第14話.孤児院


「おーい、相棒! 休日くらい何処か出掛けようぜ!」


 王城の敷地内にある兵士団の訓練場で木剣を唯ひたすらに……無心になって上から下に振り下ろすという事を繰り返していると五右衛門君がそんな言葉と共に姿を表す。

 木剣を近くのベンチに立て掛け、腰から下げていた手拭いで汗を拭き取りながら振り返る。


「休日もずっと剣を振ってるだけとか気が狂うぜ」


『そうですよ、たまには休息は必要です……アルデバランさんだってきちんと休めと仰っていたではないですか』


「……」


 五右衛門君に足をぺちぺちと叩かれながら揶揄う調子で言われ、テラには心配そうな顔で小言を貰ってしまった。

 まぁ確かに二人が言う事も尤もだと考え直し、ため息を吐きつつ同意する。


「お、相棒の息が白い」


『私は感覚が無いので分かりませんが、もう冬が近付いているんですかね』


「……そうか、もうそんなに経つのか」


 あれからいくつかの魔族に率いられた魔物のゲリラ部隊を国中を回って潰して回った……その度におじさんに同行し、剣を習って来た。

 けれどおじさんの領域にはまだ近付けないどころか、朧げな輪郭すら見えない。


「てかよー、アルデバランのおっちゃんすげぇよな! 俺らと王都の前で初めて会った時が魔族の金属器・・・・・・使いを殺した・・・・・・帰りだって言うんだからよ!」


「……確かに、おじさんは強過ぎる」


 この王国の北にある巨大な帝国を含めた数カ国を蹂躙した魔王軍の前線指揮官であった金属器使いとの一騎討ちで勝ったというのだから……それでいてあの時、初めて会った時に疲れすら見せていなかった。

 今まで帝国を含めた数々の滅びた国で猛威を振るったであろう自分達の金属器使いであり、総大将が死んだ事で知能の低い低級魔族を筆頭に魔王軍は散り散りになり、ある程度知能のある奴らはおじさんを恐れてゲリラ戦に終始し、膠着状態に陥っている。


「ある程度の仕事を部下たちにさせた後はおじさんの独壇場だったしね」


 これまでで合計七回も出撃したけれど、そのどれもが殆どおじさんの手によって戦闘が終わってしまっている。

 元々低位の魔族は気の弱い奴らが多く、高位の魔族や金属器使いに寄生する事で集団の体をなしている。

 だから人類側は大軍で圧倒的な物量の魔王軍を僅かな間だけでも足止めし、その間に自軍の金属器使いや国内最強の戦士たちで指揮官などの暗殺などを試みる。


「話に聞いたけどよ、アルデバランのおっちゃんがまず剣の一振りで魔軍のド真ん中に道を作ってから突撃したんだろ? やっべーよなぁ!」


 割とミーハーな五右衛門君のおじさん武勇伝を聞きながら王城の敷地内から外へと出る……一応お出掛けとは言うが、今は国家存亡を掛けた戦争の最中だから何処も薄暗い雰囲気が漂っている。

 そんな中でも人々の顔から小さな希望が失われないのはひとえにおじさんの存在があるからだろうし、今は大規模な合戦はないから物流にも多少の余裕があるからだろう。


「お、なんだ? お前らも出掛けるのか?」


「おー! 噂をすればアルデバランのおっちゃんじゃねぇか!」


「お? なんだなんだ?」


 目的もなくブラブラと歩いていると偶然にも話題の中心だったおじさんと出くわす。


「いやなー? アルデバランのおっちゃんが凄いよなって話してたんだよ!」


「お? 分かってんじゃねぇか、ステラもあれだけ生意気な態度を取ってるくせによ〜!」


「……うるさい、頭を撫でるな」


 ニタァ、と厭らしい笑みを浮かべて調子に乗りながらおじさんは僕の頭をグリグリと撫で回す。

 ……本当に鬱陶しいし、僕の頭を事ある毎に撫でてくるのはどうなんだと思う。

 僕はおじさんの息子ではないし、なれないのに……まぁ振り払うだけにしておいてあげるけど。


「よっしゃ! 今日は何か好きな物を奢ってやろう! 感謝するが良いぞ! ガハハ!」


「マジで?! やったー!!」


『ふふ、良かったですねステラ』


「……」


 何でも好きな物、か……そうだな、今まで乱雑に頭を撫でくり回された仕返しに少し困らせてみるか。


「……孤児院」


「お?」


「孤児院に差し入れして欲しい……それが僕の欲しい物」


「……そうか」


「別に断っても良いけどね」


 何となく……そう、何となく顔を逸らした僕の頭をおじさんは意外にも丁寧に優しく撫でた。


「あ、じゃあ俺の分もそうしてくれよ」


「お? 良いのか五右衛門?」


「へっ、俺と相棒は一心同体だからな! な!」


 ……五右衛門君とはいつの間にか一心同体になっていたらしい。


▼▼▼▼▼▼▼


「こ、これはこれは兵士長様……この度は何の御用でありましょうか?」


 非番の兵士団の内の何人かを無理やり荷物持ちに引っ張り出したおじさんが孤児院……正確にはこの魔王軍との戦争で親を失った子たちの為に新たに建てられた『大地の慈悲』という大陸各地にあるという施設にやって来ると、初老のおばさんが慌てた様子で出て来る。


