第39話.大人として
「ま、まぁ、別にすぐに出来なかったからといってこれから先ずっと出来ないという訳ではないから……」
「……」
暫くの間足掻いてはみたけれど、自身の闘気を引き出せる兆候すら現れず、ただ嫌な事を思い出しては憎しみが増すだけという結果に終わってしまった。
カインさんはすぐに出来なくても、コツを掴んだ途端に世界有数の心装使いになった例もあると僕を慰めてくれるけれど、それが何だか酷く情けなく思えて仕方がない。
こんな所で躓いている場合じゃないのに、どうして簡単な事すら出来ないんだろうか……闘気を纏う事は魔族と戦う上で最低限必要な基本技術だと言うらしいのに。
「──おや、こんな時間から稽古かい?」
背後から聞こえたその声に振り返ると、側近である家令と護衛の騎士なんかを引き連れたカメリア侯爵がニコニコとした笑みを浮かべながらコチラへと歩いて来ていた。
急いで背筋を伸ばし、跪こうとする僕らを手を上げる事で制止させながら彼が口を開く。
「本当なら昼食の後に話そうと思っていたんだが、ちょうど良いし今ここで言ってしまおう」
背後に控えていた家令さんから書類を受け取り、その封を解きながら侯爵はそれを僕へと手渡す。
「本日付けでステラ・テネブラエをセシル・ナージェ・カメリアの専属護衛とする」
「なっ?!」
「……え?」
僕がセシルの専属護衛? ……とはいったいどういう意味なんだろうか?
カインさんが凄く驚いているし、この決定が普通の事ではないというのは何となく理解したけれど。
「まぁ、難しく考える必要は無い……要はセシルの身の安全を守ってくれって事だね」
「……なるほど」
一度失敗し、むざむざとセシルを拐われてしまった過去を持つ僕で大丈夫なのかとか考えてしまうけれど……信頼、されていると受け取ろう。
それに、仕方がなかったとはいえセシルを『血の従者』というものにしてしまった負い目もある。
おじさんも命を張って部下の皆を僕も含めて助けていたし、セシルを守る事に少しも不満はない。
……むしろ、それは僕の義務であるとさえ思っている。
「来年十二歳になるセシルは帝都にある学府に通う事になるんだが……基本的に親や大人は干渉できないんだ。争い事が大きくなるからね」
「……僕は貴族ではありませんよ?」
「そこはカメリア侯爵家の客人として滑り込ませる事が出来る……もちろん入学試験には合格して貰うがね」
なるほど、要は学府というカメリア侯爵の目の届かない場所でセシルの身の安全に気を配っていれば良いのか。
その点、僕はセシルとは同い歳らしいから同時に入学する事に対して身分以外に大して違和感がないのかも知れない。
僕に護衛が務まる程度の実力があるかどうかは……少し分からないけど。
「何もセシルの身の回りを固めるのは君だけじゃないから安心しなさい……それから、三日後に避暑地にセシルの母親の墓参りも兼ねて行くから、その時に出番があるかもね」
「なるほど、分かりました」
確かにそうか、カメリア侯爵といえばこの国の四大貴族家の一角……一人娘の護衛を何処の誰だか分からない平民ただ一人に任せるはずもないか。
三日後の墓参りについては前からセシルに聞いてたけど、それに僕も同行するってだけでいつもとあんまり変わらない。
僕はただ、セシルの身の安全に気を配っていれば良いんだ。
「場所はカメリア侯爵派の寄子であるサザンカ子爵家の領地だ。そこにカインの姉であり、セシルの母親の墓もある」
「そうなんですか?」
正妻の墓なのに自分の領地に置いていないのは何故なんだろう……まぁ、それだけサザンカ子爵家が裏切る事はないとカメリア侯爵が信頼している事は伝わって来たけれど。
僕が習った範囲だと、普通は自身の領地にある一族の墓に入れられると聞いたけど、例外があるのかな。
「詳しくはヴィヴィアンに聞くと良い、この三日で詰め込むと言っていたからね。……そういえば鬼の形相でステラを探していたな?」
「……い、行ってきます!」
ヴィヴィアン先生が『詰め込む』と言っていたのであれば、こんな所でグズグズしている暇なんかない!
