第8話.脱出


『……あ、良かった、目が覚めましたね』


「……テラか」


 目が覚めて直ぐに視界いっぱいに写るテラの整った顔に少しばかり面食らう。

 けれど、彼女と初めて出逢った時を思い出して何だか可笑しくなってしまう……あの時も死にかけの僕の前にテラが突然現れたんだっけ。


「どのくらい意識を失ってた?」


『ほんの数十秒程度ですよ』


「……そっか」


 あまり長い時間意識を失っていた訳ではないらしい。

 まぁまだ敵地のド真ん中である事は変わりないんだし、不幸中の幸いだろうか。


「……最後の機転に助けられた。頼りないとか思ってごめん」


『……思ってたんですか』


「だってあわわわって言ってたし」


『そ、それは……その……すいません……』


 あの時テラが意図的に姿を表して……あのオークに自分を見せた事で奴の視点では突然に現れたテラに驚いて一瞬だけ硬直しただろうし、視界が遮られて僕が見えなくなったから最後のダメ押しの一撃を入れる事が出来たし、僕も潰される事はなかった。


「……五右衛門君と一緒に助かったよ、ありがとう」


『ふふ、ですって』


「へへっ、照れるぜ親友」


「……お前、生きてたのか」


 びっくり、何と五右衛門君は生きていた。


「いやいや、俺も『あ、死んだわ』って思ったんだぜ? でもこの呪いによって埴輪になった身体は割れた程度では死なない? みたいつーか?」


「……あ、そう」


 僕は考える事を辞めた。

 どうやら放っておけば破片がくっつき始めたり、断面に水を付けたりして柔らかくしてから繋げたりするとその自動修復が早まったりするらしい事を適当に相槌を打ちながら聞く。


「……そろそろ良いかな」


「何が?」


「ほら、これ」


「……いやいやいや、相棒も自動で治ってんじゃーん! 人の事言えねーよ?」


 どうでもい良いけど、いつの間にか親友から相棒になってた。


「とりあえず僕の怪我も問題ない程度には治って来てるから、ロッキー達を呼んで来てくれる?」


「もち任せろい! 短い間だけど、相棒はちゃんと休んでてくれよな!」


 心做しか満面の笑みを浮かべている気がする五右衛門君が去っていく背中を見詰めながら、何とも言えない微妙な感情を持て余す。


『ふふふ、彼は面白い人ですね? 相棒さん?』


「そうだね……人じゃなくて埴輪だけど」


 少しだけ揶揄いを含んだテラの忍び笑いを躱しながら、あの不思議な……直ぐに調子に乗るけれど誠実で勇気もあるあの埴輪になぜあんなにも気に入られてしまったのかを考えるけれど、さっぱり答えは見つからない。


「おーい、連れて来たぞー!」


「……まさか本当にガキ一人で倒すとはな」


 しばらくの間テラと雑談をしていると、通路の方から五右衛門君とロッキーの声が聞こえて来る。

 振り返ってみれば、感心した様子のロッキーと、何故か自分の事のように僕を自慢する五右衛門君……そしておっかなびっくりといった様子で入ってくる女性たちが居た。


「……」


「……なに?」


「…………ありがとう」


「……あぁ、うん」


 確か、エリーゼちゃん……だったかな?

 僕とそう歳の変わらない赤毛の女の子にジトっと睨まれ、むっつりとした表情でお礼を言われる。

 ……この子、何を考えてるのか分からないから苦手なんだよな。

 まぁわざわざお礼を言うくらいだから悪い子じゃないんだろうけど。


「それで? ここからどうやって逃げるつもりだ? ここを拠点にしていた低級魔族は散り散りになったとはいえ、未だに周囲は魔王軍の占領地域だぞ」


 そのロッキーの言葉によって、女性たちが再度不安そうな表情を浮かべる。

 確かにそれだけ聞くと、せっかく助かったと言うのにあまり未来に希望が持てないだろう。


『……ステラ、こちらですよ』


「……着いてきて」


 心配そうにする女性たちと、興味津々といった様子の五右衛門君とロッキーを引き連れて大量の荷物の置かれた転移陣の側まで寄る。

 そのまま適当に、大雑把に荷物をどかしてその全容を晒す。


「これは……」


「なぁなぁ、相棒これなんなん?」


 僕が近付くと仄かに光を帯びる転移陣を見て絶句するロッキーと、怯える女性たち……そして空気を読まない五右衛門君。


「これを利用して『アルバーン地方』まで飛ぶ」


「そんな事が出来るわけ……いや、本物なのか?」


 詳しい事は説明せず女性たちを真ん中に、外周部に僕と五右衛門君とロッキーが乗ったところで転移陣に天命の聖鍵をかざして起動する。


「『その身をアラーシャ 飛ばすフェイ 彼の地へアルバーン』」


 僕の中から何かがゴッソリと抜き取られていく感覚に酔いながら眩い光に目を潰されてしまわぬように強く瞑る。


「目がァァァァァ!!!!」


 五右衛門君が五月蝿い。


「……?」


 少し経って光が収まったのを感じ取り、目を開ける……そこは転移が失敗したかと思ってしまうくらいに全く変わり映えのない薄暗い空間だったけれど、あのオークの死体が消えている事から成功したと判断する。

 足下で目と思われる穴を抑えて転げ回る五右衛門君に呆れながらも皆を促して外へと出る。


「​──わぁ!」


 いつの間にかかなりの時間が経っていたのか、『アルバーン地方』側の転移の祠から出ると夜明けの太陽が顔を出していた……小高い丘の頂上付近に祠はあった為に、そこからの眺めが酷く美しく思えた。

 ……途中で死ぬかと思ったけど、僕はやっと人類の支配領域へと逃げ延びる事が出来たんだ。


「……あそこが王都か」


 少し視線を横にずらせば僕の村とは比べ物にならない……いや引き合いに出すことが烏滸がましい様な大きな壁に囲まれた都市が見える。

 そこへと向かう長蛇の列を見ていると、僕らの他にも難民が居るんだろうなという感想が湧く。


「ま、なんだ……面白いもん見せてくれて助かったぜ坊主」


「……ロッキー」


 相変わらずこの人はヘラヘラと笑ってるな。


「約束通りというか、見事勝ち馬になったお前の為に王都まではちゃんとコイツらを護衛してやるよ」


「……ありがとうございます」


 最後までこの人の事はよく分からなかったし、信用も出来なかったな。


「ま、また縁があれば会うだろう……その時はよろしくな」


「あぁ、その時はよろしく」


 そのままロッキーに女性たちを任せて僕は一足先に王都へと向かう……出来れば金属器使いは仲間にしたかったけど、魔王軍に協力していた人をそれだけで無条件に仲間に引き入れるほど僕は割り切れない。

 ……まぁ彼の言う通りまた縁があれば、その時に信頼関係を築いていけば良いと思う。

 本当に女性たちを護衛してくれるのか不安だし、最後まで何か言いたげだったエリーゼも気になるけど……結局何も言わなかったし大丈夫だろう。


「​──で、何で五右衛門君は着いてきてるの?」


「へっ! 水臭いこと言うなよ、俺たち相棒だろ?」


「……そう、好きにすれば」


『ふふ、懐かれましたね』


 どうやらこの珍妙な生物に大分懐かれたらしい僕は、そのまま生まれて初めて目にする大都会へと足を向ける。


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