第29話.潜在的仮想敵
「ん?」
『──ら、──を』
今日もセシルに屋敷内を連れ回されていると、何処からともなく話し声が聞こえてくる。
ヴィヴィアン先生に処置をして貰ったばっかりで元気が有り余るらしいセシルに付き合っているうちに、随分と屋敷の奥の方まで来ていたらしい。
ここにお世話になる時に家令のお爺さんから勝手に通ってはいけないと言われた場所はセシルの『侯爵令嬢の私が居るから大丈夫よ』の一言で既に通り過ぎている。
「……この声はお父様のね、いったいどんな内緒話をしているのかしら?」
「ちょっとちょっと! さすがにやべぇって!」
五右衛門君の制止も聞かず、むしろセシルは手招きをして僕らを小さな悪事へと誘い込む。
……どうせ通ってはいけない場所はもう過ぎてるんだから、ここまで来たら友人の悪戯に付き合ってやろうじゃないか。
「って、相棒もかよ!」
『ス、ステラ?』
「……」
保護者組の戸惑いの声をサクッと無視してセシルの隣に並んで耳をそばだてる……こういう時は付き合ってあげて、一緒に怒られるもんなんだよ。
村ではよく妹やチビ達の面倒を見ていた僕が言うんだから間違いはない。
「──女の子一人だけを叱らせるつもり?」
「……やってやろうじゃねぇかよぉ!!」
『母として……そう! これは母として最後まで見届ける意味があるのです!』
僕の煽りに各々が勝手に奮起しつつ、同じように扉に耳をそばだてる。
セシルが五右衛門君を抱えながら屈み、その頭の上に僕が顔を出し、その更に上をテラが浮遊する形で会話を盗み聞く。
『それでは貴族派閥が?』
『あぁ、その貴族派閥の筆頭であるローズ侯爵家がセシルを狙っているという情報が入ってな』
貴族派閥? ローズ侯爵家? ……知らない単語が出て来たけれど、どうやらセシルは狙われているらしい。
狙われている本人に視線を向けてみるけれど、『ん?』としか言わない……危機感がないのだろうか?
「……セシル、君は狙われているらしいよ?」
「みたいね?」
「みたいねってお前……本当に分かってんのかよ?」
あまりにもあっけらかんとしているセシルに僕と五右衛門君は揃って脱力してしまう。
『セシルさんは肝が据わってますねぇ』
「「……」」
ダメだ、テラもあまり使い物になりそうにない。
この自称精霊は本当に僕の母親代わりになる気があるんだろうか? いつもポヤポヤとしていてまるで母親とは思えない。
『ふむ、警戒をしておくべきか』
『そうですね。ローズ侯爵家の領地とは距離が遠いですし、私たちと明確な敵対行動をとるとは思えませんが』
『ローズ侯爵は野心家だが、浅慮ではないからな』
確か侯爵は……この帝国の建国から続いている四家のみだったかな?
北方の地を治めるローズ侯爵家、西方の地を治めるウィスタリア公爵家、東方の地を治めるピアニー侯爵家……そして南方の地を治めるカメリア侯爵家。
ウィスタリア公爵家は当主が現皇帝の弟が入婿として入ったから、一時期的に公爵位なんだっけ。
それでその中のローズ侯爵家がセシルを狙っている、と……。
『それで? いつ頃出て来ます?』
「「『?!』」」
あー、まぁバレるよね……特にカインさんが僕ら程度の隠密に気付かないはずがない。
仮に僕の隠密が完璧であっても、ただの貴族令嬢であるセシルに出来るはずもないからどの道バレてたはず。
「……君たちか」
「あ、あっははは……」
部屋から出て来たカインさんとカメリア侯爵が呆れた顔で僕たちを見やる。
セシルに付き合って一緒に叱られる覚悟をしていたとはいえ、あまり慣れない視線だから少し落ち着かない。
「先ほど聞いた事は忘れる様に……子どもが気にする事じゃない」
「……はぁい」
割と軽く済みそうで少しだけホッとした……けれど、セシルは『私も当事者なのになぁ』なんて不満そうにしている。
……気持ちはよく分かるから僕はそれを窘めたりはしない。
「さぁ、そろそろ授業の時間だろ? もう部屋に戻りなさい」
カメリア侯爵に促されて渋々といった様子のセシルと連れ立ってその場を離れる。
前方から確実に怒っている家令さんの気配を感じ取ってゲンナリしつつも、未だに気付いた様子のないセシルが口を開くので耳を傾ける。
「……あのね、貴族派閥っていうのとお父様は仲が悪いの」
「……」
果たしてそれを僕に言ってどうすると言うのだろう……彼女の意図は全く分からないが、敢えて想像するならば心の整理だろうか?
