第10話.義勇兵
「なぁ、相棒これ迷ってね?」
『完全に迷ってますねぇ……』
「……」
ぐぬぬ、何故こうも王都とは迷宮じみているのだろう……大きな王城とやらはあんなに目立って王都の何処に居たとしても見えるというのに……そこに向かうまでの道が曲がりくねったりしていて真っ直ぐに進めない。
王都に向けて直進していたと思ったら真逆の方角へと進んでいる始末だよ、もう。
「どうしようか?」
「どうするったってなぁ……」
『うむむ、上に浮かび上がって空から確認してもどう進めば良いのか分かりませんねぇ……』
そうか、俯瞰して見てもよく分からない道の構造をしているのか……なんでこんなに複雑なのか、疑問が尽きない。
こんな大きな街自体が初めてというのもあるけれど、これは本格的に困った。
「そういや今さらなんだけどさ、相棒」
「なに?」
「もしかして、そこに浮いてる姉ちゃんってお前も見えてる?」
「『え?』」
思わずテラと声が重なってしまう……いやいや、え? もしかして五右衛門君ってずっとテラの事が見えてたりしてた?
じゃあなんだ見えるのに無視してたの?
「あ、やっぱり見えないんだ……幽霊なんだ……なんで俺にだけ見えるんだよぉ……」
「あ、なるほど」
なるほど、五右衛門君はテラの事をずっと幽霊だと思ってたんだ。
まぁ確かに似たようなものだけど……なるほど、だから何か不自然に変な方向を向いてる時があるなって思ってたらテラと目を合わせないようにしてたんだね。
「テラは幽霊じゃないよ」
「本当か?! 本当なんだよな?! てか相棒も見えてるなら言えよな?!」
「いや、五右衛門君に見えてるとは思わなくて……え、じゃああのオークを倒した時にテラが五右衛門君を意識した発言をした時はどう思ったの?」
…………
……
『……五右衛門君と一緒に助かったよ、ありがとう』
『ふふ、ですって』
『へへっ、照れるぜ親友』
『……お前、生きてたのか』
…………
……
あの時、確かにテラは五右衛門君を意識して発言した……彼女にしてみれば僕に対して茶目っ気を発揮しただけなんだろうけど、五右衛門君には聞こえてないだろうという前提のものだった。
しかし五右衛門君には聞こえていた。
まさか聞かれていたとは思ってなかったテラは亡霊のくせに器用なも顔を赤くして手で覆ってるし。
「ばっか、そりゃおめぇ……うわっ、話し掛けて来た?! って内心ビビってたよ」
「なるほど」
『も、もう……もうそのくらいで……』
あ、そろそろテラの顔からでる蒸気で視界が遮られそう。
「あの時は相棒も見えてる? って疑問を抱いたけど、正直死んでもおかしくないくらいボロボロだっからな。あぁ、死の淵に瀕して交信しちゃってるんだって、そっと置いておく事にした」
「それは、ごめん」
なるほど、五右衛門君も変な気を遣ったみたいだね……そうした偶然が奇跡的に重なってやっと今確認するに至ったと。
まぁ未だに幽霊と思ってた存在が見えるし、それが一緒になって王城への道を探す素振りを見せてたら確認してみようと決心するのも分かる。
「まぁ、その……あれだ! テラさんだっけ? これからよろしくな! 一緒にこの危なっかしい相棒を支えていこうぜ!」
『は、はい! 改めましてよろしくお願いしますね!』
とりあえずテラと五右衛門君が知り合ったところで王城への道探しを再開しようかな。
テラは真面目で、五右衛門君も良い奴だし問題はないと思う。
「とにかく夜が更ける前には着きたいな」
僕は最悪野ざらしで寝ても問題ない訳だし、今はとにかく着くことが先決だ。
▼▼▼▼▼▼▼
「ひ、人が多いな相棒」
あの後親切な警邏隊の人が案内してくれて、何とか締め切りギリギリで王城の広間へと集まる事が出来た。
ここまでの道のりはとても険しく、前途を極めた。
大型犬に連れ去られる五右衛門君、子ども達に蹴られて割れる五右衛門君、天然な発言をかまして勝手に赤面するテラ、お婆ちゃんに飴を貰う僕、転けて割れる五右衛門君、勢い余って壁を透過して新婚夫婦の情事を覗いて赤面するテラ、割れる五右衛門君……本当に長い道のりだった。
「やっべぇよ、みんな怖そうな顔してるぜ」
そんな風にこれまでの僕たちの歩みを回想している傍で五右衛門君が周囲をキョロキョロと見回しては僕の足下に隠れるといった事を繰り返している。
……その行動が既に目立っているから、隠れても逆効果だと思うよ?
