第27話.学びその2
「いいですか、ステラさん? 腕を交差する時は手のひらを肩に付けるように」
僕にあてがわれたマナーや礼儀作法の先生に細かく注意を受けつつ言われた通りに姿勢を正す……今は初対面だったり、使う場面の多い挨拶の時の姿勢を学んでいる。
目下の者が上の者に挨拶する際に、自分は腰に下げた武器に触れませんよ……という意図を込めて腕を交差して跪くらしい。
逆に上の者は下の者から挨拶を受けた時に同様の意味も込めながらも、利き手を顔の横で立て、逆の手をお腹に持って来る事で武器の所持程度は許すという度量の広さを示しながらも顔の横に立てた手を振り下ろせば私の腹心がお前を誅すという事を伝えているとの事……非常に面倒臭い。
「また、挨拶する相手が女性の場合は褒め言葉を添えなさい」
「……可憐ですね?」
「ありきたりの文句ですね、お世辞というのが丸わかりですよ」
「……」
いや、お世辞じゃないのかよと思わなくもないが……相手にお世辞と分かっていても嬉しくなる様な文句を言えて初めて合格らしい。
ちょっと意味が分からないけれど、『あぁ、この人誰にでも同じ事を言っているんだろうな』と思われる事は自分の信用を無くすらしい。
逆に『もしかしてお世辞じゃないかも?』と思わせる様な素敵な文句を言えれば相手は悪い気はしないし、きちんと自分を見て会話をしてくれているというのが伝わるので良いらしい。
「はい、また一から」
「……お初にお目にかかります。ステラ・テネブラエと申す者でございます」
胸の前で腕を交差し、手のひらをそれぞれの肩に付けるようにしながら跪いてから自分の名前を相手に伝えてから……一旦顔を上げる。
「……本日はお目通りが叶い──」
「それはコチラから面会を希望した方にする型ですね、もう一回やり直してください」
「……」
再度腕を胸の前で交差しながら跪き、自身の名前を述べてから顔を上げる。
「この度はお会い出来て誠に嬉しく思います。貴女の様な……えー、あー、その……可憐な女性に挨拶できる事を心から喜ばしく思います」
途中でつっかえながらも、交差したうちの利き手の方を教師の方へと伸ばしながら挨拶を終える。
「……まぁ良いでしょう」
「……ほっ」
「次の授業の時も問題が無いようであるならば上位の貴族向けの挨拶の型を教えます。……もちろん型通りではなくても構いませんが、使う場面が決められている型を先程の様に別の場面では使用してはいけません」
「……はい」
最後の締めを言い終わった後で『では時間ですので』という言葉と共に行儀作法の授業が終わる。
「おっす! お疲れ、相棒!」
『苦戦していましたね』
埴輪の癖に行儀作法を一発で合格した五右衛門君と一緒にテラが労ってくる……本当になんでこんな事をしているのだろうか。
もちろん今も欠かさずカインさんと一緒に打ち稽古をし、自分一人でも自主練習はやってはいるが……なぜここまで平民の僕なんかに教育を施してくれるのかが分からない。
「けほっ、こほっ! ……ステ、ラ!」
「……セシル」
「ふふふ、次は文字、と計算……の、お勉、強……よ!」
彼女も彼女で、身体が弱いらしいっていうのき律儀に僕に文字や数字を教えてくれる……彼女はともかく、その背後に居るカメリア侯爵の意図が分からない。
いくら義弟が連れて来たとはいえ、平民の子どもを自分の一人娘に近付け、あまつさえ高度な教育なんて施すだろうか?