即座にあの人の下へと馳せ参じ、少しの時間でも学ぶ姿勢を見せないと容赦なく課題を追加していくんだから!
「……なんのつもりです?」
「ん? なんの話だい?」
ステラが慌てた様子でこの場を去っていくのを見届けた後、アドルフ侯爵に問い掛ける。
ステラの慌てぶりから、そこまでヴィヴィアン女史の授業は大変なのかと首を捻りたくなる様な疑問もあるが、今はそれは脇に置いておく。
私が一番聞きたい事は、ステラにわざわざご息女の専属護衛を任せた事だ。
「ステラを何故セシルの専属護衛なんかに?」
「あぁ、そんな事か。……簡単な話だよ」
まるで聞き分けのない子どもを見る目でアドルフ侯爵は肩を竦めながら理由を話す。
「ステラは、彼はまだ子どもで未熟だ」
「えぇ、だからこそ疑問なんです」
ステラは子どもとは思えない程に身体能力も高ければ、剣術の腕も良い……そこいらの兵士にだって引けを取らないだろう。
あの歳であれだけ戦えるという事実に、それだけ彼の復讐心などが本気なんだと……そう思わされて複雑な気持ちになる。
だからこそ、貴族の暗闘や血なまぐさい場所から出来るだけ離してやりたかった。
彼の不安定な心に一時の平和な時間を与えてやりたかった。
どうせ今の戦況ではそんなに時間を掛けずに大規模な徴兵が開始されるだろうから、尚更に。
「あぁ、そうだ、彼はまだ精神的に未熟で不安定な子どもだ──だからこそ役割を与えてやらねば暴走する」
「……」
「去年の年の暮れ、我が愛娘を助けようと単身で飛び出したのは記憶に新しかろう? ああいう何か大きな失敗をした、あるいはしたと思い込んで心が不安定になっている者は何もしていないと余計な事を考えてしまう」
なるほど、確かにアドルフ侯爵の言っている事は一理ある……それは私自身も分かっていた事で、だからこそ何かに付けてはステラを呼び付けて訓練を施している。
荒治療だが、余計な事を考えそうになったら隙が出来たと容赦なく棒で叩けるからね……ステラも必死になって目の前の事だけに集中する。
それに訓練はそのままステラを守る力となる……それと、同じような事をアドルフ侯爵なりにしようと言うのだろうか。
「それにな、セシルを守るステラごと……我々大人が子ども達を護ってやれば済む話じゃないか義弟よ」
「……そうですね、ステラに出番を与えなければ良いんですよね義兄上」
「アッハハハハ! そうだ! その通りだとも! 無垢な子どもを騙す様で悪いが、我々大人は大人としての本分を果たそうじゃないか!」
本当にこの方は……姉上が惚れて無理やり嫁いだだけはある。
「はぁ、でしたら今回の避暑地に私も同行しますからね」
「好きにせい! 好きに子ども達を護るがいい! ワッハッハハハハハ!」
はぁ……本当にが可笑しいのだろうね、この方は……姉上、私は未だにこの人のノリに慣れませんよ。
申し訳なさそうな顔で頭を下げる家令達を引き連れてこの場を去るアドルフ侯爵の背を見送りながら、今は亡き姉について思いを馳せる。
……そういえば姉上も子どもが大好きでしたね。
「──フッ!」
なればこそ、私が──いや俺が、姉上やアドルフ侯爵、そして団長の代わりに
「──ハッ!」
その日、訓練にかまけて昼食をすっぽかした私を困った目で見詰めるメイドと、そんな私を見てバカ笑いをするアドルフ侯爵によって意識を引き戻されたのはここだけの話。
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