第22話.剣の振り方


「逃げろステラァア!!」


 叫ぶと同時に駆け出し、奴らに向けて横薙ぎに金属器を振るう……陽炎の様に曖昧な刀身は本来なら距離が障害物の有無に関わらず敵へと刃を届かせる。

 だが一番前に立ちはだかる馬面の存在によって後方の魔族達に届く前に途中で実体を捉えられ、防がれてしまう。


「逃がすと思うてか​──『水楼』」


 半人半馬の魔族が槍を掲げると同時に、ここら一帯……ステラも含めた俺たち全員を閉じ込める水の壁が王都の防壁よりも高く立ち昇る。

 ステラがその水の壁に対して剣を振るうが、焼け石に水を掛けた時の様な音を立てて剣の方が消えて失くなる始末。


「万事において抜かりなく。……足でまといを抱えたまま死ね」


「ひゅう! さすが赤兎は容赦ねぇなぁ!」


 見ればステラだけじゃねぇ……逃げ遅れた住民がそこかしこに取り残されていやがる。

 大事な部下や、まだ年端のいかねぇガキまで丸ごとこの水の壁で閉じ込める事で俺を完封しようってか……確かにこれは効きすぎる。

 ……俺は、コイツら全員を見捨てる事は出来ない……戦う事が仕事の部下戦友ならまだしもな。


「つーわけでよ、死ねよオッサン……何回も殴り飛ばしやがってよぉ? てめぇ亡き後はその金属器で王都の住民を皆殺しにしてやる​──ぜッ!!」


 石畳を踏み割りながら加速して振るわれる馬面の拳を防ぐ​──が、コイツは俺の金属器の適合者でもある為か衝撃は緩和されず、そのまま奴の怪力による打撃をモロに喰らってしまう。

 それなら仕方ないとばかりに防御に回していた分の力を身体強化に注ぎ込み、耐える。


「おぉう?!」


「おぉ、すっごい!」


 俺と馬面を中心として激しい風が吹き荒れ、大地に放射状の亀裂を走らせていく……そんな様を見て子どもの魔族は愉しそうに目を輝かせる。


「​──こっちを見ろ! 駄馬ァ!!」


「ステラ?!」


「ぎゃああああ!! コイツまたやりやがったぁ!!」


 何を飛ばしたのか、目から血を流しながら馬面が吠える。


「金属器も持たない子どもが怖いのか?!」


「お望み通りにぶっ殺してやらぁ!!」


 ステラの挑発と攻撃に馬面が激昴する……何かしらの回復手段があるとはいえ、まだ怪我も治りきっていないみたいなのに無茶をしやがる。


「ステラ、無茶をするな!」


「そんな子どもの挑発に乗るんじゃない、パープルヘイズ!」


 俺と半人半馬の魔族の声が重なりながらそれぞれの者に向けて発せられる。

 確かにあの馬面が居なくなるだけでかなり楽になるが、だからといってステラにはまだ最高位ハイエンドの相手は無理だ。


「お前もよそ見してんなよ」


「あぁ、くそっ!」


 余計な口が多い魔族による鉄扇の一振りで突風が巻き起こり、石造りの家屋さえも吹き飛ばされる。

 ともすれば俺自身も巻き込まれそうなそれを踏ん張って耐えながら金属器に闘気を纏わせ、圧縮限界に達したそれを馬面肉壁の居ない前方の敵へと向かって振るう。


「はい、今のなーし!」


「……デタラメだな」


 子どもが掲げた金色の本が光ると同時に俺の放った攻撃が掻き消える……恐らくだが、首を刎ねたはずの六つ目の魔族が生きているのも奴の金属器の能力だろう。

 多分だが、奴は任意の現象などを無かったこと・・・・・・にできる……アイツを潰させねぇ限り攻撃だけじゃなく、せっかく与えたダメージも消され、誰か一人を戦闘不能にしても即座に復帰させそうだ。


