があると……僕はそれが正しいと思う。

 例え仮にいつか魔軍と人類の間で和平条約が結ばれたとしても、僕は絶対に納得なんかしないから。

 何も役割がないからこそ、既に多くを失ったからこそ僕は……躊躇なく敵の懐に飛び込めるのは平民だと思うのだ。


「故郷を奪われた平民が復讐心に駆られて暗殺者となる……僕には、それが至極当然の事の様に思える」


「そう、かも知れないわね……」


 なんて言ったら分からないという様な、複雑な表情をしたセシルがそう言い、そしてまた口を開く。


「​──でも、一番平和を求めるのもまた平民だと思うわ」


 そう口にして今度はしっかりと、強い意志の篭った瞳で僕を見詰める。

 それが何だか居た堪れなくて、悪戯がバレて親に叱られてしまった様な気持ちになってしまって思わず目を逸らす。

 表向きはお世話になっている仕えるべき相手で、裏では半ば強制的に従者にしてしまった女の子……僕を友と呼んでくれる守るべき子から向けられるには、少しばかり眩し過ぎた。


「そう、だね……多分この『暗殺者』は平和を求めて敵の王を討つんだと思うよ」


 嘘だ、この『暗殺者』は平和なんて綺麗な思想は持っていない……完全に私情復讐心で動いている。

 けれどそんな事は悟られない様に、あくまでもこれは駒の話なんだとでも言うように誤魔化す。


「それよりもせっかく新たなルールを追加したんだし、早速やってみようよ」


「……そうですね」


 さて、先ずは『王』を守護する『近衛騎士』の駒を、最低半分の二つは盤上から排除しないといけない。

 でないと数の暴力で暗殺が露見し、圧殺されてしまう。

 そして今までロジーナ相手に惨敗していた僕がどうやって遥か後方に配置された駒を取るのかと言うと​──


「​──​近衛騎士自体を暗殺してしまえば良い」


 王ではなく、その周囲に配置された近衛騎士の駒を暗殺者で討ち取る。


「あー、なるほど……むむむ、後でルールの見直しが必要だとして、今この場でどう凌ぐか……」


 一気に後衛へとジャンプして来た暗殺者に対応しようと、全線から兵を引き抜き始めるロジーナを牽制する様に、僕もまた全線を動かして攻勢を掛ける。

 彼女の全線に配置された駒は少なく、守りは薄いけれど、そもそもの技量が向こうの方が上手なのでやっと拮抗状態……いや、それでもまだ不利なくらいか。

 それでも確実に近衛騎士を排除していく暗殺者の駒は強く、最終的にロジーナの王を討ち取って終わった。


「むむむ……ステラが捨て駒の平民に反応しないので、暗殺者の駒が使えませんでした」


「ちょっと強すぎるからもう少し制限を掛けた方が良いが、中々に面白い動きをする駒だったな」


「もうちょっと何か捻ろうぜ」


「……そう、ね」


『くっ、私が会話に参加できないのが悔しい……』


 その後も五人で知恵を出し合いながら、暗殺者の駒を組み込んだ新しいローカルルールの作成をして時間を潰していく。

 代わり映えしない窓の外の景色や、続けて何回もしたゲームに飽きてきたのもあって、自分達の手で新しいルールを作るのは酷く楽しかった​──


「現実の暗殺者も、こうして一人で突っ走ってしまうのかしらね」


 ​──けれど、セシルのその何気ない呟きが耳から離れてはくれなかった。


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