第7話.肉を切らせて骨を断つ


「ブルァアッ!!」


「ふんっ!」


 金棒を思いっ切り地面に叩き付け、礫を飛ばしての攻撃……それを斧を横に倒し、刃とは逆の斧頭で弾き返す。

 ​──カィン、なんて小気味良い音を立てながら地面の破片はそのままオークの身体に突き刺さる……が、彼の鋼の筋肉の前には意味を成さず、あまり傷つける事は出来ずに弾き飛ばされてしまう。


「ブワハハハ!! あれを弾き返すか?! ただの子どもにそんな真似ができる筈がない!! お前が勇者だな?!」


「……君はただの豚だよ」


「ハハハ! 吠えるな!」


 奴の膂力に耐えうる金棒と、手首の振りだけで空気を切り裂き、地面を砕く奴の一撃……それに比べてこちらの武器はただの斧。

 奴の攻撃を一撃でも受けたら直ぐに壊れてしまうだろう脆さだ。

 あの分厚い筋肉を壁を見るに、普通に攻撃して有効打を与えられるかも怪しい。

 ……狙うなら首かな。というか、そこしかないな。


「上司の尻拭いは部下の役目! 俺がお前を潰してやろう!」


「……潰して村の皆に供えてやる」


 この大きさの豚肉の塊なら収穫祭で猟師の爺さんよりも高い徳を示せるだろう……もはや誰も喜んではくれはしないけど、せめて墓の供え物にしてやる。

 僕の頭を狙って横薙ぎに振るわれた金棒を、姿勢を低くする事で避けながら、腰だめに構えた拳を奴の腹に向けて打ち込む。


「ブフォアッ?!」


「くっ……!」


 奴の筋肉に支えられた脂肪のせいなのか……自身にも殴った衝撃がそのまま腕に返って伝わってくる。

 勇者として強化された膂力から放たれた衝撃が、そのまま鞭がしなる様な音を立てて細い腕に伝播し、聞き慣れない異音を立てる。

 ……これは斧を使わなくて正解だったかもしれない……奴の脂肪で滑るだろうし、その下の分厚い筋肉の壁にせき止められて武器を失うのが関の山だっただろう。


「ブフッ、ブホッ……今のは芯に響いたぜぇ? さすが勇者だなぁ? 子どもと言っても既に侮れん力を持っている様だ」


 瓦礫を押し退けて立ち上がるオークはそんな事を言うが、あんまり効いているようには見えない……やはり首を断つしかないと確信する。

 ​──と、そんな時だ。


「クレバスシュバイン様! 怪しげな埴輪を捕らえました!」


「やめろよー! 離せよー!」


「五右衛門君?!」


 突然に背後から聞こえてくる声……他の魔族と違って身なりの良い、恐らくそれなりの地位に居るであろう魔族が五右衛門君を捕らえてオークの所へと向かって行く。


「ぐぅ……すまねぇ、親友。見つかっちまった」


『ど、どど、どうしましょう……』


「ふむ、親友か……おい、コイツがどうなっても良いのか? 武器を捨てろ」


 オークとの戦闘に夢中になってて、背後のテラや五右衛門君が蔑ろになってしまっていたらしい……案の定とも言うべきか、豚野郎は五右衛門君を人質に僕の降伏を呼び掛けている。


「この埴輪が……埴輪で良いよな? 埴輪がどうなっても良いのか?」


「ひ、ひぇ〜」


『あわわわ……』


 物理的に干渉できないテラに頼る事はできない……というかそれ以前に取り乱し過ぎてて頼りない。

 ……というか、五右衛門君とはついさっき会ったばかりだし、いきなり馴れ馴れしいし、本当に魔族じゃないという保障もないし、信用もできない……このまま無視していっそ罠の可能性が高い五右衛門君ごと​奴を​──


「​​──俺ごと殺れ! 親友!」


「​──」


「くぅ……た、助けて貰った恩は返すぜ! 親友は対等であってこそだよな! やれ!」


「勝手にベラベラと喋るんじゃない」


「あひんっ!」


 ……オークに思いっ切り握り締められ、情けない声を出す五右衛門君に苦笑しながら斧を下ろし、手放す。

 重い音を立てながら地面に倒れる斧を見て、オークは愉しそうに嗤う。


「なっ! 親友ダメだ! 俺のためにまだ子どものお前が​──あひんっ!」


『ステラ……』


「ククッ……そうだ、それでいい」


 愉快そうに、下品に嗤いながら軽い足取りで近付いて来るオークの指示に従い、斧を手放してゆっくりと両手を上げ​る​──途中でオークの顔面に狙いを付けて思いっ切りデコピンをする。


「なぁっ?!」


 勇者の強化された身体能力を集約させ、溜めたそれを一気に解放する事によって耐える事の出来なかった僕の指が・・・・吹き飛んでいく・・・・・・・

 凄まじい膂力によって強烈な勢いで吹き飛んだ僕の指は狙いを外す事もなく、オークの片目に突き刺さる。


「ブルァガァァアッ??!!」


「クレバスシュバイン様​──ガッ?!」


 自身の片目を抑えて蹲るオークに駆け寄る身なりの良い魔族の頭を斧でかち割り、そのまま豚野郎が取り落とした五右衛門君を回収して後ろに跳ぶ。

 つい先ほどまで僕が居た場所に振り下ろされる金棒を見て冷や汗を流しながら、今さらになって主張を始めた指を抑える。


「ぐっ……!」


「やってくれたなぁ?! ステラァァ!!」


「だ、大丈夫かよ親友……」


『ステラ無茶しないで下さい!』


 涙が出てしまうくらいの痛みのせいでテラも五右衛門君に返事を返す事が出来ないけれど、仕方ないじゃないか……それにどうせ僕の指は勇者の力によって、時間はかかるけど再生はする。

