第31話.新月の夜その2
「……落ち着いたかしら?」
「うん、その……ごめん……」
あ、あぁ……僕はなんという事をしてしまったのだろうか……同い歳の女の子の胸に顔を埋めて泣きじゃくるなんて、とんでもない事をしでかしてしまった。
しかも相手は帝国の四大貴族家の一人娘だぞ……もしかしたら明日の朝にでも首を落とされるのかも知れない。
『……』
先ほどから黙って僕たちの会話を聞いていたテラも、何を考えているのか分からないけれど困った様な顔をしているし。
ていうかテラの前であんな事を……多分セシルは誰も見ていないんだろうって思ってるんたろうけど、ここに一人? 居るんだよ。
「も、もしかしたら今日が僕の命日かも知れない……」
「もぅ、何を言ってるのよ? ここには貴方と私しか居ないのよ?」
「あ、あー、うん……その、そうだね?」
いやまぁ、テラが眉尻を下げながらこっちを見ているんだけどね。
「と、とりあえず、その……あ、ありがとう……」
「ふふっ、どういたしまして?」
全てを解消できた訳ではないけれど、村を焼かれてからこれまでずっと溜めてきたモノをセシルという自分以外の人に吐き出せた事で少しばかりスッキリとした感覚がある。
……あるが、流石に少し後で恥ずかしさが込み上げてくる。
セシルは『これからも私の胸に飛び込んで来ても良いのよ?』なんて言っているが、同い歳の女の子に甘え続けるのもどうかと思う。
「遠慮しなくて良いのに。……あっ、じゃあこうしましょう!」
「……なにさ?」
今度はいったい何を思い付いたのかと、半ば警戒しながら次の言葉を待つ。
「簡単な事よ、ただ同い歳の女の子に甘やかされるのが嫌なら代わりにステラも私に何かをすれば良いのよ?」
「は?」
いや、別にただ甘やかされるのを遠慮しているんじゃなくて、甘やかされる事そのものが恥ずかしいだけなんだけど……多分言っても聞かないな。
「私はステラを甘やかしてあげる! だからその代わりにステラは勇者として私を助けてちょうだい!」
「……まぁ、助けるくらいは良いけれど」
助けたい人達の多くを取りこぼした僕で良ければ、だけど。
「ほら、また暗い顔をしてる……おいで?」
「いや、大丈夫大丈夫! ちゃんと助けるから!」
あー、これは迂闊に後ろ向きな事を考える余裕はないかな……セシルの思い通りなんだろうけどね。
他人の手のひらの上で転がされているというのに、癪に障らないどころか少しくすぐったく感じる。
「そ、そろそろ僕はお暇するよ! 何時までも女性の部屋に居座る訳にはいかないだろうしね!」
「そう? ……残念ね」
そんな残念そうな顔をされても困るよ、今はテラが見てるんだ。
いや、さっきも見てたんたろうけど、泣いてスッキリした今はその視線が気になって仕方がないんだ。
「それじゃ、その……また明日」
「えぇ、また明日ね」
そう言ってクスクスとこちらを笑うセシルから逃げる様に部屋を後にする。
「……」
はぁ、これは暫くはセシルの顔をまともに見る事は出来そうにないかな。
思い出しては恥ずかしさから赤面するのが目に見えている。
『……あの、ステラ?』
「……なに?」
閉めた扉の前でため息を吐いていると、それまでずっと黙っていたテラから声を掛けられる。
何やら先ほどまでの僕と同じように思い詰めた顔をしている気がする。
『その、私が貴方を勇者と選んだ事を──』
「──恨んでないし、後悔もしていないよ」
まぁ、だいたいはそんな事だろうなとは思ってはいたけれど……案の定だね。
彼女は子どもの僕を勇者として選んでしまった負い目からか、暇さえあれば慣れない母親を演じようとするし、なるだけ僕から復讐を遠ざけようと……自ら勇者として選んでおきながら戦いから遠ざけようとする。
……まだ僕は子どもなんだからと、そう言って。
「確かにテラは僕を勇者として指名した……けれどその手を取ったのは僕自身の意思によるものだ」
復讐というテラ本人はあまり良い顔はしない動機ではあるけれど、確かに僕が自分の意思で……あの夜空に降る星を背後に背負った彼女の手を取ったんだ。
確かに自分の力不足で思い通りにならず、落ち込みはした……けれど僕は諦めたり折れたつもりは微塵もない。
……少し躓いてしまったのをセシルに助け起こされただけだ。
「だから、そんな顔をしないでよ……テラまでセシルに慰めて貰うつもり?」
『……ふふっ、そうですね』
大地の精霊とその勇者が揃って十歳の女の子に慰めて貰うってどうなのさ……まぁ、テラのは自称でしかないけれど。
……本当に、テラは何者なのだろうね。
「さぁ、そろそろ寝ないと朝起きられ──」
──ガタンッ
背後から聞こえた物音に驚いて振り返る。
僕の後ろにはさっきまで居たセシルの部屋へと続く扉しかなくて……何かあったのだろうか?
