第21話.圧倒的な──
「──」
それは圧倒的な光景だった……お前は休んでそこで見てろ、と面倒くさそうに言ったおじさんが六つ目の魔族と同時に駆け出し放った雑な──それでいて完成された美しい振り下ろしの一撃。
お互いの金属器が接触する前に停止し、その間にある空間が歪んでたわむ様は本当に現実の出来事なのか確信が持てないくらいに衝撃的だった。
「……凄い」
つまりはそれだけで……テラが言うにはおじさんはあの六つ目の魔族よりも金属器との適合率や結び付きが強いのだと言う。
種族差としてある
「金属器は持ち主を傷付けないのか……」
途中でおじさんが金属器によって消し飛ばしたと思い込んでいた馬面が無傷のままおじさんを殴り飛ばす……その後の会話から、この魔族がおじさんの金属器の魔族側の持ち主である事が分かった。
……なんだか、とてと狡いと感じた。
人は金属器無しでは高位魔族を殺し切る事は出来ないのに、魔族側は素手でも人を簡単に殺せる……味方側の適合者を肉壁にしながら、他の金属器使いが攻撃するなんて戦法は魔族にしか取れないだろう。
おじさんが金属器じゃない普通の武器で攻撃しても馬面は死なないのに対し、おじさんは生身で馬面の一撃を食らえば良くて瀕死だろう……僕みたいに。
「でも、それでも──おじさんは強い」
最初の一撃で消し飛ばしたと思ったそれは、馬面を吹き飛ばしただけだった……でもそれは相手にダメージを与えられなくとも、衝撃を伝える事は出来るということでもある。
物がぶつかった時の慣性が働くならば、邪魔な肉壁を無理やり退場させる事が出来る。
おじさんはそうやって馬面を再度吹き飛ばし、金属器使いである六つ目の魔族を圧倒しまくった。
「金属器使いってこんなに強いんだ……」
『いえ、アルデバランさんが特別強過ぎるだけですね……あのルフ・デス・クローズの幻空間はほぼ完成された勇者でも抜け出すのは容易ではありません』
「……そうなの?」
『えぇ、彼は簡単にやってのけて軽く言ってはいますが……本当に凄い事ですし、それなりの負荷は掛かってると思います』
ほぼ完成された勇者でも抜け出すのに苦労する卑劣な攻撃を、おじさんはゴリ押しで突破したらしい……やっぱりあの人ゴリラか何かだよ。
村の森に行くと偶に出くわすんだよね、狩人のお爺さんは森の賢者だとか、割と優しいとか言ってたけど……外敵を殴り殺してる姿を見た事があるから信じられない。
「……おう、ステラ」
「……お疲れ様」
六つ目の魔族の首を刎ね飛ばしたおじさんが気まずそうに歩み寄って来るから、僕も自然とそっぽを向くかたちでぶっきらぼうに応じる。
そんな僕たちをテラは何処か安心した様な、呆れたような……そんな優しい表情を浮かべながらクスクスと笑う。
「あー、悪いな……遅れたようで」
「まぁ僕としては? 前線よりも得難い体験が出来たから良いけど?」
「ぐっ……」
おじさんが僕を危険から遠ざけたくて後方に置いた事は何となく分かってる……本当はこんな事が言いたいんじゃなくて、別れ際に吐いた酷い悪態について謝りたかっただけなんだけどな……なのに口から出るのはおじさんにとても効くであろう皮肉だった。
おじさんとしては、危険から遠ざけようとして置いた後方が一番危ない場所になったんだから何も言い返せないだろう……それが結果論だとしても。
『もう……ステラ、そうではないでしょう?』
「……」
テラからも窘められてしまった。
「まぁ、いいや……お前が無事ならそれでよ……」
「……」
酷く安堵した様な、おじさんの方が救われた様な……そんな歪な優しい顔でおじさんは僕の頭に手を置く。
