第17話.反攻作戦当日
「なぁー、そろそろ機嫌直せよ相棒」
『あわわわ……』
ムスッとした表情を隠しもせず、道端の小石を蹴りながら王都の街道を歩いていると五右衛門君から見上げられながらそんな事を言われる。
テラはテラでどうしたら良いのか分からないのか、口元に手を当てて変な声を出しながらあっちこっちに目をさ迷わせてる。
「あれだぜ、おっちゃんの判断は正しかったと思うぜ」
『うん! うん!』
五右衛門君の言葉とそれに強く頷くテラに顔を背けながら、反攻作戦の打ち合わせの際のやり取りを思い出す。
…………
……
『ステラ、お前は留守番だ』
『は?! なんでよ?!』
『今回の反攻作戦で守りの薄くなる王都に各隊から人員を数人ずつ引き抜く事が決まった』
『それが何で僕なんだよ?!』
『……お前、どうせ団体行動できねぇだろ?』
『それはっ……!』
…………
……
今思い出しても納得できないし腹立たしい……やっと本格的に魔王軍の奴らに報いを与えられると思ったのに、ここに来て道を塞がれた形になる。
その後もできる限りの反論はしたけれど、上手くおじさんに丸め込まれてしまった。
酷く悔しい。
「でも最終的には納得したからここに居るんだろ?」
「それはっ……まぁ、そうだけど……」
可能性は低いけれど、もしも王都に何かがあった時に真っ先に孤児院に駆け付けられるのは僕しか居ないと言われれば従うしかない。
他の隊から引き抜かれた人達は王国の騎士や兵士が大半で、何かあった時は真っ直ぐに王城へと向かうし、僕と同じ義勇兵たちであっても自分と関わりのある人達の安全を確保する事を優先するだろう……そうなると何処にも身寄りや伝手のない孤児達の守りは皆無となる。
これは僕と同じ留守番組の兵士団のおっちゃん達も同様で、王国の兵士である彼らはまず王侯貴族の安全を確保しなければならない……これは義務でもある。
「ほら、もしもの時にエリーゼとか、せっかく相棒が助けた子ども達が誰にも守れなくて死んでいくとか嫌だろ?」
「……そうだけど、ここに魔王軍が来る可能性は低いんだろ?」
偵察隊の情報では各地に散っていた敗残兵やゲリラ部隊も含めて魔族達は最前線……決戦の地である『ブンブルガ平原』に集って来ていて、どう多く見積もっても王都を襲撃できる程の規模の軍勢は他には見当たらないって話だったはず。
残っているのは本当に臆病なゴブリン等の魔族とさえ看做されない魔物が百に満たない数のみ……普通に王都に常駐してる門兵や守備兵だけで事足りる。
「だったら僕だって戦場で戦って、より多くの魔族を討ち取って義勇兵の皆が口減らしにならない様に土地を取り戻す手伝いをしたかった」
『ステラ……』
彼らの中には僕と違って、土地さえ戻ればやり直せる人達だって大勢居るんだ……『勇者が現れるかも知れない』なんていう理由で皆殺しにされ、畑もダメにされた僕とは違うんだ。
魔王軍が本格的に攻めて来る前に村を離れる決断をした人達だって居るだろう……彼らはまだ、奪われてても取り返せるんだ。
「僕とは……僕とは違うんだ……」
「……まっ! そう深く考えずにさ、元気出せよ相棒!」
努めて明るい声を出しながら、そんな事を言う五右衛門君に目線だけで振り返る。
「言っただろ? もしもの時に孤児達を優先して守りに行けるのは相棒しか居ねぇって」
「……」
「孤児達はさ、相棒と同じ
「……っ!」
……そうだ、あの子たちは僕と同じ……故郷だけでなく家族も奪われて、取り返す事も出来なくて……そして、僕とは違って戦う力も無いんだ。
「だったらさ、あの子達からこれ以上奪わせないように相棒が守るしかないだろ?」
「……そうだね、ありがとう五右衛門君」
「ばっかおめぇ、俺たち相棒だろ?」
「ふふ、そうだね」
うぅむ、まさかこの奇怪な埴輪の親友に諭されるとは思わなかったな……確かに少しだけ視野狭窄に陥っていたかも知れない。
ダメだなぁ、こういう時に僕はまだ子どもなんだと自覚してしまう。
『ふふ、とりあえず今はパトロールを続けましょうか』
「そうだね」
何処かホットした様子のテラに促されるままに、何も異常がないか確認しながら王都を回る。
……ちょっと辛く当たり過ぎたし、おじさんが帰ってきたら謝らないとな。
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「……そろそろ落ち着いてくださいよ団長」
隣から掛けられる声にビクッとしつつも、努めて冷静さを装って振り返る。
「……なんだ、カイン」
「はぁ……なんだじゃないですよ、なんだじゃ」
この兵士団の副長の言葉に周囲で聞き耳を立てていた部下たちの全員がうんうんと首を縦に振りながら首肯する。
……そんなにソワソワしてたか?
