第三章.私の勇者様
第25話.侯爵邸
「──ようこそ、我が屋敷へ」
そう言って僕とカインさんを歓迎するのは綺麗に整えられた口髭がよく目立つ壮年の男性だった。
貴族らしく金糸や宝石等で彩られた高そうな、それでいて嫌らしさは感じられない裾と丈の長い衣服を来たその男性は朗らかに微笑みながら自己紹介をする。
「私の名前はこのカメリア領を治めるアドルフ・ディザン・カメリア侯爵だ。よろしく頼むよ」
「カイン・リックナーガーです。姉がお世話になっております」
アドルフさんが右手の手のひらを見せるようにして顔の横で立て、左手をお腹へと持っていき挨拶をすれば、カインさんは腕を胸の前で交差しながら膝まづく。
その意味不明なやり取りがよく分からず、僕と五右衛門君は戸惑い気味に一歩下がる。
「久しぶりだね、カイン君……今回の事は誠に残念だった」
「……いえ、私が力不足でした」
「そんな事はない、まさかかの英雄アルデバランを討ち取る為に魔王があそこまで本気になるとは思いもよらなかった……他の戦線の指揮官すら呼び寄せていたとはね」
人類軍に反撃され、他の戦線が後退する事になったとしても問題ないとばかりに……魔王軍は前線指揮官である金属器使い達の幾人かを引き抜き、おじさんを殺す為にあてたらしい。
その大胆で臨機応変な戦略に人類は動揺し、それ以降金属器使いたちは同じ戦線には長期間留まらない事が決められたらしい。
……腰抜け、と批難するのは簡単だけれど、あのおじさんですら殺されてしまったんだから仕方ないのかも知れない。
「それで? そちらの子どもと……埴輪? は何者かね」
「あぁ、ご紹介が遅れました。こちらはアルデバランに後を託されたステラと、その友人である五右衛門も申します。……ステラ、五右衛門」
なんて考え事をしていたらアドルフさんの意識がこちらに向き、カインさんにも促されてしまう。
「えっと……ステラ・テネブラエ、です」
「俺はステラの相棒の石川五右衛門だぜ! ……ごめんなさい」
見よう見まねで胸の前で腕を交差しながら跪き、自己紹介する僕の後で大声で挨拶をする。
五右衛門君は迷った末にいつも通りの元気が良い自己紹介をした後で、やはり貴族相手に不味いと思ったのか謝る。
……最初からしなければ良いのに。
「ハッハッハっ! よいよい! 英雄アルデバランから義弟に託された子どもに煩くは言わん!」
そう言ってアドルフさんは大きく口を開けて僕と五右衛門君のの頭をグリグリと撫で回す……今回は乱雑には振り払えなかった。
「それに知らないなりに例をつくそうという意気が感じられる……アルデバランの墓は庭に作っておいた」
「っ! ……ありがとう、ございます……」
おじさんの遺体はロッキーが回収していた……僕がパープルヘイズに向かって喚き散らし、敵の意識が逸れた時を利用したらしい。
敵に持ち去られるのも、アンデッドになるのも絶対に許されないのでそのまま燃やして骨は砕いた。
それを安置する場所をアドルフさんは作ってくれたらしい。
「いいんだ、子どもが遠慮をするもんじゃ──おや?」
「……?」
途中で何かに気付いたかのように言葉を止めるアドルフさんに首を傾げながら、彼の視線の先へと目を向ける。
「……っ!」
僕の背後にある扉の隙間からこちらを覗いていたらしい青紫色の髪の女の子が自分の存在に気付かれた事に慌てて頭を引っ込み、何処かへと走り去って行く。
僕とは対照的な、銀色の瞳が珍しい女の子だった。
「いやはやすまないね、一人娘なんだ」
アドルフさんの一人娘って事は侯爵令嬢になるのかな……失礼の無いようにしなくちゃ。
「ステラと同い年くらいじゃね?」
『……仲良くなれると良いですね』
「……」
……無理だよ、今の僕にはおじさんの様な大切な人を守り切る力なんて無いんだから。
「娘のセシルは同年代の友達が居なくてね、仲良くしてくれると嬉しい」
「……はい」
その場ではアドルフさんにそう答えてそのままカインさんを残して部屋を出る。
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「……ふっ!」
この屋敷の家令をしているという人に許可を貰い、屋敷の庭の一角でひたすらに木剣を振り下ろす。
あれから一日たりとて稽古はサボっていない……ここカメリア侯爵領は帝国でも南東の方角にあり、最前線からは程遠い。
難民の方たちと幾度も途中で別れながら進んだ旅路は酷く長かった。
「……なぁ、相棒大丈夫かな?」
『……分かりません、せめてエリーゼちゃんが今どこに居るか分かれば良いのですが』
カインさんにも稽古に付き合ってもらった……槍の方が得意とは言っていたけれど、剣の腕もまだまだ僕は及びそうにはない。
あの兵士団の中でおじさんの次に偉かった人だ……貴族だったという事を差し引いても、相当な強さだった。
……僕は勇者でありながら、未だに一般の兵士にも力が及ばない。
「わ、悪い……兵士の人に預けてそれっきりでよ……あのおっちゃんが死ぬとは思わなかったし、そのままエリーゼの行方が分からなくなるとも思わなかった」
『あ、いえ五右衛門君を責めている訳ではないですよ? ……ですが、今のステラには自分が救えた人も居ることを自覚する事が必要です』
こんなんで魔王を倒す事なんて夢のまた夢だ……誰も守れず、誰も救えない……そんなちっぽけで矮小な勇者ではダメだ。
せめてカインさんに剣で勝てるくらいには成らなければならない……ただの人に勝てないのに、金属器を持った
「……相棒の心が泣いてるのに何も出来ねぇなんて、親友として情けねぇ」
『……私も、これでは母親代わり失格ですね』
五百回目の振り下ろしが終わると同時に木剣を置き、首から下げた『天命の聖鍵』を取り出す……あの時の不快な声が事実であるとするならば僕は武器を手にれた事になる。
それも、勇者の武器ならば金属器にだって負けないはず……ただ、手が震えてしまう。
「……っ」
──本当に今の僕にこの力を、この剣を振るう資格があるのか?
「……」
これは僕が守れなかった人々の犠牲の末に解放された忌まわしき力じゃないのか?
おじさんの様に強くはない僕が使ったところで宝の持ち腐れ……それこそあのパープルヘイズの様な見苦しさになりはしないか?
正しく振るい、人々を救ける事ができるのか?
「……おじさんの様な」
魔王軍に対する恨みや憎しみだけで動いていた僕とは違う……おじさんだって奥さんや息子を魔王軍に殺されていたはずなのに、優先した事はなんだ?
……戦う力のない住民の避難と、情けない僕の助命だ。
「ねぇ、何を、して……るの?」
「……っ!」
唐突に後ろからかけられる声に肩を跳ねさせながら振り替える……そこには青紫色の髪に、銀の瞳をした女の子が居た。
「……稽古をしておりました、セシル・カメリア様」
そう言って胸の前で腕を交差しなが跪く僕を見て少しの間きょとんとしていたセシルは、何かに気付いたようにクスクスと笑い出す。
「ふふ、それ、は……挨拶の、時……にする動作……よ……?」
「……」
咳き込みながらそう指摘するセシルの対し、耳を赤くしながら慌てて立ち上がる。
……やはり見よう見まねの礼儀作法はダメだったか。
「ねぇ」
「……なに?」
──良かったら友達にならない? 彼女はそう淡く微笑みながら僕に手を伸ばした。
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