第35話.星録見聞
「金属器か?!」
闇色の光で出来た帯が螺旋を描き、その周囲を金色の粒子が舞い踊る……まるで星々が瞬く夜空の様な色彩が黒と白銀の世界を彩っていく。
おそらく闘気とやらとも違う、けれども明確にどんなモノか言い表す事の出来ない「力の圧」が僕を中心として遍く万象を威嚇する。
次第にその力と夜空の光が前へと突き出した手の前へと収束していく様は、まるで以前にセシルが演奏していたピアノの楽譜の様に僕の目には映った。
「……」
そうしてご大層な演出と共に出て来たのは──小さな黄金の鍵だった。
「……鍵?」
いったい何に使うのかも分からない鍵を前に立ち尽くす……まさかさらに人類が死滅しないと対になった開けるべき物が出てこないのでは、という嫌な予想が脳裏を過ぎる。
もしそうなら、そんなのは絶対に認められない。
もうこれ以上他の誰かを死なせたくはないからこそ、僕はこの力に縋ったのだから。
「──プッ!」
思わずといった様子で盛れる笑い声に顔を上げる。
「ギャハハハハハ!! なんだそのちっせぇ鍵はよぉ?! 金属器かと思って身構えてみればそれって……クク、とんだお笑い草だなぁ?! えぇ?!」
悔しいけど馬面の言う通りだ……剣ならまだしも、僕はこんな小さな鍵で戦う事なんて想定していないし、どう扱って良いのかも分からない。
仮に金属器と同じ様な効能があったとしても、どう攻撃すれば良い? 奴の目に刺せば良いのか?
あんな闘気とやらを纏った奴と超接近戦を繰り広げるなんて自殺も良いところ──
『──いいですか、今から私の言う通りに唱えてください』
セシルを診ていたはずのテラの声を認識した瞬間──何も考えず、ただ彼女の言う通りに口を動かした。
理由なんて、何となくそうした方が良いと直感したからに過ぎない。
「『
いつもは実態なんてない筈なのに、僕のすぐ傍にテラが居るんだと確信が持てる。
触れられない筈の彼女の手が僕の肩に置かれ、感じられない筈の彼女の息遣いがすぐ背後から僕の頭にかかる。
何よりも、彼女の体温がこんなにも鮮明に理解できる事がその確信を後押しした。
「『
頭の中に、顔だけ真っ黒に塗り潰されて誰だか分からない女性の記憶が断片的に流れ込んでくる。
それによって生じる激しい頭痛を堪えながら、目の前に浮かぶ水面の波紋の様な黄金の光へと鍵を、天命の聖鍵を差し込む。
「『
差し込んだ天命の聖鍵を横に引き倒せば、まるで立体パズルを組み替えるかの様にその姿形を変えていく。
黄金の波紋は徐々にその位置を移動し、壮麗な刃を生み出す。
それが全てが終わった時、僕の手にあるのは小さな鍵ではなく──頼もしい剣の柄だった。
「なん、だ……それは……」
馬面のマヌケ面という希少な表情を拝むのは本日二度目かも知れない……と言っても、僕も何がなにやら分からないから偉そうに言えそうもない。
僕はただ、いつもよりも神聖な雰囲気を纏ったテラの言う通りに行動しただけだ。
「そうか、お前が……お前が大地の勇者だったか……」
アルテラの聖剣を正眼に構え、レッドヘイズと改めて対峙する。
なんだろうな……不思議な感じなんだけど、あれだけ強そうに見えた奴が大した事のない相手に思えてくる。
理由は不明だけれど、テラもいつもと違って厳粛な雰囲気と面持ちで僕の背後で揺蕩っていて、少しだけ調子が狂ってしまう。
「クラーラ様が取り損ねたその首──パープルヘイズ様に献上させて頂こう!」
あれだけ速かった筈のレッドヘイズの動きが緩やかに見える。
その身から吹き出す桃色の闘気も増大している筈なのに、目で追えてしまう。
目だけじゃない……捉えたレッドヘイズの動きに合わせて、高速で剣を振るえる。
舞い散る雪が止まってしまったかの様に錯覚する程に引き伸ばされた知覚の中で、コチラへと足を踏み出して振るわれる拳を紙一重で躱しながら懐へと潜り込み、伸び切った肩口から一刀両断にしてしまう。
聖剣を振り切ると共にそのままレッドヘイズの背後まで歩く……そうしてやっと、奴の傷口から大量の血が噴き出していく。
「ガッ──?!」
「……っ」
単純な痺れともまた違う、何か大切なモノが消費された感覚に腕が震え、聖剣を取り落としてしまう。
何となく、本当に何となくでしかないけれど……直感でこの力を多用するのは危ないなと感じた。
そんな事をぼんやりと考えながら、僕の手から離れ、地面に落ちると共に融ける様に消えていった聖剣を尻目に後ろを振り返る。
「お、俺の……俺様の身体が散っていく……?!」
どうやら賭けには勝ったみたいだね……あのアルテラの聖剣には金属器と同じく、魔族の不死性を中和できる力があったらしい。
右腕を喪った肩口から徐々に灰へと崩れ落ちる様を見るに、このまま放っておいても大丈夫だろうと……喚く敵だった者の横を無視して通り過ぎる。
今はいずれ死ぬ魔族よりも、死んでしまうかも知れないセシルの方が大事だ。
「……テラ、セシルは?」
『何もしなければ死ぬでしょう』
あぁ、どしたものかな……テラまで何処かおかしいや。
まるで寝惚けているみたいに、何処を見ているのか分からない表情を浮かべながら彼女らしくもない、突き放した様な冷たい物言いをする。
いつもならこっちが心配するくらいに慌てふためくのにな。
「セシル、ごめん……遅くなったね……」
「ヒュー、……ヒュー、……」
先ほどから不気味なくらいに冴え渡っている直感が告げる──もう間に合わないと。
「……セシル」
「ヒュー、……」
簡単な言葉すら……いや、呼吸音以外の音すら喉から出せなくなった彼女の姿を見ても僕の心はいやに落ち着いていた。
直感も間に合わないと告げているのに不思議な感じだね、なんて他人事の様にも思う。
……いいや、僕は
「セシル、飲める?」
痺れてマトモに動かせない右腕の肉を、勇者の膂力に任せて無理やり引きちぎる。
「ヒュー、……ヒュー、……」
右手首の近くから流れ出る血液をそのままセシルの口まで持っていくけれど、彼女はもう微かに身じろぎする事さえ出来そうになかった。
「……セシル、ごめんね。事後承諾になるけど、文句は後でいくらでも聞くからね」
震える右腕を上げ、そのまま自身の血液を口に含んでから──
「──んむっ」
──セシルへと口移しで飲ませていく。
「……んっく、んんっ……んくっ」
思わず漏れ出たらしいセシルの声を聞いて、これで正解だったんだと安心する。
一人につきたった一度しか使えないけれど、超再生能力を持った勇者の血を飲ませ、その力の一端を譲渡する事でセシルはちゃんと回復したらしい。
「んふっ、んむぅ……」
喉を詰まらせない様に少しずつ、けれど確実に彼女の口内へと僕の血液を送り込み続ける。
「──ぷはっ」
そうしてそれが終わった時、その場に残ったのは両手で顔を隠しているいつものテラと、真っ赤な顔で僕を見詰めるセシル──
《システムメッセージ:条件を満たした為、セシル・ナージェ・カメリアを『血の従者』として登録します》
──そして、僕の耳に反響する不愉快な声の残滓だった。
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