第33話.もう一度、走り出すために


「君はここで朝まで待ちなさい……目が覚めた頃には私達が解決しているさ」


 そう言ってカインさんに三階の一室へと連れて来られる……おそらくは事態が終わるまでの実質的な軟禁だろうか。

 僕がセシルを追い掛け、貴族のゴタゴタに巻き込まれないようにという配慮なんだろうけど……それが、酷く僕を焦らせる。


「……テラ、居るよね?」


『……なんですか?』


 カインさんの気配が部屋の前から消えて数秒経ってからテラを呼ぶ。

 一応用件を聞いてはいるけれど、彼女の難しい顔を見るに今から僕がするお願い事の内容に勘づいているのだろう。

 まぁ、だからといって僕が空気を読むはずもない。


「今からカインさんを尾行して、セシルを攫っていった奴らが寄越したっていう手紙を……その手紙に書いてある場所を盗み見て欲しいんだ」


「……相棒」


『……』


 奴らの狙いが何であるかは分からない……けれど、わざわざセシルを攫い、要求までしてきたんだ。

 必ず何処かに指定された場所というモノが存在するはず。

 そこさえ分かれば後は僕が駆け付けるだけだ。


『ステラ、貴方はカインさん達の気持ちが分からない程に愚かではありませんよね』


「……」


『それにですね、貴族の暗闘で人質を取られた場合は普通の誘拐とは違うんです。……誰々に支持を表明したら返す、という事も有り得るのです』


「……世間知らずなのに、まるでよく分かっているかの物言いだね」


「テラの言ってる事は合ってるぜ、相棒」


 確かに僕は貴族世界には疎いし、現金と身柄を交換するだけで済まないのかも知れない。

 場所なんて最初から指定されてなんかいなくて、特定の言動を取った事が確認されたら向こうから返しに来るのが今回の概要なのかも知れない。

 何よりも、五右衛門君が僕じゃなくてテラの肩を持ってるんだから、本当にその可能性が高いんだろう。

 ……いつもは世間知らずなのに、何故たまに的を得た発言をするのかは分からない。


「……カインさん達の気持ちも分かる」


『……』


「……もしかしたら指定された場所なんて無いかも知れないというのも理解した」


『……』


 分かってる、分かってるんだよ……失ったのは僕だけじゃない……それはカインさんだって同じなんだって事は。

 僕に何かがあった場合、カインさんは自分を責めて立ち直れなくなるかも知れない……慕っていた上司と部下達に託された命だって事は、他でもない本人から聞いたから分かってる。

 僕がセシルを助けに行ったって無駄骨になるかも知れないし、そのまま死んでしまうかも知れないって事も含めて全部……理解しているつもりだ。


「でも、でも……だめ、なんだよぉ……それじゃあ」


『……ステラ』


 自分でもどうしようもない感情と、鬱屈としたモノが溢れて胸を痛める。

 苦しさに胸を抑えても抑えても、出てくるのは目から情けなく零れち落ちる涙だけ。


一度目・・・は僕に力が無いばかりに、目の前で全てを奪われた……」


 あの日、あの時の真っ赤な情景を僕は生涯忘れる事は出来ない……炎に巻かれる村の家々に、自らの中身をブチ撒けていた村のみんな。

 妹を連れさられ、無力に打ちひしがれていた僕のお腹から流れ出る臓腑と血。

 ……それらを忘れる事は絶対に出来ない。


「二度目だってそうだッ!! 僕には不相応な力を得たというのに、やはり目の前で奪われていくだけだったッ!! 誰も助けられなかったッ!!」


 間接的に多くの人を救ったと言われても僕には何の実感も無かった……ただただ奪われた感覚しか残っていない。


「三度目は、三度目はダメだ……ここで黙って座しているようじゃ僕はもう​──二度と立てなくなる」


 僕の事を勇気ある人だと、そう信じて元気づけてくれた女の子を目の前で奪われたんだ……それを助ける事も出来なかったらもうダメだ。

 セシルを連れ去られた時だって吐きそうで仕方がなかった……あぁ、またかと……立て続けに三度もお前は誰も守れず、助けに行くことも叶わないのかと……そう、思考がグルグルと回って上手く歩けたかも分からない。覚えていない。


 だから、だから今ここで僕は​──


「​──お願いだ。テラ、五右衛門……僕の手を引っ張ってくれ」


 ​──もう二度と立てなくなる前に、もう一度だけ……走らなくちゃいけないんだ。


『…………仕方、ありませんね……貴方に二度目の悲劇を味合わせてしまったのは私の責任でもありますから』


「相棒にここまで言われちゃあ、男として応えない訳にはいかねぇよな!」


 困った様な、けれども何処か自分を責めているかの様なテラと、相変わらず表情は分からないけれど胸を張っている五右衛門君の二人にそう言われ思わず胸が熱くなる。

 こんな幼い子どもの、道理の通ってない我が侭に付き合ってくれる彼らに何て言えば良いのかも分からない。


『では私は盗み見て来ますね』


「相棒が出て行った後のアリバイ作りは任せろ! ドア越しから誤魔化してやるよ!」


「ごめん二人共……そして、ありがとう……」


「『良いんですよ良いんだよ、これくらい』」


 今はまだ二人には見られたくはなくて、下を俯きながら腕で自分の顔を隠す。


「さぁて、どうやって誤魔化そうかなぁ」


 あぁ、そろそろ涙を拭わなきゃ……助けに行った時、またセシルを心配させてしまう。

 それに見て見ぬふりをしてくれている二人の顔をちゃんと見て、それから改めてお礼を言わなといけない。


「……絶対にセシルを連れて戻って来いよ、相棒」


「……あぁ、必ず」


 必ず生きて二人で戻って来る……今度こそ、誰も僕の手の中から奪わせはしない。


「男と男の約束だぜ?」


「埴輪に性別があるのかは分からないけれどね」


「お? 今それを言うか? ……冗談が言えるならもう大丈夫だな」


「……ごめん、心配を掛けた」


「いいってことよ!」


 今一度、自身の両頬を思いっ切り叩いて気合いを入れる……絶対にセシルを助け出すと心の中で誓いながら。

 ……とりあえず、バレた時の為に置き手紙を書いて行こう。


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