「そんなに王都に残したステラの事が気掛かりなら、なんで無理やり後方に置く様な事をしたんですか?」
「……それが一番安全だったからだよ」
言うまでもない事を聞くな。
アイツはまだ十歳の子どもでしかない……そらゃ多少、いや俺の部下たちよりも強かったりはするが……それだけだ。
あんな年端もいかない子どもを激戦が予想される死地に連れて行く必要はない。
「その結果ステラには嫌味を言われて、団長は団長で安全な後方とはいえ自分の傍に居なくて大丈夫なのか不安で仕方ない、と……」
「……うるせぇ」
最初はせめて自分の手の届く範囲に居てもらいたくてアイツを引き取った……けど、アイツの世話を焼いてやる度にステラが目の前で死ぬのが怖くなった。
ステラには怒られるだろうが、俺は完全にアイツと自分の死んでしまった息子を重ねちまっている。
その結果が自ら死地から、自分の手の届く範囲から遠ざけてしまった……そのくせ後悔していると来た。
……いや、本当に情けねぇ限りだ。
「でも、今は王都がこの国で一番安全なのは事実なんですから」
「そのはず、なんだがなぁ……」
「……何か懸念事項でも?」
どうも胸騒ぎして止まらねぇ……顎を擦りながら本当にこのまま進軍しても良いものかと考える。
即座に副長としての顔を出して背筋を伸ばすカインには悪いが、自分でも違和感の正体が分からねぇ。
「いやなに、静か過ぎると思ってな」
「静か、ですか?」
「あぁ」
本当に魔軍の指揮系統は回復してんのか? なぜここにまで奴らの耳障りな興奮した叫び声が聞こえねぇ?
それに
それも人類軍を遥かに上回る規模の軍隊ともなれば、それ相応の化け物が指揮するはずだ。
……俺が殺した金属器使いみたいな、な。
「静か過ぎんだ……そう、まるで飯を前にして『待て』をされた犬みてぇな……」
「待てをされた犬ですか……」
自分よりも遥かに格上の上位存在の後ろ盾によって肥大化した奴らの闘争心は今か今かと燻ってるはずだ……それなのにこの静かさだ。
奴らは上の命令には基本的に絶対服従するからな、こうもお行儀よくしてんのはトップからの命令以外に有り得ねえだろう。
「その推測が正しいとして、士気を上げるチャンスをみすみす逃す理由はなんでしょう?」
「分からねぇな……もしくはトップが留守にしている間に勝手に突撃しないようにっていう命令が…………そういう事か」
「団長?」
まずい、これは非常にまずい。
どうか俺の妄想であって欲しいが……こういう時に限って俺の勘は当たりやがる。
「伝令! 至急王都にお戻りください! 現在王都は複数の高位魔族の少数精鋭による奇襲を受けております!」
「なぁっ?!」
「クソッタレめッ!!」
王都から急いで飛ばされたであろう早馬の報せを聞いてすぐ様馬に鞭打ち進路を変更する。
「全軍反転! これより我らは王都に帰還する!」
……頼むから、無事で居てくれよ?
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