第18話.奇襲

 

「ありがとうねぇ」


「いえいえ、お気を付けて」


 何だか平和だなぁ……本当に今金属器使いを失った魔軍への大攻勢を仕掛けているんだろうかってくらいに穏やかな時間が流れている。

 事件らしい事件といえば、先程の様な足を悪くしたお婆さんの荷物を持って自宅まで案内したりする程度……良い事なんだろうけど、いまいち腑に落ちない。


「……平和だなぁ」


『平和で良いではありませんか』


「まぁでも確かに、本当に今日が反攻作戦の決行日か? って気はするよな」


 子どもは何処かに遊びに行けとでもばかりに警邏係けいらがかりを押し付けられのは良いけれど、王都が広すぎて道を覚えるのも一苦労だよ。

 しかも広いだけじゃなくて道も中心部による度に複雑に入り組んでくるし……聞けばなんでも、敵の襲撃時に時間を稼ぐ為らしいけれど、本当に効果があるのかどうか疑問を覚える。


「まぁ、とりあえず地図を元に道を地道に覚えるしか──っ?!」


 何の前触れもなく激しく揺れる地面と轟く爆発音によって体勢を崩して転げそうになる……何事かと周囲を見渡せば辺りは騒然としていて、ここより少し離れた場所から上がる黒煙を見上げている。

 驚きで転けてしまった子どもの泣き声をバックに先ほどの衝撃で割れてしまった五右衛門君の破片を急いで掻き集める。


「わ、悪ぃな相棒」


「五右衛門君が割れるのは何時もの事でしょ! それよりも急ぐよ!」


「サラッと流された……」


『仕方ないですよ』


 地図と黒煙が上がった方角を急いで見比べる。

 ここが王都の南東にある住民の多くが住む下町地区で、黒煙が上がった場所はここから真北にあるから王都の北東部分……そこには兵士団や警邏隊の詰所と一緒に教会や孤児院が──


「──エリーゼ!」


 まずいまずい! 凄くまずい!

 もしもこれが魔軍の襲撃であるならば非常にまずい……初手で住民の避難を呼び掛ける警邏隊と、彼らが避難民の誘導を完了させるまでの間に時間稼ぎをする兵士団を抑えられた!

 それだけじゃない……あそこには僕が助けて預けたエリーゼ達が居る!


「あぁ、もう! 道が分からない!」


『ステラ! 落ち着いて! 私が先行して上の安全を確認します!』


「上から確認しても道なんて──いや分かった、頼む!」


『任せてください!』


 まだ修復途中の五右衛門君の破片を腰に吊るした布袋の中に入れて元気よく頷いたテラの合図を待つ。

 五右衛門君には窮屈かも知れないけど、修復が終わったらちょうど良くすっぽり収まるサイズの布袋だから我慢して欲しい。


『ステラ! 上に障害はありません!』


「──よしっ!」


 テラの安全確認が終わると同時に足をバネの様にして、勇者として目覚めたその時から少しずつ強化度合いの上がっていっている身体能力を解放して一気に跳躍する。

 石畳を踏み割り、真上へと一直線に跳んだ僕はそのまま重力に引かれるままに建物の屋根の上へと着地する。


『その屋根は脆そうですから、少し遠回りになりますがこちらから』


「わかった」


 テラの先導の下、屋根の上を駆け回り跳ね回る……ちょっとお行儀が悪いし後から苦情が来るかも知れないけれど、今は非常事態として見逃して欲しい。


「ま、魔族だぁ! 魔族が攻めて来たってよ!」


「なんで魔王軍の奴らが王都に居るんだよ?!」


「ブンブルガ平原に行った軍は何してんだ?!」


「そんなもん負けたから王都が襲われたに決まってんだろ!」


「……っ」


 まさかおじさんが……いや、そんな筈はない……ない筈だ!

 あんだけ強くて、敵の金属器使いすら倒してみせたらしいおじさんがこんなにも早く負けてしまう訳がない!

 もう何がなんだか分からないままに唇を噛み締めながら、今はエリーゼ達の安全確保が先だと歩を早める。


 ▼▼▼▼▼▼▼


「はぁっ……! はぁっ……!」


 ──手足が震えて止まらない。

 木剣の切っ先は絶えずブレ、目の前に居る相手へと焦点を合わせない。

 足に力が入らず、これでは踏み込みも弱くなる……まともな斬撃なんて多分放てない。


「おっほぉ〜! 人間のガキとか食った事なかったけど、割と弾力あって美味ぇじゃん!」


 ──吐きそうだ。

 今私の目の前でハンナやドコラを食い散らかす馬面の魔族……はち切れそうな筋肉の鎧を身にまとった紫色の肌をした魔族。

 器用にも六本ある腕を使ってハンナ達や、牢屋で世話を焼いてくれたジェシカお姉さん……それに院長のお婆さんを食べ比べている。


「おい、遊んでいるのか? ここに来た目的を忘れたのか?」


 ──今にも逃げ出したい。

 馬面の魔族に背を晒せば私なんて即座に床の染みになるしかないし、それ以前に敵は……魔族はもう一人居る。

 巨大な斧を……涙を絶えず流し続けている・・・・・・・二人の女性の骸骨が刃を支え、柄の部分がその女性の骸骨の背骨が絡まりあっただけの悍ましい戦斧を背中に背負った六つ目の魔族。