「いやなに、ただの善意の寄付だよ……なっ! ステラ!」


「……うるさい」


 ニヤニヤとしたおじさんの顔がクソうざくてムカつく。


「……」


「……っ」


 顔を顰めながらおじさんから目を逸らした先で視線がぶつかり合う……赤髪の、僕と同い歳くらい少女の鋭い眼光に睨まれ思わず肩が上がる。


「……」


「……」


「…………」


「…………えっと、久しぶり……だね?」


「……うん」


 良かった、返事は返してくれた​──ってどっか行っちゃった。


「お? フラれたな!」


「本当にうるさい」


「本当とか言うな」


 にしても凄い勢いで走っていったな……気を抜いてたのもあるだろうけど、まるで目に追えなかった。


「団長! 運び終わりましたぜ!」


「おう、さんきゅ! 今度飯を奢ってやるからな!」


「ひゃっほー! 団長愛してるー!」


「野郎に言われても気色悪いだけだろうが!」


 あ、荷物が運び終わったみたい……僕としては普通に子ども一人に安いお菓子を一つずつとか考えていたんだけど、食料や衣類を始めとした物資が淡々と孤児院の前に積み上げられている様は凄い光景だ。

 出てきた院長らしき初老のおばさんも口をポカンと開けて呆けている。


「こ、こんなにして頂いて何とお礼を申し上げて良いやら……!」


「ハハハハ、お礼ならコイツに言いな」


「いや、おじさんのお金で買った物だし、お礼ならおじさんが受けなよ」


 何となく面倒臭い感じになりそうだからと、それだけ言ってさっさと孤児院の中に入る。

 歳上から頭を下げられたりするとか、慣れないから絶対に嫌だからね。


「あ、ステラ!」


 僕が孤児院に入ってすぐに子ども……エリーゼ以外の魔族から助けた四人かワラワラと集まってくる。

 助けた当時は喋る元気もあまり無さそうだったけど、今は僕の下へと駆け出すくらいには状態は良いらしい。

 ……そう考えると、エリーゼの無口は素なのか。


「みんな元気?」


「もちろんだよ!」


「エリーゼは?」


「エリーゼ姉ちゃんは……なんて言うか、一人でずっと剣を振ってる」


「剣を?」


 この孤児院に剣なんて物騒な物があったのか……まだ小さな子どもも居るのに大丈夫なのかな?


「ボク達にはただの木の枝にしか見えないけど、これは剣だって言い張るんだよ」


「あ、そういうこと……」


「今度は私がステラを助けるんだって言って毎日訓練を​──いたっ!」


「……っ! ……っ!!」


 目の前の歳下の小さな子が必死になって語ってる途中で横から伸びた手に拳骨を落とされる。

 驚いてその犯人を確認すると、真っ赤に顔で口をパクパクさせながら拳を握り締めるエリーゼが居た。


「あ、エリーゼ姉ちゃん」


「ほら、だから言ったじゃない! 秘密にしてないとダメだって」


「ごめんなさーい」


 子ども達は気楽なものだけれど、当のエリーゼはまだプルプルとしてる。


「あの」


「っ?!」


「エリーゼは​──って逃げちゃった」


 ……また逃げられたな、それも凄い速さで。


「ステラがフラれてやんのー!」


「違うわよ! あれはテレカクサンって言うのよ!」


「照れ隠しでしょ?」


「それよ! それを言おうとしたの!」


 ……まぁ、助けた子ども達が無事に元気そうで良かったかな。

 この分だと、他の三人の女性たちも孤児院と併設された身寄りのない大人用の施設で元気に暮らしてるだろう。


「おーい、お前らも向こうで遊ぼうぜー! お菓子が貰えるぞー!」


「わかったー!」


「じゃあね、ステラ!」


「またね!」


 そのまま別の子ども達に呼ばれて去って行った背中を見つめながら、一度エリーゼとも話してみようと思う……彼女の口からも現状とかを聞いておきたいしね。


「あの子らを見てると、相棒ってやっぱり普通の子どもとは違うんだな〜」


『ふふん、私の勇者ですから』


「……テラの姐さん、それマジで言ってます?」


『そうですが?』


「そうですが?!」


 ……今さら僕が普通の子どもになんて成れる訳がないよ。

 可笑しなやり取りをしているテラと五右衛門君の二人を置いて、エリーゼが去っていた方へと歩き出す。


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