第41話.現在の戦況
「楽しそうですね」
庭に用意したテーブルと椅子に座り、出されたお茶を飲んでいると傍に控えていたロジーナからそんな声を掛けられる。
学府に行った時の予行練習という事で同じ席には着いていないし、口調も畏まった彼女からそんな事を言われても私自身に自覚がないので分からない。
先ほどまでと同じ様に、すぐ近くで叔父様と木剣と木の棒で打ち合っているステラを見ながら自分の顔に手を当ててみる。
「側仕え見習いの私には何だか凄いなという感想しかありませんが、そんなに面白いものでしょうか?」
「……自分じゃ分からないわね」
さっき指摘されるまで、自分がステラ達の訓練を見学する事を楽しんでたなんて思ってみてもいなかったもの。
ただまぁ、幼馴染とも言える従姉妹が指摘するくらいだから多分そうなんでしょうね。
「ウィルク、貴方はどうなの?」
「私は文官見習いですので」
「あら、文官や側仕えでも最低限の戦闘技能は必要じゃないかしら?」
「確かに多少の心得はありますが……正直なところ、あれはレベルが違い過ぎますので」
ウィルクの目線に釣られ、私達の会話にも気付いていない様子のステラ達の訓練へと再度視線を戻す。
……まぁ、確かにあれはちょっと一般人が紛れ込むのは無理でしょうね。
「なんで木の棒で地面が切断できるんですか? なんで木剣が複数にブレて見えるんですか? そしてなんでそんな攻撃を受けてもステラは降参しないんですか?」
死んだ目でそう言うウィルクの言う通り、目の前で繰り広げられている光景は「凄い」としか言いようのないものでしかない。
叔父様の鋭い棒さばきによって、まるで実物の業物を使っているのではと思わせる現象があちこちで起きている。
棒を突き込めば地面を穿ち、また振るえば地面が裂ける……伊達に金属器を持たない生身の人間でありながら、王国最強の金属器使いであり、複数の魔王軍側の金属器を討ち取ったと言われるアルデバラン・グラウディウスの副官を務め、相棒をしていた訳じゃないみたい。
帝国を越えて大陸全土にまで轟く『陽炎の聖騎士』と『矛盾』の異名は偽りでは無かったという事ね。
そして手加減はされているんだろうとは言え、そんな叔父様の攻撃を受けても少しも怯まず、むしろ自身も高次元の技術を魅せるステラがウィルクは信じられないみたい。
……まぁ? 技術はともかく、その身体能力の秘密は彼が勇者だからだと、私は知っているんだけれどね。
「──そこまで、少し休憩にしよう」
「はぁ……はぁ……」
と、そんな事を考えていると二人の訓練にも一区切りが付いたようね……ぶっちゃけ何処に区切りがあったのかはさっぱり分からないけれど。
二人がコチラへと来るのに合わせてロジーナはお茶とお菓子の追加を準備し、ウィルクは叔父様から頼まれていららしい資料をテーブルに並べ始める。
「さて、休憩の合間に現在の人魔大戦の戦況を教えようか。ステラにも請われていたし、学府に行く前におさらいも大事だからね」
「はぁ……はぁ……」
大地の精霊であるテラ様に選ばれた勇者であるはずのステラがこんなにも疲労困憊なのに、叔父様が汗や息切れを一つとしてしていないのはどういう事なのでしょうね。
ステラを心配してか、テラ様が彼の背中をさすって──テラ様は実態がないからと、代わりに私もステラの背中をさすってあげる。
「まず魔軍はこの大陸の遥か北から突如として現れた」
ウィルクに用意させた簡易的な大陸全体図に、叔父様は新たに島を書き加える。
「暫定的に島としているが、大陸の北側に大軍を展開できる程の島は確認されておらず、彼らか何処から来たのかはさっぱり分かっていない……調査しようにも北方諸国は全滅してるからね」
その島から伸びた矢印が大陸の北部にあった国々を差していき、それぞれに『三日』『二日』『七日』等と書き込まれていく……まさかとは思うけれど、この日時って──
「『ユミル共和国』が三日で落ち、続いて『カナン平原諸部族連合』が二日で、そして大陸北部最大の版図を誇る『エグマリオン帝国』が七日で落とされる……この帝国が落ちた時点で北方諸国が魔軍に対抗する事は不可能となった」
地図に書き込まれていく矢印の動きが凄まじい……『ユミル共和国』と『カナン平原諸部族連合』を落とした魔王軍はそのまま間にある『エグマリオン帝国』を挟み撃ちする形で二正面作戦を強いる。
三日から四日程かけて前線に主力を張り付かせたところを見計らって、さらに北側から大軍を動員して無理やり帝国を落としてしまった。
北方諸国には抵抗する時間も、団結する暇さえ与えられていない。
恐らく直前まで周辺諸国に援軍を要請していたんでしょうけど、馬で間に合う時間ではないわね。
さらに書き足される矢印も、必ず国を包囲殲滅する様に動いている……時には分散し、交わり、急に引き返しながら人類国家を翻弄している。
「ここまでは情報収集に長けた金属器使いから齎されたものになる」
それを元に世界宗教である『ガイア教』の総本山『ニュンパ法国』の号令により緊急首脳会談が世界中で行われ、
「ここで魔軍は一旦進軍スピードを鈍化させる……斥候が命懸けで持って帰った情報に寄ると、どうやら大陸北部に本格的な軍事施設を建設している様だね。さしずめ『魔王城』と言ったところかな」
「……魔王城」
大陸北部の『エグマリオン帝国』があった地域に『魔王城』と書き込まれる。
それを見て、ステラの瞳に暗い炎が宿った気がしたけれど……すぐに消えてしまう。
何となく、本当に何となくだけど、ステラが何処かに行ってしまいそうな気がして彼の手を握る。
少し驚きつつも、きちんと受け入れてくれるウチは大丈夫よね?
