第34話.天命の聖鍵


『​​そのまま真っ直ぐです』


 手紙に書かれていた場所の確認と、その場所付近の地図も一緒に確認してくれたテラの指示の下、夜の闇と雪の銀色に包まれた暗い森の中を突っ切る。

 只人では有り得ない身体能力で背の高い木々の枝から枝へと飛び移り、夜闇でもある程度は見通す目で迷いなく進む。


「​──居た」


 そうして暫く森の中を移動していると、ポッカリと穴が空いた様に木々が生えていない開けた場所に篝火を焚き、酒を飲んでいる黒ずくめの男達を視界に捉える。

 テラに目配せで確認を取ると、間違いないと頷かれるので奴らで正解なのだろう。

 セシルはおそらく近くにある小屋に捕らわれていると見て良いのかな。


「とりあえずは​──先手必勝」


 広間との境界にある木々の枝を勢いよく蹴り、頭上から落下しては黒ずくめの一人の首元に掴みかかる。

 そのまま勇者としての膂力に任せて首の骨をへし折り、落下の衝撃を和らげながら着地……間抜けにも口を開けたまま惚けている奴らを尻目に、最初の犠牲者の腰から剣を抜く。


「全員死ね」


 ルーティネス王国が落ち、もう直ぐそこまで魔軍の脅威は迫って来ているというのに団結しようとはせず、人間同士で争うなんて理解が出来ない。

 理解は出来ないけれど​​──単純に僕の邪魔だから死んでしまえ。


「て、敵襲​──カヒュッ!」


 今さら慌てだした間抜けの首を最低限の間合いから剣の切っ先で掻き切り、そのまま真っ直ぐに駆け抜けた先に居た馬鹿の首を落とす。

 この時になってやっと残りの奴らがそれぞれ武器を抜き、構える。


「馬鹿が! 一人で追って来やがって!」


「ガキが、舐めてんなよ!」


 上段からの斧の振り下ろしを視認すると同時に駆けるスピードを上げ、懐に潜り込むと同時に肘から男の両腕を斬り飛ばす。

 僕のすぐ近くで吹き荒れる血飛沫に紛れながら、短剣を両手に持って姿勢低く詰め寄ってくる敵の額へと剣を投擲……そのまま貫く。

 成人男性の首と両腕を断ち切って切れ味の落ちた剣を処分した後に、近くに落ちていた誰かの両腕から大きな両刃の斧を回収する。


「なんだこのガキ?!」


「だ、誰か! あの方を呼べ!」


 この大きな斧であれば、多少切れ味が落ちても勇者の膂力と併せて殴殺くらいなら出来るだろう。

 最初の威勢を投げ捨て、無様に慌てふためく奴らに合わせる必要もないし、そのまま一人ずつ確実に殺していく。


「ふっ!」


 地面に打つ杭に見立てながら揃えた両足を支点とし、独楽が回転するかの様に下から斧を振りかぶって胴を薙ぐ。

 振り切った斧がその勢いのまま後ろへと流れていくのを力任せに抑え、またさらに逆方向へと振りかぶりながら刃の腹で断ち切った上半身を殴りつける事で離れた場所から矢を構えていた男の方へと吹き飛ばす。

 目の前に残った下半身の太ももに括り付けられていたナイフを抜き去り、僕から逃げようとする者へと投擲してその後頭部を貫きながら、再度独楽の様に回転から勢いをつけて斧を放り投げ、最後に残った弓兵を始末する。


「​──ぷはっ! はぁはぁ……セシルは?」


 止めいてた息を吐き出し、軽く深呼吸して呼吸を整えながら小屋を目指す。

 鍵の掛かった扉を破壊する事で強引に押し入り、狭い室内を見渡してセシルの姿を探してみる。


「っ! セシル!」


「げほっ、ごほっ……ステ、ラ……?」


 呼吸が浅く、体温も低い……このまま放っておいたら勝手に死んでしまいそうなくらいに弱々しい反応しか返さない。

 ど、どうすればいい……この状態のセシルを運んで間に合うか? でも急いで揺らしたらそのまま死んでしまわないか?


「て、テラ! 癒しを!」


 目隠しも猿轡も外したというのに呼吸は良くならず、目の焦点も定まっていない程の衰弱ように慌ててテラへと声を掛ける。

 目の前のセシルに聞かれ、テラの存在がバレてしまうとしても構わなかった。


『やってみますが、力の弱まった私では​──ステラっ!!』


 焦った様なテラの声に驚きながら振り返り​──視界いっぱいに映った真っ赤な拳に殴り付けられ、そのまま小屋の横壁を破壊しながら吹き飛ばされる。

 痛みに悶えながら顔を上げ、小屋の方へと視線を向けるも雪埃が邪魔で相手が見えない。

 ……けど大丈夫だ。傷ならもう癒え始めている。


「ぺっ……」


 口に溜まった血を吐き出しながら前を見据え、口元を拭う。

 例え相手が誰であろうとも、僕は負けやしない​──


「​──よぉよぉ? 随分と派手にやってくれちゃってんじゃねぇか? あ?」


「​──」


「ったく、本当に人間共は使えねぇなぁ? ちょっとしたお散歩のお留守番程度も出来やしねぇ」


 なんで、コイツが……ここに居るんだ……なぜ奴が目の前に……動揺から目を見開いて固まってしまう事も意識に入らない。

 なんでここに魔族が、あの馬面が居るんだ。


「パー、プル……ヘイズ?」


「あ? なんでお前が族長の名前を知ってやがる?」


 ……なるほど、コイツはアイツの仲間って事で良いんだな?


