第32話.腐った薔薇
「……っ」
身体の節々から感じる痛みで目を覚ます……ここはいったい何処なの? 瞼を開いても真っ暗で何も見えない。
「おい、遅いぞ」
「行った時よりも人数が少なくないか?」
……あぁ、そうだった、私は誘拐されたんだった。
という事は今は目隠しされているのでしょうね……口に違和感があるのもおそらく猿轡でも噛まされているのでしょう。
ここは大人しくまだ気絶したフリでもして情報を集めなきゃね。
「一人やべぇガキが居たんだよ」
「なんだ? 子ども一人に殺られたって? ……冗談言うな」
「煩いぞ留守番組が」
ちょっと、あまり仲間内で喧嘩してないで重要な情報でもポロッと零しなさいよ……本当に使えないわね。
こっちは冬の夜の寒さで冗談抜きに命懸けなんだから、しっかりしてちょうだい。
「……ったくよ、そもそも依頼主はまだ来てないのか?」
「あぁ、何でも貴族は身嗜みに時間が掛かるんだと」
「下手な女の言い訳みてぇな事を言いやがる」
依頼主は貴族……つまりはお父様の政敵かしらね。
ローズ侯爵はこんな大胆で浅慮な行為はしないでしょうし、彼の派閥の誰かが先走ったか、それとも中立派の誰かが私を手土産にローズ侯爵の派閥に入りたがっているのか。
いずれにしても貴族の暗闘に、とうとう私も参加させられた形になるわね。
「──おい、何をしている?」
扉を開く音と共に男性の声が室内に響く。
もしかしたらその依頼主とやらが来たのかも知れないと、荒くなりそうになる呼吸を必死に抑える。
「これはこれはアレン様ではないですか、いやに遅いお着きですね」
「平民風情が無礼な口を利くな! それよりも目的の人物はちゃんと攫って来たのであろうな?」
「……チッ、こちらですよ」
依頼主の貴族と思われる男を含めた複数の足音が近付いて来るのが感じられる。
「……ふん」
……痛いわね、もう少し丁寧に扱ってくれないものかしら?
女性の顔を乱暴に掴んで振り向かせるなんて、紳士失格よ? これでは最近マナーを学び始めたステラの方が貴族的だわ。
「……確かにカメリア侯爵のところの一人娘だな、前見た時となんら変わらない綺麗な顔だ」
「えぇ? あのアレン・ローズ様が幼女趣味なんで?」
「なっ?! 無礼者がッ!! もしかしたら政略結婚するかも知れん相手だから覚えていただけだ! それに不用意に家名を口に出すなとあれ程言っておいただろう!」
「へいへい、それはすいませんでしたね」
あー、予想が外れたわね……まさかの実行犯がローズ侯爵家の子息だったなんて。
これはローズ侯爵本人の指示なのか、独断専行なのかはまだ不明だけれど……理由がなんであれ、あまり良い目的があるとは思えない。
「お前達は前々から態度が悪いと思ってたんだ! 誰のお陰で飯が食えてると思っている?!」
「まーた始まったよ」
「パパから貰える小遣いの範囲でしか報酬を支払わないくせに、なぁ?」
うん、どうやらあまり求心力はないようね。
この様子だと、お父様が手配する騎士達だけで簡単に解決しそうだわ。
「お、お前らァ……来い! レッドヘイズ!」
アレンが誰かを呼んだようだけれど、さすがに目隠しをされてしまっては確認ができないわね……せめてどんな容姿かだけでも確認したいのだけれど。
「ば、馬鹿な……」
「嘘だろ……?」
「なぜ魔族がここに?!」
……これまた予想外だわ。
まさかローズ侯爵家内に魔族が入り込んでいるだなんて、普通は思わないから仕方ないけれど。
「あー、なんだよ、何の用だ?」
「コイツらに誰が上なのか目に物を見せてやれ!」
「はぁ? ……あのなぁ、俺はお前に協力してやってるが、お前の部下になったつもりはねぇぞ」
「なんだと?! お前まで僕を馬鹿にするのか?! ローズ侯爵家を継ぐのは兄でも弟でも……ましてや最近養子に取られた女でもない! この僕だぞ!」
「あー、はいはい、分かってますよ〜? その為に協力してるんですからね〜? ……面倒くさっ」
もしかしてアレンは家督を継ぐ為に魔族の力を借りたと言うの? 最近も国が魔軍によって滅ぼされたというのに?
奴らは勝利の為なら何でもする連中なのに正気?
四大貴族家の一つか魔軍の傀儡になるなんて全く笑えやしないわ。
「クソっ! どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがってぇ! 後で後悔しても知らんからな!」
「あー、ちょっとちょっと! ちゃんと金属器を要求したんだよな? 貰っても良いんだよな?」
「知らん! 協定通り好きにしろ!」
扉が閉まる大きな音に少し遅れて馬車が走り去る音が外から壁を隔てて聞こえる。
それよりも少し全体像が見えて来たわね……ローズ侯爵家の家督を継ぎたいアレンが魔族の手を借りて私を攫い、人質としてヴィヴィアン先生の金属器を要求する。
それによってローズ侯爵家に我が家が持っていた軍事的優位を剥奪すると共に、魔族に協力して貰う見返りとすると。
魔族側がどの様にアレンを支援するのかは分からないけれど、上手くいけば帝国を内側から崩壊させられるのだがら金属器だけ貰って『はい、さようなら』とはいかないでしょうね。
「行っちまいやがった……お前らはちゃんと仕事しろよ? じゃねぇと殺すからな?」
「あ、あぁ……もちろんだとも……」
「魔族に勝てる訳ねぇからな」
「魔族に勝てる訳がねぇ、か……ダッハッハッハ! その通りだな!」
それにしても本当にどうしましょう……魔族が居るなて予想外も良い所よ。
先ほどから寝たフリに気付いてるぞと言わんばかりに薄く弱い殺気を断続的に送られて来て心臓に悪いわ。
「お前気に入ったぜ、なんか会ったら呼びな! 今回に限り助けてやるぜ?」
「あ、ありがとうございます!」
それにしても……ヤバいわね、もはや呼吸が荒くなるのを隠せそうにないくらい体調が悪化してる。
本当にこの部屋は寒すぎるのよ、誘拐する人物が病弱だって事くらい調べて配慮しなさいよね。
「ゲボっゴホッ……!」
猿轡を噛まされてるせいか咳もしづらいだなんて……胸が苦しいし、冷えた手足の感覚はもはや感じ取れない。
「あー、人質のガキがなんか死にそうなんですけど?」
「はぁ? なんでだ?」
私の咳によって漸く気付いた男達が慌て始めるけれど、そうなるくらいなら最初から配慮しなさいよね。
「あー、いいから捨て置け、金属器さえ手に入ればガキの命なんか知るか」
そんな魔族の言葉で頭が冷える……そうよね、確かに私が生きてても死んでてもどっちでも良いのよね。
男達の困惑した声が小さく聞こえるけれど、魔族にとって人の命なんてそんなものだし、先に金属器を渡して貰えるだろうという、自分が優位に立っていると信じて疑わない傲慢さが魔族よ。
「じゃあ俺はそこら辺をブラブラしてるから、なんか合ったら名前を呼べよ」
「は、はい!」
どうやら魔族も何処かに行ったみたいね……正直に言って助かったわ。
今の状況で殺気を飛ばされるのは本当に心臓に悪くて仕方がなかったのだから。
「……」
あぁどうか──私が死ぬ前に助けに来て、ステラ。
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