第23話.剣の振り方その2


「……動け」


兵士顔見知りの死体から補充した剣を杖におじさんの元へと進む……潰れた右足を引き摺り、折れた左足を無理やり動かして進む。

 けれど、何度も馬面野郎と打ち合ったその剣はもう限界なのか根元かポッキリと折れてしまい、支えの失った僕は地べたに倒れ込んでしまう。


「……動け」


 引きちぎられた左腕を筆頭に、傷口を地面に擦り付ける痛みすら無視して右手のみの力で這いずる。

 ……早く治れよ、勇者なんだろ、僕は……これくらいの怪我は直ぐに治るんだろ、早くしろよ。


「……テラ、治してよ」


『もう、もう無理ですっ……』


 テラが両手で顔を覆って泣く意味が分からない……なぜ治せないのかも分からない。

 僕の勇者としての超回復能力とテラの癒しがあればいつもよりも早く治せるはずだ……それのお陰で馬面相手にあそこまで粘れたんだから、テラが躊躇う意味が分からない。


「ほら、早く……じゃないとおじさんが死んじゃう……」


 今だっておじさんは頑張ってるんだ……風による狡い妨害を受けながら馬面や優男の殴打を全身に受け、半人半馬の槍に何回も貫かれて、放った大技や有効打の尽くを子どもに無かった事にされながら頑張ってるんだ。

 早くおじさんの加勢に行かないと、じゃないとダメなんだよ。


「早く治してよッ!!」


『もう無理ですっ!!』


 右手で地面を掻きむしりながら苛立ちを洗わにする。


『もう、ステラの身体は限界なんです……』


「いいや、僕はまだ戦える」


 ほら、まだ身体は動く……少しずつだけど右手だけで這いずって行けてる。


『……ステラ、あなたはもう今日の分の加護を使い切っています』


「……っ」


 テラの言葉に奥歯を噛み締めて黙る……僕にも自覚があったからに他ならない。

 馬面に殴られていた時、何故かは分からないけれど急速に勇者としての身体能力や回復能力が強まっていっていた……それなのに今は逆にうんともすんとも言わず、僕の身体の修復は全く進んではいない。


『日付を跨がねばあなたの身体はそのままです……そしてその大怪我は力の弱まった私では治せません』


「でも、おじさんが死んじゃうんだ……」


 上手くエリーゼを助けられたんだ……ハンナやドコラだって何処かに逃げ切れているはずだし、ここでおじさんが殺されたらダメじゃないか。

 もう目の前で大事な人が奪われるのは嫌なんだ……僕の村の様な出来事が何回もあってたまるか。

 絶対に僕は、僕は諦めない​──


「​──あっ」


 いつの間にか戻って来ていたのか、僕が今居る場所は孤児院で……そこでは馬面や六つ目に殺されたと思われる無数の兵士たちの死体があって……その中の一人に見覚えがある。

 義勇兵募集の広間で僕と揉めて決闘騒ぎを起こした強面の男で……首のない子どもの死体を庇う様に腹に大きな穴を開けたまま折り重なって死んでいた。


「あ、あぁ……」


 僕が謝る前に死んでしまったその男は最後まで子どもを守ろうとして死んでいて……そして、その子どもは何故かハンナやドコラの玩具を持っていて……そのすぐ近くでは胴体がない首だけの院長が転がっていた。


「くそっ! くそぉ……ッ!!」


 結局僕が救えたのはエリーゼただ一人で、ハンナやドコラすら救えてなくて……止めてくれた人に対して謝罪も感謝もできないままで……そんな状態でおじさんを見殺しにしろって?

 それこそ僕はおじさんに対して今までの感謝も、つい先日に吐いた悪態について謝罪も出来ていないのに?


「絶対に……許さないッ!!」


 根元から折れてしまった刀身を……一番近くにあったその武器を素手で握り締める。


『ステラ! もうやめてください! あなたの身体はそれ以上は治らないんですよ?!』


 テラも泣いて、僕も泣いている……そんな酷い絵面だけれど、テラは僕にしか見えないし魔族は僕すらも眼中に入っていない。


「​シャギィィルゥゥウ!!」


 断面から発せられる酷い痛みする無視して、引きちぎられた左腕を支えとして上体を起こして素手で刀身を掴んだ右手を前方に向けて投擲の構えを取る。


「​──カナリアァァァアア!!!!」


 自分の右手ごと刀身を飛ばすおじさんから教えてもらった必殺技……四肢で無事な残りの右手すら犠牲にした一撃。


「……………………くそぉ」


 ……完全に死角から放たれたそれは一瞥すらされずに簡単にあしらわされてしまう。


「くそっ、くそぉっ……!!」


『ステラ……』


 涙が滲んで仕方がない……もはや這いずる事すらできなくなった僕はただひたすら頭を地面に打ち付けるしか​──


「​──ステラぁ!!」


「……っ!」


 前から叫ばれた僕の名前……おじさんの声にハッとして顔を上げる。


「​──黙って俺の背中を見てろ」


▼▼▼▼▼▼▼


 血の滲んだ拳で馬面を殴り飛ばし、優男に殴なれながらカウンターの斬撃でその身を切り裂きながらカッコつけてステラへと語り掛ける。

 上段から振るわれる薙刀の一撃を受け止める​──と見せ掛けて柄を掴む左手を離しながら刀身を下に倒す事で受け流す。


「いいか、ステラ​──」


 吹き荒れる風を逆に利用しながら金属器ごと赤兎の奴を押し退け、優男の傷を無かった事にしていた子どもへと金属器による距離を無視した逆袈裟からの斬撃を放つ……あやふやで明確な形を持たない刀身の切れ味をわざと落としてから持ち上げる様にして遥か空が高くまで打ち上げる。

