第11話.兵士長
「──『
魔術によって自身の身体能力を強化した男の振り下ろしが迫る──のを引き伸ばされた知覚でゆっくりと認識する。
子ども相手に大人気ないという避難の声と、喜悦に満ちた男の表情を余裕を持って観察しながらそっと……男の進行方向に合わせて握り締めた拳を置く。
「頭蓋骨を叩き割って──ぶふぅっ?!」
僅か数瞬の間に距離を詰め、置いた拳に男の顔面が近付いたと同時に思いっ切り振り抜く……彼からしたら身体強化をして木剣を振り下ろしたと思ったら自分が吹き飛んでいた、くらいの認識だろう。
盛大な音を立て、背後の人々を巻き込みながら吹き飛んでいった男の方へと視線を向ければ明らかに気絶していると思われる大人の男性が
……どうやら巻き込んだ人も気絶してしまったらしい。
「──僕の、勝ちだ」
その僕の一言によってハッと我に返った周囲の人々が俄に騒ぎ出す。
大人気なく魔術で身体強化をした大人相手に子どもが腕の一振りで勝ってしまったんだから当たり前ではある。
やはり勇者の力は未熟でもそれなりに通用する……人間相手なら、だけど。
「僕の参加を認めて下さいますよね?」
「あぁ、約束をした手前仕方あるまい……しかし、そなたの所属をどうしたものかな」
そう言う王様の視線を辿って周囲を見遣れば誰もが化け物を見る様な目で僕を遠巻きにしている……なるほど、これでは彼らと同じ部隊で連携を取りながら戦う事は難しそうだ。
「……最初に無理を言ったのは僕の方です、なんなら自分一人でも構いません」
自分でも危うい発言をしている自覚はあるし、そんな何をしでかすか分からない子どもが自分たちの力で制御できない強さを持っているとなったら……彼らの反応も理解できる。
特に命が懸かってるから、そんな僕と同じ部隊になりたくないのだろう。
「そうか、なら──」
「──お待ちください」
沙汰を待つだけとなったその時……王様の発言を遮って一人の兵士が僕の背後に立った気配を感じる。
「この子は私の部隊で引き取ります」
自分の部隊に引き取るという発言に驚いて振り返ってみれば──それは、昼間にシチューを奢ってくれて、半ば喧嘩別れした形となった兵士のおじさんだった。
「……おじさん、か」
「コラ、ちゃんと名前を教えただろうがステラ」
「……アルデバランのおじさん」
「おじさんじゃねぇ」
おどけた様に肩を竦めながら僕の頭に置かれた手を乱雑に振り払う。
「ふむ、まぁ〝聖騎士〟アルデバランなら大丈夫であろう。任せる」
「ハッ!」
…………聖騎士????
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「アル坊って聖騎士だったんだなー! 超すげぇじゃん!」
「だろ? もっと言ってくれ」
目の前で思いの外意気投合している五右衛門君とおじさんを眺めながら混乱している頭を落ち着ける。
街道を行軍する中、目の前で五右衛門君に煽てられて調子に乗っているこのおじさんは王国最強の聖騎士の異名を持つ平民出身の兵士で、農民や元孤児ばかりで編成された兵士団の長をしている兵士長で──
「……坊主、この剣が気になるか?」
「……別に」
──二人目の金属器使いだ。
御伽噺になるくらい遠い昔の魔王討伐……その時の、僕にとって先代に当たる勇者に同行し、共に魔王を打ったという戦士を始祖とする逸話を持つ王家の秘宝であり、国宝でもあるらしいその剣。
担い手に選ばれたのは王族ではなく、平民出身のおじさんらしい。
「いつの間に子どもが出来たんですか? 団長」
「ハハハハ、そうか! 子どもに見えるか! お前は今日から俺の息子だ! ハハハハ!」
「……僕は息子じゃないよ」
「そうかそうか! ハハハハ!」
横から話し掛けて来たこの兵士団の副長の揶揄いを受けて、思わずイラッと来るようなドヤ顔をおじさんは披露しながら僕の頭をぐいぐいと力強く撫で回す。
「はぁ……私が言うのも何ですが、もうちょっと聖騎士らしくして下さいよ、団長」
「ばーか、俺は平民出身だから騎士にはなれねぇよ」
ふーん、聖騎士っていうのは異名ではあるけど別に称号として与えられている訳ではないのか……ただ周りからそう呼ばれてるだけなのかな。
「……本当はその剣に選ばれた人が聖騎士の位を正式に賜り、王家に入るという掟があるのに団長が平民出身だからって邪魔をする輩が多すぎますよ」
……あぁ、なんだか面倒ないつもの〝大人の事情〟ってやつか。
「へっ、俺の事はどうでも良いんだよ……お前こそ伯爵家の倅だろ? 本当は騎士くらいなれるはずなのにこんな部隊の副長で良いのかよ、カイン」
へぇ、この兵士団の中で唯一副長だけは貴族階級出身なのか。
っていうか黙ってるだけ彼らの情報がどんどん入ってくるな……もしかして気を遣われてたりするのだろうか?
「私は団長について行くって決めましたから良いんですよ」
「変わってるねぇ〜」
おじさんのその発言を受けて周囲の兵士たちが一斉に『団長には言われたくないですよ!』『そうだそうだ!』なんて囃し立て、それをおじさんが一喝する事で笑いが起きる。
「なぁなぁ、相棒? なんつーかさ、アットホームっつーの? 良い雰囲気だよな!」
『確かにそうですね、身分の隔たりもなく団員同士とても仲が良いように感じられます』
「……そうかも」
あれ、僕は今なにをしに来てるんだっけ…………あぁそうだ、入団したばかりの僕の調子を確かめる為に丁度良いからと、付近の村に出没した魔物を倒しに来たんだった。
……なんだか緩いなぁ、これから戦闘があるっていうのに穏やかな時間が流れている気がする。
「よう、息子よ」
「だから僕は息子じゃないって」
「俺の部下たちはみんな気の良い奴らだからよ、俺が居ない時に何かがあれば気軽に頼ると良い」
「話を……もういいや」
周囲から聞こえる『気にせず頼れよ!』なんていう声の合唱に調子が狂ってしまう。
「へへっ、なぁなぁ、ここに居れば相棒も普通の子どもらしくなるんじゃねぇか?」
『そうですね、母親代わりとしてはこのまま良い影響を受けて欲しいですね』
「え、テラの姐さんって相棒の母親代わりのつもりだったんすか……」
『そうですけど?』
「そうですけど?!」
横でコソコソと会話するテラと五右衛門君を横目に見ながら考える──あぁ、ここはぬるま湯みたいだと。
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