第四章.人間憎悪
第38話.闘気
「──さて、一旦整理しましょう」
セシルのその声に、彼女の部屋に集まった僕、テラ、五右衛門君の三人は一斉に振り返る。
あのレッドヘイズという魔族を倒し、セシルを助けてから早数ヶ月……お仕置も兼ねてヴィヴィアン先生に酷く扱かれたせいで、こうして落ち着いて話す事ができるのは久しぶりだった。
あの時は冬の始まりだったのに、季節はもう初夏に入っていた。
「テラ様は大地の精霊で、ステラを世界を救う勇者として選んだのですよね?」
『えぇ、そうですよ。……ステラステラ! どうですか? 見ましたか? 貴方は頑なに私を精霊と認めませんが、こうして敬われてますよ!』
「それそれ」
「それそれ、で済ませたら可哀想だぜ相棒」
丁寧に大地の精霊としてセシルに扱われた事がとても嬉しかったのか、興奮した面持ちで全身から『私、嬉しいです!』とアピールしながらテラがドヤ顔を披露する。
テラを調子に乗らせた張本人であるセシル自身も微妙な顔で『本当に大地の精霊、なのかな……』とか自信なさげに小声で呟いているのにも気付いていない。
そんな有り様を短く指摘した僕に向かって、五右衛門君がテラに対する慈悲を見せる。
「んん! ……で、次は五右衛門君だけど……本当に人間だったの?」
「おうともよ! 呪いが掛けられる前はそれはもう絶世の美男子だったんだぜ? 通りを歩けば女子の方から俺に──」
「あっ、うん……あ、そういえばお父様がステラの事を呼んでいたわよ? 昼食を食べ終わったらで良いから、来て欲しいって」
「侯爵が?」
一人で勝手に盛り上がり始めた五右衛門君を置き去りにして、セシルから話を聞く。……彼の相手は『へ〜、凄いですねぇ!』とか純粋に信じ切ってるテラに任せよう。
それよりも今はカメリア侯爵様が僕に用事があるらしいって事だ。
いつもニコニコしているのに威厳がある不思議な高位貴族からの言伝……これは気合いを入れないと。
「呼び付けるなんて、新年を祝う時以来初めてじゃない?」
「そうだね、11歳になってから初めてでもあるね」
「えっ……」
貴族様と違って細かい日にちは分からないし、祝う時も夏生まれという大雑把な括りではあるけれど……村を失ってから一つ歳をとるくらいには時間が経過していたらしい。
村ではそれぞれ九十日ずつあった春の長子、夏の息女、秋の末子、冬の落胤のうち、息女の月のだいたい初め頃が僕の誕生日にされていたから、もう11歳で良いだろう。
「昼食まで時間もあるし、五右衛門君も止まりそうにないから素振りしてくるね」
「あ、うん……」
「……?」
何やら急に考え込んだ様子のセシルに首を傾げながらも、まぁいいかと放置する。
それよりも今の時間帯ならカインさんも居るはずだし、丁度いいから聞きたかった事を聞こう。
▼▼▼▼▼▼▼
「──闘気について知りたい?」
「ぐっ! はい!」
木の棒を持ったカインさんと木剣で打ち合いながらずっと気になっていた事を尋ねる。
見た感じカインさんも知ってそうではあるけど、ちゃんと教えて貰えるかな。
……というか、教えて貰ったとしてもちゃんと頭に入るか不安だ……少しでも気が逸れると容赦なく棒で突かれるので気が抜けない。
「……そうだね、人にとっては魔族に一方的に殺されない為の技術、魔族にとっては己を進化させる為の手段と言ったところか」
「わっとと……」
急に構えを解いたカインさんに驚きつつも、真面目に話すから聞けという事なんだろうなと解釈する。
それにそろそろ疲労が限界に来ていたから丁度いい……これ幸いにと地面に座り込んで意識をカインさんの話す内容へと向ける。
