第13話.必殺技


「何見てるの?」


「……まだ起きてんのか、ガキはもう寝ろ」


 村での魔物掃討はほぼ全て僕に格好つけたがったおじさんの操る金属器によって成され、予定より早く終わってしまった。

 その帰り道での野営……深夜に中々寝付けなくて起きた僕の視界に入ったおじさんへと声を掛ける。

 覗き込んだおじさんの手元にはおじさんに似た若い男性と、綺麗な女性の間で笑顔を浮かべる小さな幼児の絵があった。


「どうしても眠れなかったんだよ……五右衛門君はスヤスヤしてるけど」


「埴輪も寝るのか……って、いや、そうじゃなくてな? なんだ? 怖い夢でも見たのか?」


 絵を懐に仕舞い込みながら、おじさんは揶揄う調子でそんな事を言う。


「……うん、一瞬で全てを失う夢を見た」


「……そうか」


 そっと……テラに出会わなければ未だに穴が空いてたお腹に手を添えながら、僕自身も何故か分からないままに、そんな、僕の核心に触れる部分をおじさんに答えてしまう。

 まだ日が浅いから仕方ないけれど、夜になるとあの時の鮮明な記憶を繰り返すように夢を見る。

 ……お陰で今では立派な不眠症だった。


「あの絵、な」


「……?」


「あの絵の人物はな、俺と、死んだ……いや、殺された妻と息子なんだ」


「……」


 ……なるほど、おじさんが僕に構う理由が少し分かった気がする。


「僕はおじさんの息子じゃないし、代わりとして見てるなら不愉快だよ」


「はっ! 安心しろよ、俺もお前を息子だとは思ってねぇ…………ただ、重ねちまうのは事実だ」


 そんな事を言いながら目を細めるおじさんの視線を浴びていると、何だか無性に心がザワザワとして思わず目を逸らす。


「俺の息子が生きてたら、多分お前くらいの年齢なんだろうなってな……俺がまだ金属器使いじゃなかったから、あの時は守れなくてな」


 自分の死んだ息子と同じくらいの年齢の僕が怪我も気にせず、無鉄砲にも戦場へと飛び出して行くのを黙って見ている事は出来なかったと……後方に置いておく事ができないのならせめて手の届く範囲に居てもらって守りたかったと……そうおじさんは言う。


「多分な、お前が目の前で死んでしまったらよ……俺の方がトラウマが再発してダメになっちまうと思うんだ」


「……」


「だからよ、お前にとっちゃ不愉快だろうが少しの間だけで良いから、俺の自己満足に……家族ごっこに付き合ってくれや」


 違うと分かっていてもどうしても重なって見えると、少し生意気な所が息子に……綺麗な目元が妻に似ていて二人目の子どもの様に思えて仕方がないと、そんな事を言う。


「……振り方」


「あん?」


「剣の振り方を教えてくれたら良いよ」


「……はっ! いいだろう、俺の渡した剣はまだ持ってるな?」


 どうせ二人して眠れないんだから今教えてやるからと、野営地から少し離れた場所へと案内される。

 木々が切り開かれた場所に落ちる月明かりに照らされて、僕とおじさんの二人が対面に並んで立つ。


「いいか? お前は戦い方が雑なんだよ」


「雑?」


「走って殴る、物を思いっ切り投げる、敵の身体を引き千切る……まるで頭の弱い魔族みたいな戦い方だ」


「……悪かったね」


 確かにそんな面があったかも知れない……僕は未だにこの勇者としての力を上手く扱う術を知らず、あのオークよりも拙いにわか仕込みの技術で戦ってる。

 そんなんだから知能が低く、自分の力をただ振り回すだけの獣の様な……知能の低い魔族と同程度に見られるんだろう。


「振れ」


「は?」


「いいから剣を振れ、ダメな部分は直してやる」


 まずは基礎が出来てから、それから段々と矯正していくらしい……よく分からないけど最初から色々詰め込んで教えてくれる訳ではないようだ。


「剣を握る時は左右の手はくっつけるな」

「バランスが利き手に偏っている。左手で振る事をイメージしてみろ」

「剣は手で振るんじゃない、背中で振るんだ」


 言われるがままに、指摘される都度に自分の姿勢や握り方、剣の振り方などを修正してまた上から下へと剣を振り下ろす。

 ……なんだか少し楽しくなってきた、心做しかずっと昔から剣を扱っていた様な気さえするし、覚えていくというより、思い出した・・・・・という感覚の方が強くて不思議な気分だ。