「いや、忘れてねぇよ? でも目的の奴が居ねぇんだから少しくらい良いだろ?」


 ──怖い。

 六本の腕を伸ばして当然の様に人間を貪り食う馬面の魔族が……救援に来てくれた兵士や騎士の大人達の亡骸の上で胡座をかいている六つ目の魔族が……酷く恐ろしい。


「はぁ……食べ過ぎて肝心な時に腹が痛くて動け動けん、なんて事にはなるなよ?」


「大丈夫だって! そこで震えてるメスガキまで食っても全然足らねぇからよ」


 ──冷や汗で服が身体に貼り付いて気持ち悪い。

 そうだ、次は私だ……ただただ下の子達が食べられていく様を無力にも眺めているだけで何も出来なかった私にお似合いの末路だろう。

 震えていて、助けを呼ぶ小さな子たちの声に反応する事すら出来なかった。


「いやぁ、しっかし誤算だったぜ……まさか人間共が反攻作戦をしようとしてたなんてなぁ! お陰で目的の人物とすれ違いになっちまったぜ!」


「……ふむ、『待て』をされて最初に堪え切れなくなったのは人の方であったか」


「ギャハハハ! アイツらの堪え性はゴブリン以下かよ?!」


「下品な……食べながら大口を空けて笑うな」


「おっと、こりゃ失敬」


「うっぷ……ヴ"ォ"エ"!!」


 ──みっともなく吐いた。

 大口を空けてバカ笑いする馬面の魔族の……その口の中にいるドコラの顔と目が合ってしまって耐え切れなかった。

 涙が滲んで仕方がない……汗で張り付いた髪の毛が鬱陶しい。

 ガタガタと震える事しか出来なかった、みっともない私の中に今ある感情は目一杯の恐怖と──


「おい汚ねぇなぁ? こっちは食事中なんだぞ!」


「お主が言うな」


「そりゃそうだ! ギャハハハ──お?」


 ──少しの憎悪だけ。


「──はぁぁぁぁああ!!!!」


 恨めがましいドコラと目が合ってしまった時、私はお姉ちゃんなのにごめんねという自罰的な感情と、そんなんで本当に今度はステラを守る側になれるの? というここに来てまで頭に過ぎる自己中心的な願望。

 そして、そして……いきなり現れては理不尽にも全てを奪って行くコイツらに対する憎しみの感情ッ!!

 私から両親と故郷を奪っただけじゃ飽き足らず、次に出来た居場所や私の自尊心を奪い貶めた……絶対に許せる筈がない!


「──で、気は済んだか?」


「──」


 ……渾身の踏み込みだった、奴らへの憎悪を薪として自身を奮い立たせて放った最高の一撃だった。

 ステラから教わった通りに今まで彼から貰った木剣を振り続けて来た……練習通りに出来たはずだった。

 床板を踏み割り、左右の手でバランス良く、両手がくっ付かない様に持って背中全体を使って振り下ろした……けれど、この結果はなんだろう。

 白けた表情の馬面の魔族の腕の一本でも切り落とすつもりで放った私の斬撃は、奴には傷一つ付ける事も出来ずに──目の前で折れた木剣が宙を舞っている。


「その歳で薄らと闘気を纏ってんのは才能があって凄ぇんだろうが……何がしたかったんだ?」


「あれだろう、人間の大好きな『一矢報いる』……というやつだ」


「はんっ! くだらねぇ」


 彼から……ステラから貰った木剣が折れてしまった事で、私の全ても尽きてしまって何かがポッキリと折れてしまった音が聞こえた気がした。

 その場で力無くペタンと座り込み、折れた木剣の柄を呆然と見詰める事しか出来ない。


「で、その一矢が折れたらこうなる訳だ! ほんっとにくだらねぇなぁ?! ギャハハハ!」


「はぁ……食事は黙ってしろ」


「へいへい……じゃ、この赤髪のメスガキも殺すか」


「……っ」


 震えてる様が余興になったのになぁ、なんて少し残念そうに呟く馬面の魔族の、その口の中に転がるハンナの顔が──エリーゼお姉ちゃん、と呟いた気がした。


 ▼▼▼▼▼▼▼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る