第19話.怪力無双のパープルヘイズ
「じゃあ死ねや」
馬面の魔族が六本ある内の腕の一つを振り上げ、雑にその拳を……床に座り込み、折れた木剣を呆然と眺めているエリーゼへと振り下ろそうとしている。
「──させるかァァア!!」
寸前のところで一気に腰から抜き去った鉄剣で魔族の腕をかち上げる──硬っ?!
まるで思いっ切り岩をぶっ叩いた様な衝撃に手が痺れそうになる。
「あん? また性懲りも無く援軍が来やがったかと思ったらガキが増えやがった」
「……人間はそこまで人材不足であったか?」
「ぐぅっ……」
順番に左右の手を開閉し、痺れを振り払う。
今の僕が勇者として振るえる力はただ身体能力を強化するだけ……その膂力を以てしても全然奴の腕を斬り落とせそうにない。
悔しいけど、こんなの僕じゃ勝てない。
『……ステラ、逃げてください』
「……なんで」
心做しかテラの声が震えてる気がする……ここまで彼女が取り乱すのは初めてかも知れない、から僕も素直に耳を傾ける。
『いいですか? 特定の身体のパーツが六つある魔族は
「なる、ほど……」
あのオークに辛勝する程度の僕じゃ全く相手にならない格上の相手って訳だ……そして何よりも、僕の初撃は通用しなかった。
初見で必殺の技を見切るとかそんなレベルじゃない……不意打ちで放った一撃が何のダメージも与えられていない。
……こんな奴ら、金属器使いのおじさんが居なくてどうやって倒せって──
『──そして、あの六つ目の魔族が持っている戦斧は金属器です』
「──」
多分、今僕が感じてる感情が絶望とか……そんな名前が付くものなんだと思う。
本当に嫌になる……なんでそんな大物が二人も孤児院なんかを悠長に襲っているんだよ……なんの意味があるんだよ。
……彼らの行動理由がさっぱり分からない。
『だから早くここはステラだけでも──』
「──ごめん、無理」
『ステラ!』
珍しく声を荒らげるテラには悪いけど、コイツらは
それだけ偉い魔族ならさ、あの男の一人や二人くらい知ってるだろ?
「……おい、馬面と六つ目」
「あん?」
「む? ……まさかこの惨状を見て普通に話し掛けてくる子どもが居ようとは」
エリーゼと敵二人の位置を確認し、さりげなくすり足で移動しながら奴らに向かって尊大に話しかける。
「お前らは、そこそこ偉い魔族なんだろ?」
「なぁ、この無礼なガキ殺して良い?」
「まぁ待て、少し興味が湧いた」
なるほど、馬面は短気で六つ目は割と鷹揚な性格をしてるのか……やり合うなら馬面だな。
コイツなら金属器も持ってないっぽいし、一番生き残れる確率が高い。
……六つ目よりも高いだけで、限りなくゼロに近いけど。
「こんな変な仮面を付けた男と、モモチってちう気持ち悪い化け物を知らねぇか?」
絶対に忘れられず、今も目を瞑らずとも思い出せる憎いあん畜生……最低でもアイツら二人を殺すまで、僕は止まる気はない。
「……誰だっけ? 知ってる様な気がするわ」
「はぁ……俺と同じ《魔星》のクラーラとモモチだろ?」
「………………あぁ! アイツらか! 普段から全く表に出て来ないから忘れてたわ!」
やはり知ってたか……にしても六つ目と同じなんちゃらって事は、魔王軍の中でも相当な地位に居る事は確定か。
……って事はアイツらもどれだけ低く見積もっても
モモチは元々の形状が分からないし、仮面の男はちゃんと服を着込んで顔も仮面で隠してたから何処の身体パーツが六つあるのかは分からいけど。
「おい、お前にとっては仮にも上司なのだからアイツら等という呼び方はするな」
「良いじゃねぇか、どうせ直ぐに俺も《魔星》に成る」
「……もういい、お前には何を言っても無駄だ」
