第24話.負け犬の遠吠えと、負け馬の癇癪
「やっとくたばりやがったか、手間を掛けさせやがって」
薄く、満足気に笑った様な顔で死んだおじさんの元へと馬面が歩み寄り、その場で何かを拾い上げる。
「おっ、おおぉ?! こりゃすげぇ! お前らいつもこんな万能感に浸ってたのかよ?!」
それはおじさんの金属器で……おじさんの物のはずで……断じてあのクソ野郎が持っていて良い物じゃない。
あのクソ野郎に反応し、その柄の輝きを暗く染め上げる……僕ですら抜けなかった鞘から簡単に引き抜き、馬面は新しい玩具を与えられた子どもの様にはしゃぎ回る。
「……返せ」
「……あん? そういやお前まだ生きてたのか」
それはお前が持っていて良い物じゃないんだよ……それはおじさんの剣なんだよ。
その穢れた手をさっさと離して返せよ、畜生には過ぎた代物なんだよ。
「それはおじさんの物だ、返せよ」
「はっ! おじさんってあのボロ雑巾の事か? 冗談言うな、これは負け犬じゃなくて俺の物だ」
……おじさんは決して負け犬じゃない。
少なくともコイツにおじさんを負け犬呼ばわりする資格なんてこれっぽっちも無い。
「その負け犬を一人じゃ手も足も出なかった負け犬以下が」
「……んだと」
こめかみに青筋を盛大に立て、紫色の皮膚を顔だけ赤紫にした馬面が僕の元へと足を進めてくる。
近付いてくるその間抜けな面を絶対に目を離すものかと、ありったけの殺意を込めて睨み付ける。
「畜生には過ぎた代物なんだよ、てめぇの物じゃねぇ!!」
「ぶっ殺すぞクソガキィィィイ!!!!」
おじさんの金属器から馬面へと力が流れていっているのか、元々分厚かった筋肉がさらに膨れ上がる。
四肢をもがれて動く事の出来ない今の僕は奴の雑な拳一つで地面の染みになるだろう……だからなんだ。
「パープルヘイズ、この子どもを殺す事は許さん」
「あぁ?!」
「もしも我とアルデバランの戦士としての約定を貴様が穢すというのであれば相手になる」
「……チッ! 命拾いしたな、クソガキ」
いきり立つ馬面を半人半馬が止める……同じ金属器使いであっても明確な上下関係があるのか、馬面は渋々といった様子で引き下がる。
奴のさも見逃してやったといった態度が酷く気に入らない。
「子どもよ、戦士アルデバランからの遺言だ。……稽古はサボらず、笑っていろ」
「……」
その言葉を聞いて奥歯を噛み締める……まだ教えて貰ってない型や必殺技がいっぱいあるのに稽古をサボるなとか、勝手に死んでおいて笑っておけとか……おじさんは本当に自分勝手が過ぎる。
どうしても涙が溢れ出て仕方がない。
「……はんっ!」
……小馬鹿にしたように鼻を鳴らして嗤う馬面に殺意を覚える。
「……負け馬が」
「……負け惜しみなら聞かんぞ」
目の前の奴を睨み上げながら精一杯の嘲笑を込めながら言ってやる。
「人間一人仕留めるのに
「……やめろ」
涙が滲んで輪郭しか見えない馬面がハッキリと不快感を露わにしながら小さく言う。
「金属器まで持ち寄って」
「……黙れ」
奴の貧乏揺すりで地面が放射状に罅割れる……奴の怒りのボルテージが上がるごとにそのスタンピングは勢いを増し、間隔を狭める。
「挙句の果てには貴重な金属器使いを一人殺され、更にはこの場に居た民間人すら逃がされて……お前は憂さ晴らしに誰も殺す事はできない」
「……黙れ」
フゥー、フゥー、と鼻息を荒くし、頭や首筋などを執拗に激しく掻き毟って怒りを抑えようとする奴の無様な姿に口の端を釣り上げる。
静かに言葉を発して僕を牽制しようとする馬面に向けてその言葉を放つ。
「──これで勝てたつもりかぁぁぁぁあああああ!!!!」
「──黙れクソガキィィィィィィィィイイイイ!!!!」
地べたに這いずりながら負け馬に向けて精一杯に吼えてやる……おじさんは負けてなどいないと、お前らに勝ったのだと……そう吼えてやる。
