第28話.次世代


「​──この様に魔術とは、この世界で眠る創造神の残滓に対して精霊語で語り掛ける事によってお願いする事が基本になります」


『ほへー』


 この世界を創ってから暫くして、創造神は最後に創り出したこの世界を揺り籠にして眠りについた。

 その眠りについた創造神に向けて、その子ども達である精霊の言葉で語り掛ける事によって一時的に世界を改変する事を魔術と言うらしい。

 ……その創造神の子どもであるはずの、大地の精霊を自称するテラが何故か感心した様子でその話を聞いてるのは変な感じだけど。


「魔術に必要な要素は理解、敬意、代償の三つです」


 先ずは理解……僕たち人間が操る物とはとは違う言語の意味を正しく理解し、それを用いて起こした事象がどんなものでどんな結果を齎すのか……その全てを正しく理解しなければならない。

 そして敬意……創造神、またはその子どもである精霊達を軽んじる様な者には世界は力を与えてはくれない。……そもそもとして、神や世界でなくとも人に何かを頼む時は丁寧にという事だろうか。

 最後に代償……神や精霊に願い、ごく小規模とはいえ世界の改変を願うのにノーリスクとはいかない。

 対した結果を齎さない小さく弱い魔術なら翌日に筋肉痛に悩まされる程度だけど、大きな範囲に多大な影響を与える様な魔術を行使する代償は人によって違うが、どれも〝大切なもの〟を失うらしい。


「……ねぇ、テラ?」


『なんですか?』


「僕はおじさんに教わった魔術を使っても特に筋肉痛も怒らなかったけど、何で? 最高位ハイエンドの魔族にも傷を負わせられるくらいには威力はあったけど」


 僕は魔術を使って何か代償を支払った事なんて一度もない……ヴィヴィアン先生の言う事を疑う訳ではないけれど、これでは説明がつかない。


『それはステラが私の勇者だからですよ』


「? 勇者は代償が要らないの?」


『いえ、そういう訳ではありません……ステラは大地に関する事なら加護を通して私が肩代わりしているんですよ』


「テラが?」


  これが風を起こしたり、水を生み出したりなんて魔術だったらきちんと代償が生じるらしいけれど、大地に関する事……大地から産み出された鉱物で作られた刀身を飛ばすくらいなら問題ないらしい。