「なんでこんな所にガキが居るんだ?」
「さぁ? 小間使いとかじゃねぇか?」
「はに、わ……?」
……それに、僕自身が相当目立ってるから必然的に近くに居る五右衛門君にも注目が集まってるしね。
やはりまだ子どもの僕では舐められるという事なんだろう。
「おい、ガキは家に帰ってろ、このは遊び場じゃねぇんだ」
「おいおい、ママは何処に行った? ちゃんとお守りをしとけよな」
「……」
「……おい、無視してねぇで何か言えよ」
間抜けな悲鳴を上げながら怯える五右衛門君を隠すような位置取りをしつつ無駄に元気が有り余って絡んで来る大人たちを無視する。
自分で僕の事をガキと言っておきながらこの絡み方は大人気ない。
「おいガキ! 無視すんな!」
「お前ら子ども相手に何をムキになってるんだ」
義勇兵になったら剣の一本くらいは貰えるのだろうか。
「どうやら一回痛い目な遭わないと──」
「──静粛に! 陛下のご入場である!」
おっと、考え事をしていたら王様直々に来るらしい……それだけこの国も魔王軍の事を深刻に考えているという事なんだろうか?
「……何かあったか?」
「陛下」
広間の微妙な空気を察してか訝しげに片眉を釣り上げた王様らしき人にすぐさま側近らしき人が駆け寄って何かを耳打ちする。
……まぁ、途中から王様の視線がこっちに向いたから内容はだいたい分かるけど。
「その者、名はなんという」
「……ステラ・テネブラエ」
「ふむ、ステラよ、義勇兵になるのは考え直さんか?」
周囲からの『ほら見ろ』『ガキはすっ込んでな』なんていう野次が酷く五月蝿くて煩わしい。
今さらこの僕が止まるわけがないだろう。
「いいや、僕は義勇兵になって魔王を殺す」
「お前、調子に乗るのも──チッ!」
僕の魔王を殺すという発言が酷く癪に障ったのか青筋を立てながら男が詰め寄るけど、王様に片手を上げられて止めらてしまい、不機嫌そうに舌打ちして一歩下がる。
「ステラよ、子どもは庇護されるべき存在で、我々大人は子どもを庇護する義務がある……そなたを危険に晒すどころか戦場に送るなど出来ん」
……多分、至極真っ当な事を言ってるのはこの王様と、先ほどから突っかかってくる大人の方なんだろう。
男の方は少し僕でも大人気ないとは思うけど、子どもが戦場に行くと言って怒るのは当たり前だろう……僕だって妹が同じ事を言ったら同じく止める。
「──けれど、僕は奴らに報いを与えるまで止まらない……止まれる訳がない」
「……」
「……義勇兵になれないのなら、一人で勝手に活動します」
──けど、もう無理なんだよ。
あの日、あの時、あの瞬間から僕の人生は変わってしまった……もういくら普通の生活をしようともあの時の情景が頭から離れてくれなくて、喪失感を埋める悲しみと憎悪に頭が支配されてしまう。
「そこまで言うのなら分かった。……そこの者と今ここで戦って貰い、勝てたなら参加を許可しよう」
「よろしいので?」
「うむ、痛い目を見れば諦めもつこう……ただし負けた場合はそなたを拘束し、監視付きで孤児院に送らせて貰う。……実力もないのに勝手に戦場で活動されては適わんからな、もちろん断った場合も同様だ」
「分かった」
なるほど、僕の意思が固いと見るや強硬策に出たね……目の前の男がやり過ぎない様にそれとなく兵士を周囲に展開させているし、本当に僕のやる気を挫く事が目的なんだろう。
「ふん、ガキが今さら泣いたって知らんぞ」
「……」
「怖くて声も出ないか?」
兵士の一人から渡された木剣を手に取りながら目の前の男へと顔を向ける。
「──五秒で終わらせてやる」
「……後悔すんなよ」
足下で『ばかおまっ、なんてこと……なに挑発してんの?!』なんて騒ぐ五右衛門君と心配そうにするテラに離れてもらったと同時に合図が出される。
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