第36話.私の勇者様
「……そ、その……つ、辛かったり……しない?」
「……別に?」
セシルを抱えてカメリア侯爵邸を目指す……身体の弱いセシルを
朝が近いのか、白んで来た空のお陰で彼女の顔が見やすくなったというのに、僕はそちらを向くことが出来ないでいる。
長い沈黙に耐えかねて発した言葉もよく分からない、中途半端なものでしかなかった。
「……乙女の唇を勝手に奪うなんて」
「うっ……」
「しかもあんな、あんな……初めてだったのに!」
ダメだ、加害者側である僕からは何も言う事ができない……今謝ったってなんの重みも感じられないだろうし、そんな謝罪に意味なんてないだろう。
テラに頼ろうにもさっきから『きゃー!』とか言ってていつも通り使い物にならない。
あの後、顔を真っ赤にしながらも元気になったセシルに涙目でビンタされるし、きゃーきゃー言ってるテラを見て怯えたセシルに抱き締められて首が絞まるしで凄かった。
おそらく『血の従者』という、勇者である僕を経由して間接的にテラと繋がった影響かなとは思うけど。
「そ、それに何か勝手に従者にされてるし? なんか幽霊が見えるし?」
「そ、それに関しては本当に申し訳ないと……」
その中に、瀕死になった仲間の男性に自分の血を飲ませる事でその命を救った場面があった。
本当に上手くいくのかも分からなかったし、何か別の方法もあったかも知れない。
……けど、今の僕がセシルを救う方法はそれしかなかった。
「……ねぇ、ステラ? こっちを向いて?」
セシルの声に従い、僕の腕の中に納まる彼女の顔を覗き見る。
「……怒って、ないの?」
自身の予想に反してセシルは怒っているというよりも、逆に僕を心配しているかの様な表情をしていて……何故そんな顔をしているのか、全く分からない。
貴族令嬢の唇を、本人の同意なく奪ったのは僕だというのに。
「ん〜、まぁ最初は意識が戻ってすぐステラと……そ、その深い……口、づけ……を……しているのと、幽霊が見える事に驚いて混乱したけど……」
「……けど?」
恥ずかしがって赤面するくらいならわざわざ言わなくても良いのに……なんて、口に出したらお前が言うなと怒られそうな事を考えながら、セシルに続きを促す。
テラに関しては何て説明をすれば良いのか分からないから、もう暫くは放置で良いかな。
そんな事よりも今はセシルからの叱責をきちんと受け止める事が──
「──けどね、貴方はちゃんと……私を助けに来てくれたのよ?」
そんな、そんな……僕が欲しかった、僕を肯定する様な言葉と共に頬へと伸ばされた彼女の手が温かい。
急激に滲む視界に足を盗られてしまわない様に、不安を隠す様にセシルを横抱きにする腕に力を込める。
あぁ、ダメだな、これはダメだ……寒さのせいで手足が震えてしまう。
「貴方が今までどれだけ取り零してきて、その度にどれだけの無力感を味わったのかは……正直なところよく分からない」
冷たい外気と雪に晒され、真っ赤になった僕の頬を流れる涙をセシルの細い指先が拭い去る。
彼女の指が通る度に冷えきった体温に熱が染み渡っていく。
「でもね、死ぬほど怖くて私が助けて欲しいって思った時に……貴方はちゃんと来てくれた」
滲んで前が見えない視界と、震える手足のせいで立ち止まってしまう。
雪の降り積もった大きな木の枝の上で間抜けにも立ち尽くす。
「それだけで救われた私には十分なの……貴方はちゃんと、自分の大事なモノを救えたのよ」
足に力が入らなくて思わず蹲る……抱えたままのセシルが窮屈じゃないかなとか、そんな心配をしても立ち上がれないのだから仕方がない。
今一度確かめる様に……僕の耳元で囁く少女が、僕が誰かを救えた証拠が本当に実在するんだと再確認にする為に彼女を強く抱き締める。
地平線から顔を出した朝日に照らされた情けない泣き顔を見られたくなくて、自分と同い歳の、自分よりもか弱い女の子の肩に顔を埋めて隠す。
今はただ、自分が救えた彼女の体温を感じていたかった……寒いからじゃない、寂しかったから熱を求めた。
「ねぇ、ステラ──貴方は間違いなく私の勇者様よ」
耳元から聞こえたその言葉に、色んなものが決壊する……往生際悪く我慢しようとしても、
僕を抱き締め返しながら優しく頭を撫でてくれるセシルの手、実態は無いがらもそっと肩に手を置いてくれるテラの手が……凍てついた僕の心に薪を焚べていく。
「うっ、ぐぅ……あぁっ…………ぼ、僕は……やっと、やっと……誰かを救えたん、だね……」
震えた声ではあるけれど、僕はやっと……自分で自分を認める事が出来そうだった。
「セレネ、ジョン、ヤン、メリンダ、クレア、マリナ、リック、ブルック、ヤーナ、カナン、ダン、ラン、ハンナ、ドコラ、メーニャ、エリーゼ──弱くて、ごめんね」
多くの取り零して来た皆の名前を呟く……おじさん、僕は今日になってやっと──誰かを救えました。
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