第16話.嵐の前の静けさ


「どうもきな臭せぇな」


「……何が?」


 昨日の夜、唐突にテラによく分からない商人の失敗話を聞かされて寝不足の目を擦り、欠伸を噛み殺しながらおじさんに振り返る。

 本当にテラが何をしたかったのかが分からない……こっちは田舎の農村出身で文字の読み書きすら覚束無い程に無学だっていうのに、商売の事なんて分かる訳がないじゃないか。

 王都の中で目に付いた派手なポスターの内容すらも字が読めなくて分からなかったくらいだし。


「いやなに、俺が魔王軍の指揮官をぶっ殺した事を差し引いても静か過ぎんだよ」


「トップを殺したら散り散りになったとか言ってなかったっけ?」


 確か敵の金属器使いを殺したから低級の魔物は逃げ出し、一部の魔族が部隊を取り纏めておじさんに会敵しない様にゲリラ戦を仕掛けて来ていたとかいう話だったはず。

 僕の時もあのオークを殺した時にゴブリンや豚頭たちは我先にと逃げ出したからね。


「最初だけならな。……金属器使いじゃなくても、普通にクソ強ぇ高位の魔族は俺たちが軽く絶望するくらいには居るんだ……そもそも一国や二国程度じゃなくて、人類全体に戦争を吹っ掛けた相手が指揮系統を整えてねぇなんてのは有り得ねぇ」


「……なるほど」


 確かに最初の内は激しく混乱するだろうけど、時間が経てばこの兵士団でいう副長さんがおじさんの代わりに指揮を執るだろうし……そうでなくてもおじさん一人では対応し切れないくらいには未だに戦力差は圧倒的らしい。

 他国の援軍があるとは言え、いつこの国が滅んでもおかしくないくらいの戦力を抱えているのにも関わらず散発的なゲリラ戦を仕掛けてくるのがおじさんにはきな臭く思えるらしい。


「上はこの事態を受けてチャンスだと、反攻作戦を考えているらしい」


「ん? でもまだ戦力差が圧倒的なんでしょ? こっちから攻めても勝てるの?」


 一度だけ、それもほんの少しの時間だけ顔を合わせた程度だけど、あの王様はそこまで短絡的な考えをする人だとは思えないけど。


「勝てる訳がねぇし、陛下はもちろん反対したんだがな……人類も一枚岩じゃねぇ」


「……」


「こんな非常事態でも足の引っ張り合いが大好きなみてぇでな……それにどう足掻いても小国の俺たちには拒否権なんてねぇ」


 あー、なるほど……いつもの小難しい〝大人の事情〟ってやつかな。

 詳しい内容も分からないし、聞いても理解できるとは思えないけど……こんなんで本当に魔王軍に勝つつもりでいるのだろうか。


「そもそも何で敵の活動が消極的になった程度で反攻作戦を?」


「…………そろそろ食料が限界なんだよ」


「……そっか」


 それっきり会話が途絶え、ただ馬の蹄が大地を叩く音だけが響き渡る。


「な、なぁテラの姐さん? 食料が限界ってどういう意味だよ?」


『……恐らく魔王が目覚めて人類への侵攻を開始して三年近く、その間に滅ぼされた国はいくつもあるでしょう』


 小声で交わされるテラと五右衛門君の会話に耳をそば立てる。

 ちょうど僕も詳しい内容というか、理屈というか……そういうのが知りたかった。


『その度に各国は溢れる難民を受け入れて来たでしょう……もしも自分たちの国が滅んでしまった場合に受け入れ拒否をされない様に』


「へぇ、話を聞いてるだけだと足の引っ張り合いしかしてないかと思ってたけどさ、助け合ってるじゃん」


 最悪の事態の時に自分たちの命だけでもまた助けて貰える様に、そういった打算まみれの考えの下だろうと難民を受け入れてくれるのは有り難いとは思う。

 ……まぁ、多分そのせいで年々僕らの村への税とかが重くなっていったんだろうけど。


『打算ありきですけどね……しかしそれも限界なのでしょう』


「なんで?」


『難民という扶養すべき人々は増えますが、それに反比例するように……作物を育てる土地が減っているからです』


「……」


 ……僕の村も死んだしな。


『もう既に各国、この大陸の国々はいっぱいいっぱいなのでしょう……だからこそ、ここで反攻作戦なのです』


「……でも、あれだろ? 勝てるか分からないんだろ?」


 そうだ、五右衛門君の言う通りどうせ勝てなければ意味がない……無駄に戦死者を出して終わり​だろう。

 それこそ軍隊を動かすのに大量の食料が必要だし、負担が増えるばかりな気がする……おじさんと各地を回る度に大量の荷物を用意してるのに、それが大軍規模になるとどれほど必要なのか、僕では見当もつかない。


『えぇ、別に勝てなくても良いのでしょう……王都中に貼り出されたポスターを見れば分かるでしょう?』


「……『汝の故郷を取り戻さん。仇敵を討ち、名誉と故地をこの手に』、だったっけ」


 ……五右衛門君も文字が読めたんだ、少しだけショックを受けてる自分が居る。


『えぇ、ここで義勇兵や志願兵として・・・・・・・・・・難民を戦場に送り込むつもりでしょう』


「え、それってまさか……」


『……そうですね、体の良い口減らしです』


 あぁ、なるほど……今になっておじさん達、周囲の大人が僕の立候補を止めようとした理由が分かった気がする。

 義勇兵なんて綺麗な包装がされているけれど、その実態は『自分たちの為に死んでもらう人達』なんだ……それを募集してたんだ。

 ……きっと、あの王城の場で集まっていた人達……僕が殴り飛ばした人も含めて全員が……多分気付いていて手を挙げたんだろう。


『そうして自分たちが一度は受け入れた難民たちに名誉ある戦死をして貰う事で、やっと人類側はは一息がつける……そういう状況なのでしょう』


「……もう滅んだ他国民の面倒を見る余裕が無くなったって事っすか」


『……そうなりますね』


 ……今度会えたら、あの人に……僕が殴り飛ばしてしまった人に謝らなきゃな。

 多分だけど、あの人も色々と辛い思いをして来ただろうに、ヒール役を買って出てまで僕を自殺志願者から降ろそうとしてくれたんだから。

 まぁ、それはそれとして……あの時に実情を聞かされていたら止まったかと聞かれたらハッキリと『違う』と答えるだろうけど。


「……」


 僕はもう止まれない……止まれないけれど、止めてくれようとした人に対する感謝だけは忘れてはならない様な……そんな気がする。


「ステラ」


「なに、おじさん」


「帰投したら先ほど話した反攻作戦の準備や各自の配置なんかを決めるからな、覚悟しておけ」


「……分かった」


 せめて反攻作戦口減らしが始まる前にあの人に会えたら良いな……そんな事を考えながら、いずれ来る決戦に向けて気を引き締める。


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