自分が当事者なのに関われない……そんなもどかしい事に対するモヤモヤを、僕に話す事で解消しようとしているのかも知れない。
「おかしな話よね、ローズ侯爵とお父様は学府時代は無二の親友同士だったって聞いたのに……今ではお互いの命を狙い合う関係だなんて」
「家督を継いでしまったら、それまでの人間関係に何も変化が生じないなんて有り得ないからな」
五右衛門君の知ったような口も気にせずにセシルは話を続ける。
今の腰抜けの皇帝を排除して自らが国の舵取りをする事で魔王軍に対処しようする貴族派閥と、皇帝の名のもとに挙国一致で動く事で魔王軍を撃退しようとする王党派……それから中立派にこの国は割れているらしい。
共通点はどちらも今の皇帝自体に対してあまり価値を見出していないところだと言う。
「みんなで協力し合えば良いのにね……それこそ、お父様とローズ侯爵は友人だったんだから」
「……そうだね」
みんなで協力して、か……確かにそれが出来れば良いなって僕も思う。
「……ねぇ、ステラは私と友人でいてくれるよね?」
「……」
何か、切羽詰まった様な表情と声色で詰め寄ってくるセシルに戸惑う……彼女は何を心配し、焦っているのだろうか。
「もしも私が家を継いだりしても……友人のままよね?」
「僕は……」
懇願する様に僕を見詰めるセシルに対して、たった一言……それだけを伝えるのが精一杯だった。
「僕は──平民だから」
「……」
「平民だから……多分、大丈夫」
「……っ!」
突き放した様な物言いになってしまい、セシルが落ち込むのに慌ててさらに言葉を付け足す。
途端に顔を綻ばせる彼女の笑顔に肩の力を抜きながらも、果たして本当に大丈夫なのだろうかと思案する。
僕は平民で、貴族の様な面倒なしがらみは無い……けれど勇者として、僕個人として魔王軍を討ち滅ぼすという目標がある。
……果たしてその時に、いつも通りの関係を続けていられるのかは分からない。
「だから、ずっと友人だよ」
「そうよね!」
「相棒! 俺も忘れんなよ!」
『ふふふ、良いですね? こういうの』
三者三様の無邪気な笑顔を見せる彼女らに対して、小さな疑問をそっと隠しながら歪に笑ってみせる。
おじさんに言われた通りに、練習した通りに……笑ってみせる。ヘラヘラと。
「──お嬢様、覚悟はよろしいですかな?」
「……あっ」
僕の笑顔を変だと笑いながら歩いていたセシルが頭上から降ってきた声に固まる……視線を上に向けてみれば無表情で怒気を発した家令さんが立っていた。
「さぁ、そこの部屋で説教です。三人とも来なさい」
「……はぁい」
「お、俺達もか……そうか、そうだよな……頑張ろうな、相棒……」
『大変ですねぇ』
同じ共犯者であるはずのテラだけ他人事みたいなのが納得いかないんだけど……目に見えないって便利だな。
「ねぇ、ステラ?」
「? なに?」
家令が背を向けた瞬間に小声で話し掛けて来たセシルに、こちらも小声で返事をする。
「……その、相談したい事があるから夜に私の部屋に来てくれる?」
「いいけど……?」
セシルが相談したい事ってなんたろうか……貴族の悩みを平民が解決できるとは思えないけれど、友人の頼みだ。
できる限り力になれる様に頑張ろう。
「ではまず、何故私が怒っているのか──」
まぁでも、先ずはこの家令さんによる説教を乗り切ってからだけどね。
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