第40話.サザンカ子爵家
「──見えて来たわ」
セシルのその一言に反応して僕とテラと五右衛門君の三人が一斉に窓の外へと振り向く。
帝国の南に広大な領地を持つカメリア領から少し東に進んだ先の、南南東の位置にサザンカ子爵領はある。
数日掛けての長旅とは言え、なぜ北上せずに東に向かった場所が避暑地なのか……僕にも良く分からないけれど、サザンカ子爵領は三方を山に囲まれ、残ったもう一方に巨大な湖があるらしく、年中その湖の方から吹き上げる風の影響で涼しいらしい。
その分雨も多いらしいけど、夏はその雨の頻度も下がるから避暑地に最適で、さらにはカメリア侯爵領とも近く、同じ派閥の味方貴族の領地という事で毎年ここに来るのだとか。
そもそもサザンカ子爵家自体が、元はカメリア侯爵家の分家らしいし。
まぁセシルの母親の墓が置かれているらしいから、毎年来る事自体は別に不思議でも何でもないけど。
「ここのサザンカ子爵夫人はカメリア侯爵の妹君でね、子息令嬢はセシルの従兄弟という事にもなるからよろしく頼むよ」
「了解です」
「あら、叔父上もステラも堅苦しいわよ? 一年ぶりくらいだけど、あの子達とも気安く接してくれると有り難いわ」
「……と、言われても、セシル以外の初対面の貴族なんてよく分からないし……」
ヴィヴィアン先生から貴族事情について習えば習う程に、セシルの初対面の僕に対する対応が異質だったのだと分かる。
いくらセシルの従兄弟とは言え、初対面の平民に対してフランクに接してくれふとは到底思えない。
「ま、気にしないで! あの子達も同い歳だけれど、とても気さくだから!」
──なぁんて、言っていたのになぁ。
「お久しぶりでございます、セシル様。初対面の方も居るようですので改めまして自己紹介を……私はウィルク・ナージェ・サザンカと申します」
「同じく双子の妹のロジーナ・ラル・サザンカと申します。以後お見知りおきを」
「こ、これはご丁寧に……ぼ、僕はセシルの……あ、いや、セシルお嬢様の専属護衛であるステラ・テネブラエと申します」
セシルと同い歳という事は、僕とも同い歳である筈なのにこの差はなんだろう……やっぱり貴族って子どもの時から僕たち平民とは違うんだろうな。
それに、特に差別意識や悪感情というものは感じられないけれど、何処となく壁がある気もする。
「ご丁寧にありがとうございます。私は今は亡きルーティネス王国リックナーガ伯爵家のカイン・リックナーガーと申します。継承権を捨てた為、ミドルネームはありません」
しどろもどろな僕とは違って自然体で滑らかに挨拶を熟すカインさんを見て、やっぱりこの人は元貴族なんだなぁと再認識する。
あと確か貴族の継承権はナージェが一位で、ラルが三位を意味するんだっけ……じゃあ弟がもう一人居るのかな。
「ではお部屋にご案内致します」
ウィルクとロジーナの後ろを着いて行きながら、これでどう仲良くするんだと頭を悩ませてしまう。
二人の対応は完全に上位者と客人に対するものでしかない。
「……ねぇ、ウィルク、ロジーナ?」
「なんでございましょうか?」
「どうかなさいましたか?」
それまで黙っていたセシルか口を開いた事に少し驚きつつも注目する……今ばかりは『貴族の家とかって、一定の水準を超えると「大きい」としか感想が出んよな』とか言う五右衛門君と、それに同意するテラが鬱陶しい。
ていうか、その家の主人の子ども達の前でその感想は失礼が過ぎるでしょ。
「その態度はなに?」
「……と、申されましても」
「……私達に何か不備がございましたか?」
「それ! それよ! 何で他人行儀なのよ?! 去年まではタメ口だったじゃない!」
なるほど、セシルが黙ってた理由はそれか……去年までは彼女言う通り「気さく」な子達だったんだろう。
ていうか、セシルはそんな大声を出して大丈夫なのだろうか……『血の従者』とやらになってから不思議と身体の調子は良くなったとは聞いているけれど。
「変に畏まらないでいつも通り接してよね」
「……はぁ、一応学部では俺らは従者って事になるんだからな?」
「無理無理。セシルはそんな事は気にしないから」
「そうよ! っていうかアナタ達に釣られてステラまで私の事をお嬢様って呼び始めたじゃない!」
うわっ、こっちに矛先が向いた……五右衛門君は埴輪の癖に今日にニヤニヤと笑ってるし、テラは何も分かってないって顔をしてて腹が立つ。
カインさんも片眉を上げて我関せずって感じだし、今この場に味方が居ない。
「そう言えばソイツは? 専属護衛って言ってたけど?」
「ふふん! 私の初めての友達よ!」
「あの病弱で社交界にも出られないセシルに友達が……そう、良かったね」
「……なんで涙ぐんでるのよ」
「お前、ステラって言ったっけ? これからもセシルの事をよろしくな」
「何か困った事があったら言ってね? 私とウィルクが相談に乗るから」
「あ、うん……よろしくお願いします……」
あ、うん……確かに気さくな方達だね。
セシルを揶揄い、一目で平民と分かる僕に対しても分け隔てなく接してくれるんだから。
なんていうか、そう……この空間とやり取りは凄く居心地が良い気がする。
「それはそうと俺は石川五右衛門ってんだ! よろしく頼むぜ!」
「「──埴輪が喋った?!」」
「さっきは普通にスルーされちまったからな、俺はステラの相棒だからよろしくな!」
五右衛門君の嘘吐きめ……普通に貴族らしい振る舞いの双子にビビって僕の後ろに隠れてただけじゃないか。
……まぁ、気持ちは分からなくも無いけれどね。
「全然気付かなかったぜ……」
「喋る埴輪とか居るんだ……」
「ふふん、なんて言ったって俺様は世界一のイケメンだからな! 恥ずかしがるのも無理はないぜ!」
二人がそんなに怖くないと分かった途端にこれだよ、すぐに調子に乗るんだから。
あと埴輪の美醜とか僕たち人間には全く分からないし、判別とか付かないからね。
『わ、私も居ますよ!』
テラは見えないでしょ!
二人から見たら虚空に向かって叫んでる様にしか見えないだろうから、迂闊に指摘も出来やしない。
「ほぉ、埴輪にも美醜が存在するのか」
「あ、いや、俺は呪いで埴輪になってるだけで、本当は人間なんだぜ?」
「あ、そうだったんだ」
「ふふ、人間だった時の俺様を見たらロジーナの嬢ちゃんは腰を抜かすかもな?」
コイツ本当に調子が良いな……初対面でここまでイキれるのも中々のものだと個人的に思うよ。
「ステラの相棒は中々に面白い奴みたいだね?」
「いや、まぁ、その……良い奴ではありますよ」
カインさんにニヤニヤしながら言われるのが居た堪れない……もう本当に勘弁して欲しい。
セシルはセシルで、テラに向かって『貴女は見えてないでしょ』とか普通に突っ込んでるし、それを受けてテラは『そんな……そう、でした……』ってなんか凄く落ち込んでるし……処理能力がパンクしそう。
「イケメンな俺様がバッタバッタと強敵達を打ち倒す様を見ては、城下の娘っ子達は黄色い声を上げてたもんだ!」
部屋に案内されるまでずっとこのノリが続き、僕の目が死んだのは言うまでもない。
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