「……飲み込みが早いな」


 暫く剣を言われるがままに振り続けた所で休憩を言い渡され、その場でそんな事を言われる。

 村では剣を扱った事はないし、もちろん村人の中にも剣を持っていた人すら居なかったから良くは分からないけど、飲み込みが早くて悪い事はないだろう。


「ねぇ」


「ん? どうした?」


「戦い方が雑だって言ってたでしょ? 立ち回り方とか教えてよ」


「あー、そうだなぁ……」


 顎を擦りながら上を見上げたおじさんはややあってから僕に振り返る。


「初撃は必ず躱せ、初撃は必ず当てろ​──だな」


「……どういう事?」


 初撃は必ず躱せ、初撃は必ず当てろって言ってもそれが出来たら苦労しないと思うんだけど。


「あー、特に戦場では同じ敵と二度も三度も対峙する事はない」


 ……まぁ確かに僕が倒し損ねたとしても、あのオークとまた別の場所で戦う確率はそんなに高くないだろう。

 特にこの戦争では例え同じ戦場に居たとしても敵味方の数が多すぎて一対一とはいかないと思う。


「だから何奴も此奴も自分の技や癖を見極められる前に初手で必殺の一撃を叩き込んで来る……だから初撃は必ず躱せ」


「……」


「そして必殺の一撃を躱されてしまったら大きな隙が生まれ、そこから手痛いカウンターを貰うし、もしも次に相対してしまった時にその技は通用しなくなる……だから初撃は必ず当てろ」


 なるほど……無茶を言うなとは思ったけど、説明をされてみれば確かに合理的だと分かる。

 相手の必殺の一撃を貰ってしまえばそこで退場だし、逆に自分の一撃を躱されてしまえばそこから生まれる隙は大きなものとなるだろう。


「だがまぁ、相手の必殺の一撃なんて早々躱す事なんて出来ねぇしいつも万全の状態でこっちも技を繰り出せる訳じゃねぇ」


「……じゃあ、どうすんのさ」


 さっきと言ってる事が全然違うじゃないか、必ず躱せ、そして必ず当てろとか言っておいて後から無理だって言うのはおかしい。


「​──逃げるんだよ」


「……逃げる?」


 敵を前にして逃げる?


「言っただろ? 相手もコチラも、戦場で何度も相対しない事を前提にしてる……だったら逃げちまえ。初撃を躱せなくてもできる限り最小限の被害に抑え、相手の技を見て盗んだまま逃げろ……そうしたら二度目はほぼ確実に躱せる」


「……」


「当てられなかった時も同様だ。こっちの必殺の一撃を初見で完全回避する奴なんざ、どう考えても実力の差が開きすぎてる……全力で逃げろ」


 あぁ、なるほど……おじさんは最初から最後まで合理的な事しか言ってないな。


「ま、最終的に生き残った奴が戦場での勝利者さ」


「分かった」


「素直でよろしい……という事で俺の必殺技の一つを教えてやろう」


「……いいの?」


 まだ剣を教えて貰ってからほんの数時間しか経っていないんだけど?

 普通、必殺技って長年の訓練の果てに修得する流派の奥義とか……そんな感じじゃないの?


「必殺技とは名ばかりで初見にしかほぼ通用しねぇし、使ったら後がない緊急時の為のもので……あんまり技術はいらねぇんだ」


 そう言っておじさんは金属器を引き抜き、その場で構える。


「『刀身をシャギール​──放つカナリア​』!!」


 おじさんが構えた金属器を空へと振り上げれば激しい光と力の奔流が駆け登っていき​──夜空の雲を斬り裂いた。


「​──」


「単純な魔術でただ刀身を撃ち出すだけっていう技だが……普通の剣ですると武器を失うから本当に緊急時にのみ使えよ?」


「お、おぅ……」


「なんだその間抜けな返事は」


 喉を鳴らして笑うおじさんを気にもせず、自分が持っている剣を見やる……普通の剣だし、何よりも初心者の僕が使用したとしてもおじさんの様な威力にはならないだろうけど、初見でこれを放つのは有効だろう。

 特に剣を交えて切り結んでいる最中に放つだけでも避けようがない。


「いいか? マジでこれを使用すると剣がぶっ壊れるからな? 本当に後がない時にだけ使用しろよ? そんで一度使った相手には二度と通用しねぇと思え」


「うん、それはいいけど……」


「なんだ? なんか疑問でもあるのか」


 真面目な顔で技のリスクを説いてくれるおじさんの背後を指差し​──その先を目で追ったおじさんが固まる。


「……団長? これはいったい何の騒ぎです? 皆が寝静まった夜に突如として夜空を光が埋め尽くすので部下たちが全員飛び起きましたよ」


「あ、あ〜……その、な?」


 おじさんの背後で幽鬼の様な副長が怒りのオーラを出しながら立っていた。


「……とりあえず二人共そこに直りなさい」


「「……はい」」


 ​──まぁ、色々と教えて貰ったお礼に一緒に説教に付き合うくらいは良いかなと思った。


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