「そうだそうだ、諦めろ未来の同僚さんよぉ」
とりあえず仮面の男とモモチの情報は聞き出せた……今は魔王軍の中でも相当高い地位に居る重要人物だと言うことが分かればそれで良い。
そして、時間稼ぎと敵の意識を逸らす事は上手くいった。
「……五右衛門君、もう修復は終わった?」
「バッチリだぜ、相棒」
「テラ、初めて会った時に僕にしてくれた癒しの魔法は使える?」
『……そうですね、大地の精霊の祠から離れているので効力も弱まっていますが、使えない事はないです』
よし、なら良い……小声での会話で二人から必要な確認は取れた。
……なら、後は僕が成功するかだけ。
「おい、馬面」
「あん?」
「お前はどうやら出世するつもりらしいけど……その頭の出来じゃ無理だ」
「……なんだ? 安い挑発か?」
そうだ、僕を見ろ……賢ぶってはいるがこめかみに立っている青筋はバレバレだし、六つ目の魔族も興味深けに僕を観察している……事実、奴らにとっては僕が何をしようとどうとでも出来る余裕があるからのその対応だろう。
舐めれて悔しいけれど、今はそれで良い……甘んじてその屈辱的な評価を受けよう。
「馬鹿みてぇにパンパンに膨らませた筋肉と、多ければ良いっていうアホみてぇな本性が現れたその腕の本数……邪魔にならない?」
効いてる効いてる……僕の言葉一つ一つに逐一反応しては青筋を立て、顔を赤紫色にしているのがその証拠だ。
後ろの未来の同僚とやらを見ろよ、お前の背後の六つ目の魔族が呆れてため息を吐いてるぞ。
「あのな、俺はお前みたいなガキに──」
「──食事は行儀良く摂れよ、この駄馬が」
その僕の一言が切っ掛けになったのか……痛いほど静寂なこの空間で、目の前から何かが切れる音が聞こえた気がした。
「──死ねやクソガキがァァァァァァァ!!!!」
「──シャギール・カナリアァァアア!!!!」
怒髪天を衝く勢いで、怒りに任せて片側三本の腕を振り被る馬面の魔族に向かって──おじさんから教わった必殺技を放つ。
これを使用したら剣が使い物にならなくなるけれど仕方がない……これで一瞬でも隙を作ってからエリーゼを抱えて逃げ出す。
武器はその辺の兵士たちの死体から補充すれば良い。
「ギャァァァァアア!!!! このクソガキがァァァァァァアア!!!!」
「……ほう」
よし! 馬面魔族の腕三本を半ばから斬り落とした!
もはや刀身のない柄を捨てながら駆け出し、そこらに転がっていた兵士の死体が握っていた剣を拾い上げながらエリーゼへと手を伸ば──
「──死ねやァア!!」
「ちょっ、はやっ──ぶふぅっ?!」
ずるんと音を立て、緑色の粘液を飛び散らせながら生えた三本の腕によって盛大に殴り飛ばされる……咄嗟に新しい剣を前に出してガードしても意味なんて欠片もなかった。
むしろ奴の三つ拳と共に砕けた刀身の破片が僕の腹部にめり込んで内蔵をズタズタにされてしまう。
「──グボォッ!! ヴ"ォ"エ"ッ!!」
胃の内容物を吐瀉して地面に撒き散らし、まだ足りないとばかりに口と鼻から血を噴き出す。
馬面魔族の拳によって肋骨は砕け、内蔵は潰れ……さらには砕けた刀身の破片がグチャ味噌になった僕の体内にバラバラにめり込んでいる始末。
……勇者としての能力が無かったら普通に死んでたかも知れない……というか、死にそう。
『ステラっ!!』
「あ、相棒っ!!」
「だ、だ、め……ぐっげぼぉ……ふり、か……えら、ず……がぼぉっ?!」
テラと五右衛門君に心配は要らないとばかりにやせ我慢をしつつ、指をはるか遠く……おじさん達が帰って来るであろう北門を指差す。
吹き飛ばされる直前にエリーゼの服の襟を掴み取ったから一緒に飛ばされている……細かい傷はあるし、意識は失っているけど無事だ。