「​俺様はレッドヘイズってんだ、魔族にとって名前は大事なものだから間違えてもらっちゃ困るぜ?」


「……さい」


「あん? なんだって?」


 どうでも良い知識を垂れ流し、コチラを小馬鹿にした態度で耳に手を添える奴が気に食わない。

 あの忌々しい馬面をズタズタに引き裂かないと腹の虫が収まらない。

 セシルを救う邪魔をする事も……あの時と重なってしまって許せない。


「煩いって言ったんだよォ!! 邪魔だからそこを退けェ!!」


「元気の良いガキは嫌いじゃないがムカつく​──ぜっ!」


 その場に散乱している死体から剣を抜き取り、斬り掛かる……どうやって普通の武器で魔族の身体に傷をつけるのか、それは分からない。

 けれど、隙さえできれば最高位ハイエンドのパープルヘイズにも通用した《シャギール・カナリア》をぶっ放せる。

 腕が普通の人と変わらない一対二本しかないところを見るに奴はそこまで上位の魔族ではないはず。

 なら、再生の為にそこそこの時間が稼げる……その間に金属使いであるヴィヴィアン先生の居る城まで逃げられたら僕の勝ちだ。


「ふんっ、気に食わねぇなぁ? その目、何かを企んで狙ってるって目だ……まるで俺様に殺される可能性を考えてねぇ」


 技を放つ前に剣がへし折られてしまわない様に打ち合ってはいけない……僕の膂力と魔族の膂力のぶつかり合いに耐えられる程の業物には見えない。

 高速で突き出される拳を斜めに軽く弾いて躱し、振り下ろされる手刀を受け止めると見せ掛けて力を抜く事で刀身を倒して逸らす。


「気に食わねぇ、あぁ気に食わねぇ……ブラックヘイズと同じで、俺様を大した事ねぇって見てる目だ」


 拳が掠った摩擦によって頬に切り傷を作った端から加護によって癒されていく。

 今の僕にあとどれくらいのストックかあるのかは分からないけれど、なるべく小さい傷でも負いたくはない。

 それに、僕の体力なら夜明けまでもつけれどセシルはそうはいかないし、どうにかして隙を​──


「​──無視してんじゃねぇッ!!」


「はやっ​──カハっ?!」


 突然段違いにスピードの上がった奴の拳を目で捉えきれなくなり、そのまま腹部を殴打されながら持ち上げられる様に吹き飛ばされる。

 血を吐き出しながら、上空を弧を描く様に飛んで頭から大地に落ちていく。


「確かに俺様はそこまで位階か高くはねぇ……だけどな?! 俺様が纏う闘気は誰にも負けねぇ!!」


「オェッ……がはっ、……はぁはぁ…………闘、気……?」


 なんだ、闘気って……奴の身体を覆うようにして桃色の煙みたいなモノが立ち登っているけれど……それの事だろうか?

 おじさんや、あの金属使いの魔族達もあんなモノは出してはいなかった。

 つまりは本当に誰にも負けない程に強いって事なのか?

 ……何にせよ、あれを、闘気とやらを纏ってから馬面のスピードもパワーも段違いに上がったのは間違いない。


「本当に、面倒な奴らめ……お前達を、僕は絶対に許しはしない……!」


「はっ! 族長と何があったかは知らんが、それはお門違いってやつだぜ?」


 破裂した内臓と、砕けた骨の再生も半ばに立ち上がる……どうせ完治するまで待ってくれはしない。

 口か血を垂れ流しながら剣を構え、奴の次の動きに備える。


「なにせ​──弱ぇのが悪いんだからなぁ?!」


「シャギール・カナリアァァアア!!!!」


 どうせ目で追えないのならイチかパチかだと……相手が真っ直ぐコチラに向かって来るのが分かっているのだから、上手くいけば至近距離でぶつける事ができると……そう、見当をつけて相手が動くのに合わせて技を放つ。

 目論見はどうやら上手くいったようで、何が起こったのか分からないと言わんばかりのマヌケ面を晒しながら奴は消滅した自身の半身を見やる。


「あ、あぁ……あぁあ、……ああああああああぁぁぁやりやがったなァクソガキガァァァアアア!!!!!!!!」


「……やっぱり、ダメか」


 パープルヘイズ程ではなくとも、知性があって言語を操れるくらい高位の魔族はやはり金属器かないとダメらしい。

 今も水が蒸発した様な音を立てながら煙を吹き上げ、もう再生が始まっている。

 どうする? 半身が吹き飛ばされたというのに相手は今にも殴り掛かって来そうだ。

 自身の再生が終わるまで僕らが逃げるのを黙って見ているたけで済ませるとは到底思えない。

 奴の驚異的なスピードから逃げながら、また武器を拾ってさらにダメージを与えれば​──


「絶対に殺すッ!! お前もッ!! そこに転がっている娘・・・・・・・・・・もッ!! 二人纏めてグチャみそにしてやるッ!!」


 ​──ダメだな、それじゃあダメだ。


「は? 許さねぇのは僕の方だよ、馬面」


 不確定要素も多く、何よりも得た時の状況が状況だった……出来ればこの力・・・は使いたくはなかった。

 何が出て来るのかもさっぱり分からないし、この状況を打破するに足るのかも信用出来ない。

 けれど、もう僕にはこれしか残されてはいないのだから仕方ないよね。


「もう、僕にだってどうなるか分からないからな」


 自然と頭の中に描かれる情景をなぞる様に、手を前へと突き出す。


「神器​──天命てんめい聖鍵せいけん​」


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