「金属器なんてそんなもんだろうが?」


「ぐっ!」


 いつの間にか間合いに入り込まれていた優男に思いっ切り殴られる……吹き飛ばされつつも空中で体勢を立て直しつつ、着地する俺に向かって薙刀が振るわれる。

 くそっ、息付く暇もないとはこの事だな。

 何とかそれを背を反らす事で避けつつ、金属器を持った右手を振るう事で相手への牽制をしながらその勢いを利用して身体を起こす。


「ふんっ!」


「シッ!」


「はぁっ!」


 半人半馬の薙刀による突き……秒間に何百発と放たれるそれを捌きながら優男の拳打や蹴りを躱していく。

 時折、薙刀に添えるように置いた剣を斜めにズラす様に弾く事で優男を巻き込みながら妨害もしてやるが、全然効いている様には見えねぇ。


「巨大な力は要らんな、よそ風で十分だ」


 そんな呟きが聞こえたと同時に下や後頭部に向けてなど、あらゆる方向からデタラメに局地的な突風がピンポイントで俺を襲い、体勢を崩される。

 ただ単純に破壊力にものを言わせるのではなく、力の使い方が上手い……下から浮き上がる力、後頭部から頭を抑え込もうとする力、利き手を後ろへと追いやる力、鳩尾を殴り付ける力、左の肘裏を押す力……それらが瞬時に風となって襲い来る。


「チィッ!」


 当然そんな力によって体勢を崩した俺を放っておいてくれる敵など居らず、半人半馬と優男の猛攻が始まる。

 一時的によそに回していた・・・・・・・・金属器の力を解放を解放し、距離を無視した攻撃によって薙刀を弾き返すが、優男の一撃を躱す余裕がない。

 もう直ぐそこまで迫った拳を防ぐべく、急ぎ剣を顔の傍まで引き寄せて奴の殴打を弾き​──


「​──ぶっ?!」


 悠々と剣をすり抜けた拳が俺の頬へと突き刺さる……まるで俺の金属器から奴の拳が生えてきたみてぇな光景を視認した時には遥か後方へと殴り飛ばされた後だった。


「お、ようやくマトモな一撃が入ったね」


「むしろ今までよく凌げたものだ」


 口の中に溜まった血を吐き捨てながら起き上がり、余裕綽々な奴らを睨み付ける……まさか透過してくるとは予想外だった。

 優男の攻撃はガードせず、避け続けた俺の勘は当たった訳だ。

 あれは実質防御を無視した攻撃だな……どんなに優れた防具に身を包んでも、それを無視した攻撃が生身を襲って来やがる。


「がぁっ!!」


「ステラ!」


 時を同じくしてボロボロになったステラが吹っ飛んで来る……それを受け止めると同時に大きな隙を晒した俺に向けて薙刀と拳の連打が放たれる。

 ステラの襟首を引っ掴んでさらに後方へと投げて庇いながら剣を振るう……が、無理な体勢からでは当然全てを防げるはずもなく、何発から喰らってステラの後を追う様に吹き飛ぶ。


「……全然死にやがらねぇ、なんだそのガキ」


「え、なになに? パープルヘイズってば子ども一人を仕留めるのにどんだけ時間を掛けてんのさ?」


「うるせぇ! 本当だったらもう死んでるはずなんだよ!」


 穴の空いた脇腹から流れる血を金属器によって焼く事で出血を止め、胸部が大きく陥没した鎧を脱ぎ捨ててステラの容態を確認する。


「​──」


 ​──コイツ、まだ敵を睨み付けてやがる。

 力任せに引きちぎられた様な歪な断面からボタボタと絶えず血が流れ落ち、片目は潰され、身体中に痣があるにも関わらず、ステラは剣を離さずに馬面を睨み付け続けている。

 右足は潰され、身体の至る所は骨折しているであろうにも関わらずだ。


「……ステラ」


「……おじさん、僕はまだ戦える」


 ……本当にコイツは無茶をしやがる。


「ふぅむ、足でまといにしたつもりだったが……そのしぶとさでもってパープルヘイズを一分も足止めするとはな」


「がぁ! 俺は足止めされてねぇ! 遊んでただけだっつの!」


 あぁ、ダメだ……敵がステラに注目し始めた。

 さもすればコイツも魔王軍の障害として俺同様に目を付けられ殺されるかも知れん……特にあの半人半馬の魔族はいやに慎重で思慮深い性格の様だ。


「……なぁ」


「? なんだ?」


 半人半馬……確か赤兎だったか?