 他にも土の壁を生み出したりといった魔術は全部テラが加護を通して肩代わりしてくれると言う。

 そんな事を確認している間にもヴィヴィアン先生の魔術の授業は進んでいく。


「今回教えるのは『騒音』の魔術になります」


「騒音?」


「えぇ、貴方達はまだか弱い子どもですからね、何かがあった時は直ぐにこの魔術を使用して我々大人を呼んで下さい。代償も軽い頭痛程度です」


 また、ここでも子ども扱いか……父も居らず、母代わりだった人も病弱で直ぐに死んでしまった僕には慣れない感覚で戸惑ってしまう。

 勇者としての器を完成させ、その力を魔軍に対して振るうべきはずなのに……何故だか大人はみんな僕を危険から遠ざけようとする。

 僕を勇者にしたテラでさえ僕の身を案じる。


「なぁ相棒、ちゃんといざって時は使うんだぞ?」


「……分かってるよ」


 五右衛門君でさえこれだ。そんなに僕は頼りないのだろうか? ……いや、おじさんと並んで戦う事も出来ず、逆に救われてしまった敗残兵が僕だ……仕方ないのかも知れない。

 あの時、僕がもう少し強ければおじさんは​──よそう。今考えても何かが変わる訳じゃない。

 絶対に忘れはしないけれど、今はどうしようもない……せめて強かに、この侯爵家で受けられる教育という名の力を吸収するべきだ。


「​──ゴホッ! ゲホッ! カハッ!」


「セシル?!」


「おいおい大丈夫かよ」


 考え事をしていたら隣の席に座っていたセシルが胸を抑えて咳き込み始める。

 これまでも何度か発作を起こす事はあったけれど、今回は特に酷い……吸入器をする余裕もないくらいに咳き込み、血まで吐いてしまっている。


「お嬢様、こちらを」


 最初はどうやって吸入器を使うのかと思っていたけれど、短杖の様な金属製の物を取り出したヴィヴィアンがそれをセシルの胸へと近付ける。

 それが淡く青い光を発して少し経つと、段々とセシルの様子が落ち着いてくる。


「けほっ、こほっ……ありがとう、ヴィヴィアン」


「いいえ、お嬢様もあまり無理はなさらず」


 何故だか分からないけど、不思議な事に僕はその短杖に目が離せない。


「……ヴィヴィアン先生、それは?」


「これですか? これは金属器ですよ」


「……金属器」


 あっさりとはそんな大事な事をヴィヴィアン先生は開示する。

 先ほどのセシルを癒した光景を見る限りそういった能力があるんだろうか。


「ヴィヴィアン先生も金属器使いだったんですね」


「あぁ、私とお嬢様だな」


「……二人?」


 金属製は同じ時代に人と魔に一人ずつしか使い手を選ばないはず……貴族であるセシルは違うとして、もしかしてヴィヴィアン先生は魔族だった、とか?


「……言っておくが私もお嬢様も人だぞ」


「どういう事?」


「私がそろそろ寿命なんでな、次の後継者としてお嬢様が選ばれただけさ……だから正確にはお嬢様はまだ金属器使いじゃない」


 セシルは後継者に選ばれただけでまだ金属器使いではない……でも寿命と言われえもヴィヴィアン先生の見た目はまだ老いとは程遠い気がするけど?


「混乱している様だから一から説明しよう」


 セシルの背に手を当て、もう一方の手で彼女の手を握り支えながらヴィヴィアン先生の話を聞く。


「金属器はその宿主をできる限り長く維持しようとする傾向がある」


 金属器が誰が何のためにこの世に産み出しかは全く分からないけれど、金属器はできるだけ一人の使い手を長く生き永らえようとする働きがあるらしい。

 それによって金属器を得た人は、その時点から身体の成長が酷く緩やかになり、ある程度の病なども消し去るらしい。


「だがまぁ、さすがに私もそろそろ限界でな……数百年はさすがに長すぎた」


「す、数百年……」


「やべぇぜ相棒、この人歴史の生き証人だぜ……」


 それは確かに誰であっても後継者を選ぶのかも……金属器に人の様な思考があるとは思えないけど。


「だからまぁ、お嬢様が後継者に選ばれたのを良い事にある程度成長したら引き継がせて身体をある程度健康にするつもりだ」


「なるほど……」


 今はさすがに幼すぎる為にまだ引き継ぎはしないみたいだけど……セシルは病のせいで同年代よりもさらに身体の成長が遅く、その状態で身体の成長を緩かにしてまったら今度は身体が出来上がる人としての全盛期が遠のく為に別の意味で危険があるからだろう。

 予定としては十二歳から貴族が通うという、帝都にある学府を卒業した頃を目安にするらしい。


「だからまぁ、こういう発作が酷い時は現在の使い手である私と後継者であるお嬢様が同時に触れる事で誤認させて治すんだ」


 金属器が突然ヴィヴィアン先生が病に掛かったと勘違いしてセシルまで癒してしまうらしい。

 怪我とかにはあまり意味はなく、あくまでも死ににくなるだけで僕みたいに戦闘の役には立たないみたいだけど。


「とりあえず引き継ぎを終えるまでお嬢様を死なせない様に健康管理に気を配りつつ、守らなければならない。……ステラにも期待してるぞ?」


「あぁ、分かった」


 ……って一丁前に返事してるけど、僕に誰かを守り救える事なんて……できるのかな。


「まぁ、とりあえずのところはお嬢様の体調が思わしくないのでここまでにしましょう」


「ありがとうございました」


「いいのさ、仕事だからね」


 手をヒラヒラさせるヴィヴィアン先生に背を向けながら隣の寝室までセシルを運び込む。


「ステ、ラ……無理はしな、いで……くだ、さ……いね?」


「そうだぜ相棒! 俺も居るんだからな!」


『困った事があったら私に何でも相談して下さいね!』


 セシルをベッドに寝かせると一斉にそんな事を言われる……僕は何か、思い詰めた様な顔をしていただろうか。


「……あぁ、分かった」


「「『……』」」


「ほ、本当だから……」


 何故か三人からの困った様な目線が途切れる事はなかった。


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