 奴は一撃で倒さなければ直ぐに蘇生しやがるが、この体勢から奴を一撃を葬りされるほどの威力は出せない……なら無理やりこの場から離す。

 そして粗方の邪魔が居なくなった所で近接戦闘は苦手っぽく、防御も得意ではなさそうな口の魔族に向けて剣を大上段に構える。


「​──剣ってのは、こうやって振るう」


 赫灼とした金属器の柄から陽炎の様に立ち昇る真っ赤な焔……無色透明であやふやだった刀身に形を与え、自身が想像する最強の剣へと変貌させる。

 完璧な体勢、完璧な立ち位置、完璧な剣の握り……無理やり作り出したほんの数瞬の間の完璧な状況。

 この時を待っていた……ともすれば絶好の機会など現れずそのままなぶり殺される覚悟もしていたんだがな……子どものステラがあんな状態でも諦めず、俺を助ける為に足掻いたんだ。

 大人の俺が踏ん張らなくてどうするって話だよな?

 大きな大人のカッコイイ背中ってやつを最期に見せてやるんだもんな?

 ……なら、このくらい出来ねぇとな?


「だ、誰か俺を守れぇ!!」


 急速に周囲の空気を消費し、標的の身体ごと瓦礫までをも引き寄せながら巨大な刀身を頭上から振り下ろす。

 分厚い風の防壁が完成する前に切り裂き、体勢を建て直した前衛の三人を押し退けながら鉄扇を構えた魔族を肩口から真っ二つに叩き斬る。

 ……この生涯に類を見ないほどの改心の一撃だった。


「きさ、まっ……!」


 刀身の焔は魔族を通り過ぎて大地に深く溝を作り出しながら進み、水の壁の一部と王都の城壁……そして空に浮かぶ雲までをも切り裂きながら尚も消えず、遥か彼方の大空でここからでも見える爆発を残してからやっとその存在を隠す。

 必要以上に多い口から盛大に吐血し、傷口から一気に葉脈の様に走った亀裂から陽炎を立ち昇らせながらドンドンひび割れていき、そのまま灰となって滅ぶ魔族を見ながら一言だけ零してやる。


「​──約束だぞ」


 もう限界だったのか崩れる様に頬肉が崩れ歯茎が見える……剣を握っていた指か解れて金属器を取り落とす。

 そんな事が身体の至る所で起きている俺に向けて半人半馬の魔族が槍を振るう。

 俺の身体は金属器の酷使と身体の許容限界を超えた闘気の練り込みでもうそのまま放って置いても死ぬんだが……律儀・・な奴め。


「​──見事」


 腹を貫く赤兎の金属器の感触と共に死の気配をすぐそこまで感じ取る。

 まぁ、あれだ……俺はよく頑張った方だと自分でも思うぜ?

 四人の金属器使いと最高位ハイエンドの魔族を相手にしながら、距離や存在をあやふやにする金属器の力で水の壁の中に取り残された住民たちを外へと転移させながら、ここまでよく戦えたと思う。

 自分でも驚きだ……『俺、結構強ぇじゃねぇか』……ってな。


「……何か、言い残す事はあるか?」


「そうだなぁ……」


 霞む視界で呆然と俺を眺めるステラの方へと向き直りながら答える。


「最期の言葉は……アイツに……」


「……そうか、聞こう」


 多分俺はこの槍を抜かれればそのまま倒れ込んで死ぬだろうし、ステラへと言葉を伝えるほどの声はもう出ねぇ……敵だが、正直ありがたいな。


「​──稽古サボんなっ、て」


 アイツの成長スピードは目を見張るものがあるからな、あと数年もすれば俺に追い付けるだろ、多分。


「​──どんなに辛くても笑っとけって、伝えてくれ」


 まぁなんだ、あれだ……嫌な事って重なっちまうからな……一回負けると不幸の追撃によって人間は簡単に潰れちまう。

 でも無理にでも笑っとけば大抵なんとかなるもんだ……毎晩悪夢に魘されてる俺が言うんだから間違いねぇ。


「そうか、ちゃんと伝えよう」


「恩に着る」


 ​──返せねぇけどな、という言葉は虚空に消えていく。

 槍を引き抜かれ、倒れ込む間際にステラに向けて笑ってみせる。

 アイツにはきちんと立派な背中を見せられただろうか……それともただ目の前で死ぬだけの情けなく、アイツの心に傷を負わせるだけの結果に終わっただろうか。


『……お、お疲れ様っ……でしたっ……!!』


 意識が消え去る間際、とんでもねぇ別嬪な姉ちゃんになさけか泣き笑いの顔で感謝された気がした。


「……へっ」


 俺を迎えに来た大地の精霊様だったら良いなァ……。


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