複数の
金属器の力を解放すればもう少し戦況は良いものだったかも知れないのに、それを住民達の避難に使って追い込まれたんだ。
そして、そして……最後には住民達を誰一人殺されずに敵の金属器使いを一人討ち取ったんだ。
「これで負けてないとかやめてくれよッ!!」
「黙れ黙れ黙れ黙れぇぇえ!! 黙れぇぇぇぇええ!!!!」
だからさ、それは……その剣はお前みたいな負け馬じゃなくておじさんに相応しいんだよ、おじさんの物なんだよ。
「返せよ、前の持ち主よりも格落ちも良いところ過ぎて可哀想だ」
「本当にぶっ殺されてぇのかぁ?!」
大量の出血によって意識が朦朧としながらも奴からは目を離さない……内蔵のダメージが大き過ぎて今も貴重な血を吐いてしまったけど関係ない。
「僕がっ……! お前をっ……! 殺すっ……!」
「──」
痛みと悔しさすら今は些事だと捨ておいて視線だけでコイツを殺してやると……絶対に殺すと意思を込めてゆらゆらと揺れる
目を見開いて怨敵の全てを視界に収めて……おじさんに言われた通りに笑って魅せる。
「……やめろ」
「お前を──許さない」
絶対に絶対に許さない……お前を殺す。
馬面──いや、パープルヘイズお前を……僕は絶対に殺す。
「その眼で俺を見るんじゃネェェェエエ!!!!」
錯乱したパープルヘイズによって思いっ切り腹を蹴り上げられて宙を舞う……何回も地面に叩き付けられてようやく瓦礫にぶつかって止まる。
瓦礫にもたれ掛かり、半人半馬に押さえ付けられるパープルヘイズの野郎を霞む視界で眺めながら──僕は気絶するまでの数秒間、奴から絶対に視線を外さなかった。
▼▼▼▼▼▼▼
「──ッ!!」
ハッとして目が覚める……ここは何処だろう。
何故僕はこんな所で横になっているんだろう。
視界いっぱいには曇天の曇り空しか映らなくて……とうとう僕は死んでしまったのかと一瞬だけ考える。
「……目が覚めたかい?」
「っ! ……副長」
声に驚きつつ横に顔を倒すと目が死んだ副長が横に並走する形で馬に乗っていた……そうか、僕は荷車の上に寝かされていたのか。
あの後、あの王都から……僕は何もする事が出来ずに奴らをみすみす見逃してしまったのか。
「もう副長ではないからね、カインと呼んでくれ。……団長は戦死し、部下も大半を失ったしね」
……そうか、国が無くなったから必然的に兵士団も解散なのか……そうでなくても団長であったおじさんも戦死し、構成員の半分以上が行方不明なら再編成されるだろう。
「……」
……僕らは敗けたのだ。
「まぁ先ずはそこの彼に感謝した方が良い……あの激戦区から虫の息だった君を回収してくれたんだ」
そういって副長──カインさんが顎で示す先……僕が寝かせられている荷台の前方の方を視線を下に向ける事で見やる。
そこに居たの盗賊の様な格好をした、不思議な金属製の目の耳飾りを付けた男だった。
「……ロッキー?」
「覚えていたか」
エリーゼ達を助けた時に居た盗賊の男……そして僕が初めて出会った金属器使い。
彼の隠されたものを全て看破する目と、あらゆる目を閉ざす金属器ならあの……魔族の金属器使いが五人も滞在していた死地に潜入して僕一人を回収するなんて朝飯前だろう。
「……なんで」
「あん?」
……自然と疑問が漏れ出る。
「なんで助けたの……」
「……」
魔王軍に協力までしていた彼が僕を助ける義理も無ければ、助けて利益が得られる訳でもない……何故あの場から僕を助けてくれたのかが分からない。
いったいどんな目的があっての事なのかは知らないけれど、僕は敗北してあの場で死んでもおかしくはなかった……少なくとも勝ち馬ではない。
「……勝ち馬に乗るじゃなかったの?」
「……はぁ」
僕の質問に呆れた様にため息を吐きつつ、馬鹿を見る目でロッキーは口を開く。
「確かに俺は勝ち馬に乗ると言ったが──負け馬に乗るつもりはサラサラない」