「そして、余程目障りだったんだろう……一年掛けて『ルーティネス王国』を、ひいては聖騎士アルデバランを討ち取った後はそれまでの大侵攻が嘘だったかの様に進軍を止めている。……どうやらこの『魔王城』の建設に集中するみたいだね」
元々『ルーティネス王国』があった場所から二本の矢印が伸び、ここ『ロムルス帝国』を北西と西側から攻めてはいるものの、かつてのような大軍ではなく、攻撃も散発的だと言う。
決して深入りはしない事から、魔軍の目的は状況を膠着させる事だと首脳部は見ているらしい。
そして敵は戦い方を『侵略』から『調略』に切り替えたと……この機に人類を内側から切り崩す動きも見せていると。
現に『ロムルス帝国』だけじゃなく、各国で魔族が不穏な動きを見せ、暗躍しているのは確からしい。
「余程この『魔王城』を完成させたいみたいだけど、正直なところ一息が付けるから人類側としても都合がいいのは複数なところだね」
私達人類に逆侵攻されて建設を邪魔されたくない、けれどもこれ以上に支配領域を拡げてもその地域の維持管理や支配機構の設置にリソースを割かれたくもないと。
だからこそ、事態を膠着させる程度の規模しか軍を動かさず、内部から内戦を煽ったりして人類側のリソースを減らしつつ、かの『魔王城』が完成した後を見据えて自分達の有利へと持って行こうとする。
「……思っていた以上に、その……狡猾ですね」
「あぁ、奴らの恐ろしさはその圧倒的な軍事力だけじゃない……必要とあらば金属器を持った最高練度の
思わずロジーナが漏らした呟きには叔父様が答えるけれど、これは思った以上に……『詰んでる』のではないかしら。
「そして奴らは各地に散らばるゴブリンやオーク等、知性はあれどもその生態や習性、文化の違いから人類と相容れず、魔物として扱われてきた諸部族すらも纏め上げ、糾合している……おそらく人口やマンパワーの面でも負けているだろう」
魔王軍という、突如としてお伽噺の中から現れた人類の天敵について知れば知るほどに……『これは勝てない』と思えて仕方がない。
「……これが、いつか君たちが相対するであろう敵だ」
「私達が、ですか……?」
「あぁ、今の戦況では『世界徴兵』が発令されるのも時間の問題だろうからね」
そうなった場合、もしも『世界徴兵』が発令された場合に真っ先に徴用されるのは学府の生徒達でしょうね……平民と違って文字が読めて、ある程度作戦の概要が理解できる頭を持った人材だもの。
だからお父様はステラを私の専属護衛にしたのでしょうね……いずれ徴兵されても離れ離れにならないようにと。
「こ、こんなのどうやって勝つって言うんだ……」
そんなウィルクの弱気な発言に何も反論なんか出来るはずもない。
私も、今のうちから遺書の書き方でも習っておいた方が良いのではないかと──
「──いいや、勝てる」
静かに、けれども力強く響いた声に振り返る。
「──勝って、絶対に償わせる」
そう言うステラの瞳には、先ほど以上に底が見えない〝闇〟が溢れていて……私達だけじゃなく、叔父様まで何も言えないでいた。
当然、彼に握られている手が痛いなんて指摘をする事さえ……今この時ばかりは無理だった。
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