第42話.魔星会議
「──これより魔星会議を始めます!」
実質剛健を体現した様な、されども要所要所に配置された調度品や施された彫刻の数々がこの場の格を上げている不思議な空間──通称『魔王城』にある一室にて、上品な服を着たゴブリンが羊皮紙を広げながら声を上げる。
まだ未完成なれど、既に妖しい魅力と風格を兼ね備えた『魔王城』にて自身よりも遥かに生物としての格が違う
「序列一位──『
『ニ゛ャ゛ア゛ア゛』
この部屋の一番上座に座る桃色にテラテラと濡れ光る触手の化け物が、乱くい歯の口を開けて奇妙でいて、可愛い声を出す。
……どうやらこの化け物なりに返事をしたつもりらしい。
「序列二位──『
「あ、ダメだ……もう帰りたい……帰って研究がしたい……モモチは偉いね……」
『わんわん』
呼ばれたはずの仮面の男は返事すらせず、もう既に帰宅する事を考えている様で、ゲンナリとした様子でモモチに語り掛ける。
そんな男をモモチは「頑張って!」と元気付けている様だ。
「序列三位──『
「……」
名前を呼ばれた、脚が六本もある半人半馬の男は緋色に鈍く輝く薙刀を手に持ったまま瞳を閉じ、黙して語らない。
「序列四位──『
「珍しいな、クラーラとモモチが出席している」
瞳の中の瞳孔が六つもある男は空色に鈍く輝く長弓の手入れをしながら、そう呟く。
「序列五位──和国にて『
「あ、そこに近々誰かが座ると思うよ」
誰も座っていない席を指差し、クラーラは気怠そうにそう発言する。
「序列六位──『
『ウジュル……ウジュル……』
全身に斑点の様に、肉が捻れて血を吹き出している部位がある顔無しの巨人は虚ろに血を噴き出し続ける。
「序列七位──『
「……」
翡翠色に鈍く輝く篭手を装着し、長い黒髪を後ろで一つに束ねた、完全に人間にしか見えない優男は詰まらなさそうに目を閉じたまま返事をしない。
「序列八位──『
「……」
六つある内の片側半分の目を潰されている大男は、自身の相棒である金属器を撫でながら物思いに耽っているらしく、こちらもまた何も反応を返さない。
「序列九位──聖騎士アルデバランに討ち取られ為に空席」
「あ、『ホイヒェライ・トロンべ』はちゃんと回収したよね?」
「……無論」
クラーラが空席となった席を指しながらそう問えば、今まで黙っていた赤兎が短く答える。
「序列十位──『
「会議なんて詰まんなーい」
「そう言うな」
名前を呼ばれた指が六本もあり、金色に輝く金属製の本を持った子どもが愚痴を零せば、それに反応したクリカラが窘める為に口を開く。
「序列十一位──聖騎士アルデバランに討ち取られ為に空席」
「またアルデバランだよ(笑)」
「……」
二度も出てきた名前にクラーラが吹き出し、それに反応した赤兎が片眉を吊り上げる。
「序列十二位──『
「こほっ、こほっ…………はい」
フードを目深く被り、顔を隠した藤と呼ばれた者はまだ幼い声色で咳き込みながら他の面々と違って返事を返す。
「序列十三位──聖騎士アルデバランに討ち取られて以来空席でしたが、この度『
「やぁっーと、俺様の出番か! 長ったらしいんだよ!」
自身の名前を呼ばれた途端に、紫色の体躯をした頭だけが馬で腕が六本もある魔族が席を立ち上がり、片足をテーブルの上に乗せながら吠える。
その行動にゴブリンは露骨に怯え、ある者は顔を顰め、またある者は面白そうに囃し立てる。
「だいたい何で俺様の序列が最下位なんだよ?! まだ上の方に空席があるんだからそこに入れろよッ!!」
「我らのおこぼれにあやかって魔星入りした新参者が吠えるな」
「んだとこのボケカスがァ?! おいコラ優男! てめぇは前から気に入らなかったんだ! 一旦表に出ろやぁッ!!」
六本の腕で同時に指差しながら怒声を上げるパープルヘイズに、珀麗翔は露骨に顔を顰めながら耳に指を入れる。
「キャンキャン煩いぞ駄馬が」
「んだとテメェ?! そりゃいったい誰の事を言ってやがる?!」
「聖騎士アルデバランどころか、ガキ一人に足止めされていた奴以外に何処に居る?」
「こ、このっ……!!」