「……」
「あんな
侮蔑するようにロッキーはパープルヘイズの事をこき下ろす……彼がここまで損得勘定抜きに特定の個人を嫌うのも珍しい気がした。
……だけど、彼の僕を見る目を見る限り、僕も勝ち馬とは思われてはいないんだろう。
「……今のお前は面白くねぇ、俺は前の列に行く」
それだけ言ってロッキーは溶ける様に消えていった。
前別れた時は僕の方が信用できなくて……そして今回はロッキーの方が僕を信頼できなくて別れた。
「……ステラ」
「……」
ロッキーが消えて、また目を瞑ろうとした僕に向けてカインさんがまた話し掛けくる。
「今この難民の列は隣国であり、この大陸最大の国であるロムルス帝国へと向かっている」
「……」
歯切れ悪く、言いづらそうにカインさんは少しずつ言葉を紡いでいく。
もう滅びた北の帝国とは違うんだがな、と……どうでも良い情報を挟みながら話すカインさんの様子を見て、彼も辛いんだろうなと……何となく他人事の様に思う。
「……そこの侯爵家の一つに私の姉が嫁いでいてね、私はそこに身を寄せようと思う……君も来なさい」
「……なんで、僕まで」
当然だと思う疑問の声を発した僕に、カインさんは困った様な悲しそうな顔を作って向き直る……その目はどうしようもない子どもを見る目だった。
「……私は団長に君を託された……君の元へと向かう前に、もしも自分に何かあったら頼むってね」
「……」
……おじさん。
「そうでなくとも私たち兵士団の者なら誰であれ君を助けるだろうさ……短い間ではあったが、君は団の者みんなの子どもで団長との掛け合いは一つの恒例行事だった」
おじさんに引き取られ、兵士団に所属してからの出来事を思い出す……僕を息子扱いするおじさんと、それを乱雑に振り払う僕……そんな僕たち二人を囃し立てる兵士のみんな。
脱落者がどんどん出る中でいつまでもおじさんと一緒に剣を振り続け、呆れた目で休憩を促された事。
……それら全てが一瞬のうちに駆け巡って涙が知らず知らずのうちに溢れ出てくる。
「今だってそうだ。君を含めた難民たちが無事に帝国に辿り着ける様に、生き残った部下たちは私に君を託して今も前線で時間稼ぎをしている」
「くっ、うっ……」
抑えようとしても嗚咽が漏れ出て仕方がない……王都奇襲の報を受けて反転し、そのまま背後を魔軍に攻められた部隊は多いのに……この上なく戦力は少ないのに、それらの部隊の敗残兵を吸収しつつ纏め上げながら圧倒的な戦力差のある魔軍と戦っているという。
僕と、僕を含めた難民たちを逃がす為だけに兵士団のみんなと義勇兵のあの人たちは今も死地で戦っているという。
「君は希望と未来ある子どもだ……まだまだ生きねばならない」
「あっうぅ……くぅ……っ!」
肘から先が無い腕で必死に目を隠しながら嗚咽を漏らしまいと声を抑えるという無駄な努力をする。
そんな僕の情けない声を聞こえてない振りをして、カインさんは続けて言葉を紡ぐ。
「──死者の魂を背負って前を向け、笑うんだステラ」
「……っ!」
それだけを……おじさんと同じ事を言ってカインさんはこの場を離れる。
彼の……僕を最大限に気遣いながらも厳しく、自暴自棄になって腐る事は許さないという強い意志の込められた言葉がストン、と……僕の胸に落ちる。
「……にっ……いっ……にぃっ」
一人になったその場で僕はただひたすらに……歪に笑う事を繰り返す。
溢れ出る涙を腕で抑えながら、露出した口だけで歪に口角を上げる……上手く笑える様に、どんな時でも、不幸に負けない様に……ただただ笑う練習を繰り返す。
《システムメッセージ:人類損耗率が10%に達した為、
──そんな僕に、不愉快な声と共に雪が降り注ぐ。
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