 斧も新たな敵を排除するのに使ってしまったし、いよいよ僕の武器・・・・はこれしか無い。


「ぜってぇえぶっ殺してやるぅ!!」


「ぐっ、がぁっ!!」


「チィッ!!」


 片目から血を流しながら怨嗟の声を上げる奴に向かって再度指を弾き飛ばす。

 もう片方の目を潰される事を恐れてか、それとも顔に向かって来る物に対する反射的なものなのか……とりあえずは警戒してくれているらしい豚野郎に向かって腕を構えながらグルグルとお互いに位置取りをし合う。


「……五右衛門君、できたら斧を回収して来てくれるかい?」


「っ! あぁ! 任せろ親友! 助けられてばかりじゃねぇぜ!」


「僕がまた指を弾いたら走って」


「お、おう……お前意外とクレイジーだよな」


 敵は今僕にしか意識を向けていない……足下からこっそり駆け出せば小さい埴輪の五右衛門君なら途中まで気付かれずに移動出来ると思う。

 気付かれても目的を察さられるまでは取るに足らないと無視してくれる……はずだ。


「​──走って!」


「ガァッ! しつけぇ!」


 ​​──これで右手の人差し指、中指、薬指の三本を消費した事になる。

 通常の怪我と違って重傷だからか、指が完全な回復するにはもう少し時間が掛かるらしい。


「っ?! させるかぁ!!」


「行かせるかぁ!!」


 グルグルと回る様な位置取りによって、斧と五右衛門君とは僕の方が近い。

 五右衛門君の目当てに気付いたらしい豚野郎が阻止せんと駆け出すが、そのつま先に向かって小指を弾き飛ばす。


「「ガアァァアッッ?!」」


 奇しくも奴と僕の悲鳴が重なる……僕は右手を、奴は衝撃によって潰れた自身のつま先を抑えて声を上げる。


「親友! 斧ちゃんと握れるか?!」


「……ひ、左、手な……ら」


 豚野郎の方を気にしながら、全身を使って斧を運んで戻って来てくれた五右衛門君に返事を返しながら左手で斧を掴む。


「今さらその粗悪な斧で何ができるぅ!」


「うるせぇ、黙って屠殺されてろよ」


 ボタボタと指の付け根から血液が垂れ落ちるのも無視して立ち上がり、殺意を隠そうともしない豚野郎に改めて向き直る​──が、金棒からの振り下ろしではない投石攻撃に不意を点かれる。


「がっ! ……ぐっ、くそ……この、ちくしょうがァ!」


「潰れろォ!!」


 崩れた姿勢、額から流れる血によって閉ざされた視界に、猛スピードで迫る金棒……もはや避ける事は叶わないと諦めて無理な姿勢から無理やり斧を右側から振りかぶる。

 運が良ければ生き残れるだろうと半ば自棄になりながら左手で強く握り締め、指の大半を失った右手で斧頭を押すようにして豚野郎の首に叩き込む。


「​──親友は殺させねぇぜ!」


「ガァッ?! このクソ埴輪がぁ!!」


「……うぉぉおああ!!!!」


 突如目の前に飛び出した五右衛門君が先ほど僕が潰した豚野郎のつま先を思いっ切り踏んづける。

 意識の外からの強烈な痛みに悶え、狙いのズレた奴の金棒が僕の左の二の腕を削りながら地面を叩き割る衝撃と痛みを自覚しながらも、小さな親友・・が作ってくれた隙を逃さずに斧をオークの……クレバスシュバインの首の半ばまでめり込ませる事に成功する。


「ぐっ、がはっ……」


 ……あぁ、くそ……右手と左腕からの出血がヤバい……頭を打った衝撃から意識も朦朧とする。

 奴は? 敵は倒せたのか? 五右衛門君は? 彼は無事なのか?

 倒れ込む寸前で堪え、急速に冷えて動かなくなる身体に鞭を打って辺りの確認を​──


「​──死ねぇぇええ!!!!」


「……そこまでいったら死ねよ」


 あぁ、もう……本当に魔族って奴は不死身なんだね……もう武器も、それを扱う力も入らないんだけど……どうしよう。

 五右衛門君は……あぁ、無残にも砕かれて捨てられてるね……あれは生きてるのかな? ……いや死んでるか。


『​──ステラは殺させません!』


「​──ッ?!」


 目の前に、視界いっぱいに広がる綺麗な女性の背中……それが見えた時、反射的に身体が動いた。

テラを見て・・・・・驚きに動きを止める豚野郎の……その首の半ばまでめり込んだ斧に向かって腕を振り上げる。


「​──今度こそ死ねよ」


「ぁ?」


 指のない右手で押し込むように斧をぶっ叩き、豚野郎の首を刎ね飛ばす。

 状況を把握していないような間抜けな表情で宙を舞う奴の頭と、その下を勢い余って回転しながら壁まで飛んでいく斧をゆっくりと間延びした感覚で捉える。


「…………僕の勝ちだ」


 その言葉を最後にその場で僕はぶっ倒れた。


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