煩わしいから退けたいけど、素直に謝れない手前どうする事もできず……結局ぶすっとした顔のまま黙って撫でられ続ける。
「お? やけに素直じゃねぇか」
「……うるさい」
「へっ! そのくらいの方が可愛げがあって良いぞぉ?」
「もうお終い!」
さすがに鬱陶しくなって乱雑に手を振り払う……まぁ、謝罪はこの後でもできから良いか。
今はそれよりもエリーゼと五右衛門君が心配だ。
お腹の傷は……勇者の超回復とテラの癒しによって動くくらいは問題ないかな? まだ完全に塞がってるとは言い難いけど。
そんな僕のお腹の傷を見て真顔になるおじさんに心配ないと手を振りつつ、聞くべきことを聞く。
「おじさん、エリーゼと五右衛門君は?」
「安心しろ、二人とも
「……そっか、良かった」
「俺たちも早く合流するぞ」
高位魔族に奇襲されてしまった時点でもうこの国はダメらしい……一度後方の国へと撤退し、それから義勇兵となって奪還作戦に従事する事になるだろうという事を説明される。
おじさんはこの後すぐにまた最前線に戻り、反攻作戦の為に送られた兵力を纏めあげて避難民たちの後を追わせるらしい。
いくら食糧事情が厳しいとはいえ、一応は反対した王様を押し切って決定された反攻作戦が大失敗に終わったのだから、後方の国々も大した文句も言えずに受け入れるだろうとの事らしい。
そんな事をテラと二人で『へぇ……』なんて感心しながら聞きつつ、立ち上がる。
「──クリカラァ? 生きてるぅ? 生きてるね、うん! はいもう大丈夫!」
そんな軽い調子の声が背後から聞こえ、唐突に発せられた声の主を探しておじさんと二人で振り返る。
「……貴様ら、か」
「うっは! ボロボロじゃん、超ウケる!」
「だから言っただろう? パープルヘイズ、一人や二人で先走るなと」
「うるせぇ! 俺は一人でもやれた!」
そこには
この状況を正確に理解する事を脳が拒む……テラは絶句し、おじさんは金属器を構えつつ冷や汗を垂らす。
「……お前ら、何者だ?」
掠れた声で、ただ一言はおじさんが声を発する。
「あ、コイツがアルデバラン? 全然無傷でピンピンしてんじゃん! ウケる!」
指が六本ある子どもの頭を小突いて半人半馬の魔族が前に出てくる。
「こちらの金属器使いを二人も殺害したお前を魔王様は高く評価してらっしゃる」
「……」
テラの必死の制止も聞かず、拾った剣を構える……ここで僕が逃げたら絶対に後悔するとわかってて背を向けられるはずが無い。
「このまま放っておけば勇者の次に我らの害となる……いいや、既に現時点での我らの一番の障害は貴様だと魔王様は仰られた」
「……過分な評価痛み入るねぇ」
なぜ今、おじさんが獰猛に笑っていられるのか僕には理解できない。
「まさかとは思うが、お前を殺す為に用意した駒が金属器使いに
「……」
「魔王様はここで確実にお前を殺せと命令なされた──覚悟はよろしいな?」
半人半馬の魔族はそう言って、持っていた緋色に鈍く光る薙刀を構える。
「金属器──ピティエ・トゥルビヨン」
子どもの魔族が金色に輝く本を構える。
「金属器──クリア・ノート」
身体中に口を持つ魔族が鉄扇を開く。
「金属器──ホイヒェライ・トロンべ」
見た目は完全に人の中性的な男性が何かの格闘技の構えを取る……その腕には淡く翡翠に輝く篭手が着けられていた。
「金属器──ペネトゥレイション・ダウト」
そして詰まらなさそうに馬面の魔族がおじさんの前に立ちはだかる。
「──では、死ぬ覚悟はよろしいな?」
──それは圧倒的な絶望だった。
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