紫色の馬面が赤紫色になるくらいに頭に血が登ったらしいパープルヘイズは、そのまま怒声を張り上げる。
「最終的に勝ったのは俺様だッ!! あんな聖騎士なんて名ばかりの負け犬じゃなくて勝ったのは──」
「──辞めろ」
尚も言い募ろうとしたパープルヘイズの言葉を、静かに怒気を発した赤兎が止める。
金属器ピティエ・トゥルビヨンを腕に血管が浮くくらいに強く握り締め、石突が触れている床に亀裂が入っていく。
「それ以上、我と武威を競い合った誇り高き戦士の死を侮辱してみろ──また貴様の身体に消えない傷跡を遺してやる」
「……ッ!!」
その言葉に思わず自分の顔に付けられた傷跡を隠すが……直後に自身の行動に気付き、パープルヘイズは顔をドス赤く染め上げる。
金属器カタフニア・スィエラを手に入れた直後にステラに煽られ、手を出してしまった時に赤兎に負わされた傷だった。
赤兎とアルデバランとの間に交わされた「ステラという子どもを見逃す」という約定に横槍を入れた事が原因で付けられたその傷跡は、癒えても未だにジュクジュクと痛みを発し続けている。
「赤兎ォ……!!」
パープルヘイズのその傷跡を隠すという行動を見て白けたのか、また静かに目を閉じた赤兎をパープルヘイズは睨み続ける。
金属器を手にし、その圧倒的な力による万能感に酔いしれたところでさらなる圧倒的な力によって為す術もなく制圧された苦々しい記憶。
それがパープルヘイズの憎悪を掻き毟って仕方がない。
「ははっ、赤兎に文句を言いたいならそれなりのの功績を上げるんだね」
そんな様子のパープルヘイズに面白がる様に声を掛けたのはクラーラである。
「例えばだけど、大陸中央に大きな壁として鎮座する『ロムルス帝国』なんかを自身の手勢のみの独力で落としたら魔王様も赤兎に謝罪させるんじゃないかな?」
「……コイツにそんな事が出来るとは思えんが、もし仮に実現したなら魔王様のご命令がなくとも謝罪はしよう」
「言ったな赤兎ォ……!!」
「あぁ、戦士と戦士の約定だ」
「その言葉忘れるんじゃねぇぞォ……ッ!!」
そう叫び、パープルヘイズはそのまま会議室を出て行ってしまう。
「あーあ、行っちゃったよ」
「まだ会議は始まったばかりだと言うのに」
その様子にエルキュールは小馬鹿にする様な笑みを浮かべ、クリカラは頭痛を堪えるように目頭を抑える。
そんな二人に共通した思いは『あれが自分と同じ魔星か』という不満だった。
「てか行かせちゃって良いの? 今は無意味に侵攻するなって魔王様に言われてるよね?」
「お言葉ながら無意味に焚き付けるのはどうかと思いますが」
エルキュールとクリカラの二人はそのまま意識をクラーラと赤兎へと向け、それぞれの懸念を伝える。
「は? 一人の馬鹿が独断専行するだけでしょ?」
「魔王様からの勅令すら忘れ、浅慮によって突っ走る……そんな足手まといが早々に人々に討伐され、何も成すことも出来ずに退場するだけの事」
「そうだな。既に居なくなった奴は仕方がないし、さっさと会議を始めよう」
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
「あらら、そんなに彼女の事が気に入っちゃったの? ……やっぱり自分の童貞を貰ってくれた女の子は特別なのかな?」
勝手に人のせいにするなと言わんばかりに嫌悪感を滲ませながらクラーラが吐き捨て、赤兎がそれに同調しながらパープルヘイズを意識の外へと追いやる。
そんな様子に苦笑しながらアーラシュが仕切り直し、モモチは自分の情婦となったセレネの良さについてクラーラへと語り聞かせている。
「うっわ、怖っ……さすがに上位陣様は違いますね〜」
「……はぁ、そうですね。さっさと始めましょう」
そんな様子の一位から四位までの言動を見たエルキュールが引き、クリカラはもう仕方がないと脱力した様子で仕切り直しに賛同する。
そんな調子でいつもの如く纏まりのない魔星達を見て、ゴブリンはただ震えながら事態を見守る事しか出来なかった。
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