……絶対に何か狙いがあるはず。
「ヴィヴィアン先生、が来る……けほっ! ……前にする、よ!」
学のない頭で考えても分からない事はこの際置いておいて、今は目の前の勉強に集中する……これだって魔王を殺す上で僕の力になるであろう事は明確だから。
文字の読み書きや計算が出来れば、もっと多くの情報を得られる……勉強だって立派な強くなる為の手段だ。
「これ、を読ん……で?」
「えっと……」
セシルが何やら書いていた紙を渡してくるのでそれを受け取ってから読み始める。
『貴族の屋敷から小間使いが市場へと出掛けました。
その小間使いは料理長の言いつけ通りに銀貨五枚の林檎を三つ、銀貨八枚の牛肉を五つ、銅貨四枚の季節の野菜をそれぞれ三種類を九つずつ買いました。
小間使いが予め渡されていたお金は金貨十枚です。
残ったお金は幾らでしょうか? なおこの問に限り貨幣のレートは銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚とし、チップは払わないものとします』
……何とか四苦八苦しながら覚えたばかりの単語を拾いつつ解読した内容はこんな感じで……有り体に言えば算学の問題だった。
計算に物語性を持たせる必要はあるのかは疑問だけど、お金の計算や買い物についても少し学べるのは良いのかも知れない。
「おー、貨幣のレートが優しいなぁ」
「五、右衛門……君は、答えを……教え……ちゃ、ダメで、す……!」
……毎回思うんだけど、もしかして五右衛門君って割と頭良いし、高貴な生まれだったりするのかな。
「いや、高貴な生まれの埴輪ってなんだよ」
「? どうした相棒?」
「何でもない」
自分の変な考えに自分でツッコミながら頭から振り払う……今はこの不思議生物の親友の事はどうでもいい。
目の前の問題に集中しないと……これは金貨十枚から一々引いていくよりも、払った金額を全部足してからその合計を引けば良いのかな?
林檎が三つで銀貨十五枚、牛肉が五つで銀貨四十枚、野菜が三種類九つずつで銅貨百八枚……銅貨を銀貨に直せば銀貨十枚と銅貨八枚。
そして銀貨を全て足せば銀貨六十五枚で、金貨に直せば金貨六枚と銀貨五枚……つまり金貨十枚から金貨六枚と銀貨五枚と銅貨八枚を引けば良い。
「……答えは金貨三枚、銀貨四枚、銅貨二枚」
「正、解!」
「おー、相棒すげぇぞ!」
『進歩しましたね!』
三者三様に僕の事を褒め立てるのが何だか気恥しい……三人が浮かれるのも剣とは違って、進歩が分かりやすいからかも知れない。
「ちなみにどんな計算したん?」
「先に払った金額を全部足して大きな数字を作ってから引いた」
「へぇー」
まぁ五右衛門君はこの程度の計算なら普通に暗算で出来るんだろうけど、それは言わないでおく……何だか悔しいし。
「ちなみに相棒、この問題の簡単な解き方があるんだぜ?」
「うん?」
「簡単なというか、分かりやすくする感じなんだけどな?」
そう言って五右衛門君は僕の解答用紙に金貨=百、銀貨=十、銅貨=一と書き込んでいく……いや、うん、なるほど……確かに分かりやすくなった。
「問題に物語性を持たせるし、出てくる数字も金貨や林檎とかばかりで混乱するけど……こうしたら簡単だろ?」
「……うん、確かに」
金貨から銀貨分を引いて、さらにその銀貨から銅貨を引いて……ってするよりも、『1000-658=342』って簡単に出る。
その後で百の位を金貨、十の位を銀貨、一の位を銅貨に直せば良い。
「問題文でややこしくはしてたけど、貨幣のレートが優しかったからな」
「……だからセシルは五右衛門君を咎めたのか」
「自分、で気付い……て欲し、かっ……たんです、もの……」
問題文の物語性や、金貨と銀貨が〜とかややこしくさせて僕の頭を混乱させておいて、その実少し冷静になれば問題を分かりやすくするヒントを用意しているとは……セシルって凄いなぁ。
僕と同じ年齢のはずなのに、ここまでの差があるのかぁ……埴輪の五右衛門君にも負けているし、何だか悔しいな。
「おや? 仲良くお勉強かい?」
「ヴィヴィっ、げほっ……アン、先生!」
と、そんな事をしているとヴィヴィアン先生が到着したみたいだ……正直に言うと、彼女の授業が一番楽しみだった。
「さぁ、魔術の勉強をしようか」
何故なら直接な戦力増強に繋がるから……おじさんからも少し教わったけれど、それは簡単な暗記でしかない。
きちんと教わる方が何倍も良いだろう……僕はいずれおじさんを超えなくちゃならないんだがら、おじさんが出来なかったり苦手な事も学ばなくてはならない。
「ささっ、お嬢様もステラ様も席についてくださいませ」
準備ば万全、文字も簡単なものなら読める……半ば前のめりになりつつ僕はペンを手に持った。
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