「魂の容れ物であるはずの肉体を、逆に内側から魂で包む事を『心装』と呼び、その時に使用される魂のエネルギーの事を闘気と呼ぶ」
「魂で肉体を包む? ……そんな事が可能なの?」
「内側から引きずり出すまでは難しくはない。新兵だろうと十人に一人は出来る」
どうやら思ったよりも簡単に出来るらしい……魂の力を引きずり出すには激しく怒ったり哀しんだり、感情を揺れ動かすと容易になると言う。
その為、経験の浅い新兵達でも十人に一人は成功していく程度の難易度だそう。
「ただまぁ、引きずり出すだけならね……それを纏うとなると急に話は変わってくる」
急に表情を厳しくさせたカインさんによると、魂の力を引き出せてもそれを制御できなければ意味はなく、むしろただ垂れ流し状態になってしまった魂はそのまま肉体から離れてしまう……つまり死んでしまうという。
上手く大雑把に自らの肉体を包込めたとしても、どうしてもロスというものは出て来るらしく、闘気を使用する度に自身の魂はすり減っていくのが大半だとか。
そうしない為には大雑把に自分を包むのではなく、薄く膜を貼るように肌の上を滑るように流すのが良いらしい。
そうする事で魂のロスを防げ、さらには大雑把に包むよりも身体機能は上がるみたいだ。
「じゃあ大きく溢れ出る様に闘気を纏っているのは、強いんじゃなくて……」
「……ただ制御が下手くそなだけだね。感情と同じく、大きな力に振り回されてるだけでも表面上は強くなるのさ」
じゃあレッドヘイズのあれは、奴自身の言う通り闘気を扱う者達の中で一際優れてた訳じゃなくて、闘気を扱い始めた初心者レベルだったのか……あれでも勇者の加護があるはずの僕を圧倒してたんだけど。
まぁでも、同時に納得でもある……道理であれだけ強くて人間離れした動きをするおじさんや、
あれは正確には完璧にコントロール下に置いているからこそ、外から見ても分からなくらい精密に纏っているからこそ見た目に変化が無かったんだろう。
「人は闘気を纏う事で魔族の加護を突破し、傷を付ける事ができる……不死性までは中和出来ないがね」
「魔族の進化は?」
「さぁ? 捕虜になった魔族から吐かせたってだけで詳細は不明なんだ」
「……僕にも使えるかな?」
勇者の加護だけに頼っても
そうなった場合は今度こそ死ぬだろう……超人的な身体能力も、即時再生能力も失ったただの子どもを殺す事なんて、奴らにとってはそれこそ赤子の手をひねる様なものだろうし。
そうした事態のためにも闘気を引き出し、纏う『心装』という技術は絶対に必要なものだ。
「そうだなぁ……もしも溢れ出しそうになったら気絶させてあげるから、やってごらん?」
「……」
ま、まぁ死ぬよりはマシかな……むしろ金属器使いのおじさんを補佐する副長なんて立場に居た人だし、当然闘気は扱えるし詳しいんだろう。
ならばカインさんが目の前に居る今がタイミング的にも丁度いいはず。
「魂とは自らの深層心理でもあり、根源の一つは内なる自分と向き合って──とか言っても難しいので、とりあえず自分の感情を強く動かした出来事なんかを魂を意識しながら思い出すと良いよ」
それなら簡単だ……僕は村を焼かれ、妹を連れ去られた事も、おじさんを死なせてしまった事も全く忘れてはいないのだから。
あの日、あの時から鎮火する事なく燃え盛る復讐の炎はその勢いを衰えさせてはいない。
いいや、勝手に消えない様に毎日思い出しては自ら薪を焚べていたのだから、むしろ激しさを増すばかり。
「……」
だと、言うのに──
「あ〜、ステラには才能が無いみたいだね……」
──僕は闘気を引き出す事が出来なかった。
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