なら予定通りに五右衛門君がエリーゼを運びつつ、テラに癒して貰いながら逃げて欲しい。
「……ちょっと待て、何でお前まだ生きてる?」
「……それどころか、少しずつ傷が癒えている様にも見受けられるが……魔と人の間の子か?」
そうだ、僕にはこの勇者としての超回復がある……死なない、いや中々死ねないこの身体を盾としながら一分一秒でも時間を稼ぐ。
自ら腹に腕を突っ込み、ダメになったハラワタごと刀身の破片を無理やり取り出す。
「ぐがぁっ?!」
未だかつて経験した事のない苦痛に意識を失いたくなる……顔中から血や涙、鼻水などの汁を垂れ流しながらこれ以上の血液や臓腑が零れ落ちないようにお腹を抑えて蹲る。
『ステラ! お願い! お願いですから無茶をしないで下さい!』
ボロボロと泣きながら懇願し、エリーゼではなく僕に必死になって癒しを施すテラには悪いけど……こうしないと中々回復しないんだから仕方ない。
ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた内蔵の中に破片がめり込んでいる限り、全く再生が進まないんだから取り除くしかない。
そんな事よりも今は目の前の敵だ……憎むべき復讐相手の、この二人だ。
回復を待って動けない身体の代わりに、地面に額を擦り付けながら奴らの魂の底まで恐怖を刻み込む様に睨み付ける。
「……狂ってんのかこのガキは」
「……我々魔族との間の子だとしても、こうはいかんな」
「フッー! フッー!」
よし、五右衛門君は予定通りにエリーゼを抱えて逃げてくれた……彼は自分がこの場に居ても邪魔になるし、死体を増やすだけだと理解している。
……テラが僕の方を優先したのは予想外だけど、予想通りではある……彼女だけはこの場に残っても邪魔にはならない。
僕としては超回復がある僕よりもエリーゼや、既に何処かに逃げたであろうハンナやドコラの怪我の処置をお願いしたかったところだけど……少しだけ嬉しい気がする。
「気持ち悪ぃし、もう死んどけや──ギャアッ?! 目がぁァァァアア??!!」
「……うぅむ、これほど予想外の連続を人の子が繰り広げるとは……中々に面白い」
何処か気持ち悪そうに僕へと歩を伸ばした馬面の魔族に向けて不意打ちのデコピンをお見舞いする。
やはりどれだけ硬い皮膚と筋肉を持っていようが、眼球はちゃんと柔らかいようで……僕の弾き飛ばした指は狙い違わず奴の片目へと突き刺さった。
「ふぅっー! ふぅっー! もう絶対に許さん! 殺す!」
「子どもだからといって油断したお前の落ち度だ、パープルヘイズ」
「黙れ! クリカラはそこで見てろ!」
あぁ、クソ……いよいよ時間切れかな。
いや、でもエリーゼと合わせてかなりの時間稼ぎを……コイツらという大物二人の足止めをしたんだから上出来ではないかな。
なんか今にもテラは奴らの前に姿を表して飛び出そうだけど、何の意味もないから止めた方が良いと思うよ。
「お前の死体で剥製を作ってやんよ」
「今回の襲撃はほぼ収穫なしであったな」
最期の時まで目を逸らしてなるものかと……一秒も無駄にせずに奴らを睨み付ける。
「けっ! 気持ち悪い目をしやがって」
そんな僕の視界が無造作に振り下ろされる腕でいっぱいになる──前に目の前から馬面の魔族が消え去った。
「──留守番はちゃんと出来たか? バカ息子」
「これはこれは……」
代わりに僕の視界を占めたのは、魔軍へと攻勢を仕掛ける為に僕を置いて出撃したはずのおじさん──王国最強の聖騎士であるアルデバラン・グラウディウスだった。
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