「セシル? 何か聞こえたけど大丈夫?」
……おかしい、返事が聞こえない。
まだ部屋を出てそんなに時間も経っていないし、もう彼女が寝たなんて事はないだろうに。
「……セシル? 入るからね?」
一応、呼びかけはしたからと自分に言い訳しながらそっとセシルの部屋の扉を開いて──
「──セシルッ?!」
僕の視界に入ってきたのは、闇に紛れた黒装束の男達がセシルを縛ってバルコニーから連れ去ろうとしている場面だった。
「チッ! お前が簡単なトラップに引っ掛かるかるだぞ!」
「うるせぇ! 早く逃げるぞ!」
考えるよりも先に身体が動く……自分だって身体が弱いのに、情けない勇者を元気付けてくれた友人をみすみす見捨てる選択肢など最初からない。
「──『
ヴィヴィアン先生に教わった『騒音』の魔術を発動した途端、セシルの部屋に飾られてた花瓶が音を立てて割れる程の爆音が屋敷中に響き渡る。
あまりの煩さに顔を顰めてしまうが、遠くに居る味方に助けを求めるのであればこれくらいの音量は必要なんだろうと自分を納得させる。
「あのクソガキ……ッ!!」
「セシルを返せぇ!!」
黒装束の男達のうち二人が僕へと振り返り、武器を構える……足止めのつもりか?
そしてあの爆音の中でセシルがピクリとも動かいなところを見るに、薬か何かで眠らされている可能性が高い。
「大人しく死んど──ぷぎゃっ?!」
殺意の乗っていない温い長剣の振り下ろしを横に身体を反らす事で避け、勢いを殺さないまま顔面を殴り飛ばす。
頭から思いっ切り後方へと吹っ飛んだ男がそのままバルコニーから地面へと落下していったの確認しながは敵が取り落とした長剣を拾い上げ、そのまま惚けているもう一人へと斬りかかり──その首を落とす。
「待てッ!!」
急いでバルコニーから飛び降り、黒装束の男達の後を追い掛ける。
「……もう二人を殺して来たのか、ただの子どもと思わない方が良いな」
そう、セシルを担いだ男がボヤきながら手を振るとさらに四人の男達が反転して僕へと襲い掛かって来る。
「お前ら……お前らァッ!!」
たった今その子に救われたばかりなんだよ……たった今その子と約束したばかりなんだよ。
何かあればセシルを助けるって、約束したばかりなんだよ。
「邪魔するなら死ねッ!!」
今さらただの人間が僕の相手になると思っているのか?
その程度の力しか持っていない奴らが僕の手のひらから奪おうと言うのか?
「──返せッ!!」
僕の首を狙った横薙ぎの一撃……を、そのまま手を掴む事で無理やり押し留め、驚愕する男の顎を剣を持ったままの拳で打ち砕く。
思わず握り潰してしまった手からこぼれ落ちた剣を空中で掴み取り、そのまま遠くから何かを投げようとしていた男に投げ、その顔を歪に貫いてしまう。
「なんだこのガキ?!」
「コイツまさか噂の鬼子──がひゅっ?!」
大地を踏み割る勢いで跳躍し、その勢いのまま足を止めた男の喉を切り裂く。
その血飛沫が地面へと降り注ぐ前に大きな音を立てて地面に足を突き立てて止まり──軸足かの半回転で最後の一人を脇下から逆袈裟に斬り捨てる。
「はぁはぁ……何処に行った?」
邪魔な奴らを始末し終わり、周囲を見渡す……しかしながら僕の周囲には新月の薄ら寒い静けさと暗闇が広がるばかりだった。
どれだけ目を凝らして奴らの痕跡を探ろとも、頼りない星の瞬きだけしかない明かりでは見付ける事は叶わない。
「──クソォッ!!」
八つ当たりに手に持っていた剣を投げても何も解決しやしない……まんまと自分の大事な人をまと目の前で奪われた間抜けが消える事はない。
「そこに居るのはステラか?」
「……カインさん?」
生まれた激情を発散する暇もなく声を掛けられ、振り向けば複数の兵士を連れたカインさんがランタンを片手に立っていた。
「……これ、全てステラが殺ったのか?」
「……すみません、セシルは連れ去られてしまいました」
「あぁ、いや良いんだ……バルコニーの下に居た男は生きていたからね、そいつから情報を吐かせるさ」
あぁそうか、全員を殺してしまったらそれこそセシルを取り戻す手段なんて無くなってしまう……今回は偶然助かったけれど、次からは気を付けなくちゃ。
……いや、次なんてあってたまるか。
「ま、相手からの要求が届いてるから不細工の持っている情報にどれだけの価値があるかは分からないけどね」
……なるほど、身代金目的なのかどうかは分からないけれど、セシルは人質として攫われたのか。
なら少なくとも命はまだ無事かも知れない。
「相手は何処に居るんですか?」
「それを君が知る必要はない」
「……ッ!」
困った様な、聞き分けのない子どもを見るようなカインさんの顔が今は酷く腹立たしい……それだけ今の僕には余裕がない。
「セシルを助けに行かなきゃ、いけないんです……」
「……子どもの君に必要なのは勉学と訓練だ、断じて貴族の暗闘に関わる事じゃない」
「カインさんッ!!」
分かっている……カインさんの言っている事の方が客観的に見て正しい事は。
おじさんやテラだって彼と同じ意見を持つだろう。
「……少し頭を冷やしなさい」
我が儘を言っているのは僕の方なのに……カインさんはまるで労るかの様に優しく僕を屋敷へと連れて行く。
「くそっ……」
それが何だか酷く情けなく思えた。
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