 そいつに向けて声を掛けてこの場の注目を俺一人へと集める。


「俺の命はくれてやる……だから代わりに他の命は見逃してくれ」


「おじさん?!」


 十中八九、いや確実に俺は殺されるだろう……どう足掻いたって無理だ。

 相手の手数が多すぎて反撃に移る事も、大技を放つ事も、逃げる事も出来ねぇ。

 ならやる事は一つ……俺の命で他の命を生かす様に交渉する事だ。


「馬鹿かおめぇ、お前を殺したらそのガキを筆頭に皆殺しにするに決まってんだろ」


「ククク、僕こういう強い武人が自分の負けを認める瞬間って好き」


 おうおう、白いガキは割とイイ性格してやがんな。


「一人だ」


「あん?」


「お前が見事我らのうち一人でも殺す事が出来たなら、一人の命だけ見逃してやろう」


 ……はっ! 慎重な性格かと思っていた赤兎の野郎の方が乗ってくるとは予想外だが、まぁそれなら良いだろう。


「赤兎?! お前らしくないぞ!」


「おじさんダメだ! 魔族が約束を守るとは限らない!」


 必要以上に口の多い魔族とステラの叫びが重なって木霊する。


「……ふん、我が魔王様に忠誠を誓った時の約定を忘れたか」


「……チッ」


 ほう、敵も一枚岩ではないし、それなりの事情があるみてぇだな……だがまぁ、ここで一番偉いのは恐らくあの赤兎って奴だろうから、問題はないか?


「その約束、果たされるんだろうな?」


「我が一族の誇りと祖霊の名誉に掛けて、武人として誓おう」


「それが聞けりゃ十分だ」


 本当に魔族の価値観は分からんが、これは分かりやすい。


「そこの口野郎じゃねぇが、良いのか? お前は慎重で、抜かりも容赦もない性格だろう?」


「戦とならば万全を尽くすのは敵対する者としての最低限の礼儀。……だが、子どもだけでも救おうとする親に対する礼儀はまた別である」


「ははっ……人間よりも好感が持てるよ、お前」


 詰まらなさそうにする赤兎以外の敵から視線を外してステラへと向き直る。


「って訳だ、悪いな」


「……おじさん、なんで」


 今にも泣きそうな顔をしたステラの頭に手を置く。


「勝手に父親面しておきながら大した事もできねぇ、情ねぇ大人の背中を見せちったな」


「……」


 勝手に死んだ息子と妻に重ねておきながら大した事もできず、コイツが嫌がるからと一線は引いた半端な態度ばかりで接して来た……猫可愛がりするばかりでコイツの意思を無視して安全な後方へと置こうとして失敗もしたアホだ。

 剣も教える事はまだあるし、いつかそれなりに心を開いてくれたら『復讐復讐』と口走る危なっかしいコイツを正道に導いてやろうかと……悠長に考えていた臆病者だ。


「だか安心しろ」


 本当にコイツの事を思って、本当の息子の様に扱うのであれば嫌われる事も承知で……大人の義務として子どものコイツを導いてやるべきだったんだ。

 結局はトラウマから逃避する為にコイツを自分の都合の良い様に利用しただけの、ただの精神疾患者のごっこ遊びだった。


「情けない背中ばかり見せた俺だけどな? これでも超強いんだぜ?」


「なん、で……」


 そんな俺が汚名返上するとしたら今だ。

 ろくに導いてやれなかったコイツに向けて何かを教えられるのは今だ。

 大きな大人の背中を見せてやれるのは今だ。


「いいか、ステラ​──」


 自分をぶっ壊すつもりで身体中へと、細胞の一つ一つを包み込む様に闘気を纏わせながら金属器を上段に構える。


「​──剣の振り方を教えてやる」


 これが最後だから、よーく見とけよ?


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