第6話.賢い豚
「ま、ままま、待ってー!」
と、そのまま僕たちが牢の部屋から出ようとした所で背後から声がかかる。
また後ろを取られたのかと、慌てて振り返り声の主を探す……が、見渡す限り人や魔族は見当たらない。
「ここ! ここだよー! 俺を見捨てないでー!」
「ここ?」
声の聞こえる方に従ってその場の全員で斜め下を向けば──
「『──埴輪?』」
思わずテラと声が被ってしまう……他の女性と子ども達は喋る埴輪にポカンとしてるし、恐らく気付いていたであろうロッキーは露骨に忍び笑いをしている。
「はんっ! 俺は埴輪じゃねぇ──みんなの心の彼氏こと、世界一イケメンの石川五右衛門様だぜ!」
「『……』」
前髪──なぜ頭髪があるのかは分からない──をキザったらしく掻き上げながらそう自分の事を過大に評するこの埴輪に言葉も出ない。
「……魔族、か?」
「違うよ! 人間だよ!」
「いや、でも……埴輪じゃないか……」
「そ、それは! ……そうだけどさ」
喋って動く埴輪なんて魔族の一種かと思ったけれど、この……石川五右衛門とやらは自分の事をあくまでも人間だと言い張るつもりらしい。
いやしかしながらどう見ても無理がある……赤茶けた陶器の質感がよく分かるツルツルとした肌に、人の頭髪だけをボサっと乗せた埴輪が服を着て喋ってる感じしかしない。
それに石川五右衛門なんて、ここら辺では全然聞いた事もない名前だしなぁ。
「呪いでこんな姿にされちゃってるけど、本当は人間なんだよ〜! 信じてくれよ〜!」
何もないはずの穴から器用にも涙を流しながら僕の足に縋り付く五右衛門にちょっとだけ……たじたじになっしまう。
「な! な! いいだろ? 俺たち友達だよな!」
「いや、初対面のはずだけど……」
なんだこの埴輪……馴れ馴れしい通り越して図々しいな?
「ま、何でも良いけどよ……早くしねぇと見つかっちまうぞ?」
「……そうだね、とりあえず五右衛門君? も連れて行くよ」
ロッキーの注意を受けて数瞬だけ悩むけれど、ここに置いて行って騒がられるのも面倒だし仕方ないかな。
「ま、マジで?! 助かるよ〜! もはや俺たち親友だよな! な!」
「……そうだね」
親友になってしまった。
嬉しそうに僕の足をペチペチ叩く五右衛門君に、自分でも理解できない微妙な感情を抱きながらロッキーの先導の元進んで行く。
「あぁ、倒さなくて良いぞ」
「……気付いていない?」
援軍を呼ばれる前に視界に入ったゴブリンを殺そうと構えるもロッキーに止められてしまい、訝しげな表情を浮かべてしまう……が、ロッキーの指示のもと壁に寄るように避ければゴブリンは大人数で目立つはずのコチラに気付く様子もなく過ぎ去ってしまう。
「戦闘はあまり得意じゃないがな、こういう時に便利な能力だろ?」
「……確かにその様だね」
薄ら笑いながら耳飾りを……金属器を指で弾く様にして示すロッキーに頷き返す。
テラは金属器の事を『なんかつよいぶき』とは言っていたけれど、単純に戦闘能力が上がる物ばかりでは無いらしい。
恐らくだけど、ロッキーの金属器の能力は盗賊らしい力なんだろう。
「隠された物や見えない物を見破れるから罠の心配はしなくて良いし、どんな〝目〟も強制的に閉ざす事が出来るから発見される心配はないぜ」
そう言いながら辿り着いた部屋で『ここの広さなら誤って敵とぶつかって見つかる事はないだろう』と胡散臭い笑みで説明してくれる。
「じゃ、俺はここで待ってるからさっさとあの豚野郎を倒して来い」
「お、お前なー! ステラを一人で行かせる気かー?!」
「……あん?」
「五右衛門君?」
ロッキーの言葉に頷こうとした所で僕の足下から出てきた五右衛門君がいきなり大声を出して吠える。
「俺の親友はまだこんなに小さい子どもなんだぞ! こんな年端もいかない子ども一人に全てを背負わせる気かよ!」
『……確かにそうですね、ステラはまだ十歳だったはずです』
「あ〜、別に問題ないんじゃね? 一人で乗り込むくらいだし」
五右衛門君がぷりぷりと怒り、テラが難色を示す中でロッキーは耳に指を突っ込みながら何処吹く風といった様子で取り合わない。
「お、お前なー! 寝首を搔くにしてもお前の能力があったら楽勝じゃんかー!」
「はぁ……あのな? 何でわざわざ俺が協力って体で手助けしてると思う? それは俺もまたお前らを値踏みしてるからだよ」
ロッキーに睨み付けられた五右衛門君がびゃっと音を立てて僕の足下に隠れる……怖がるくらいなら最初から言わなければ良いのに。
「だからさ、精々頑張ってあの豚野郎を討伐して来てくれや……俺は勝ち馬に乗る」
「……分かった、ここのオークを討伐しよう」
「へっ、お前さんは話が早くて良いな」
そのまま『お前さんが負けるまでは彼女たちの命と安全は保障しよう』というロッキーを置いて、ここのボスが寝室にしているという転移の間に向かう……五右衛門君と一緒に。
「……なんでついて来たの?」
「え? やっぱあれっしょ、俺ら親友だし? どんな時も常に一緒に居るのが普通じゃん!」
そういう事らしい。
『……どうやらとても懐かれた様ですね』
懐かれたらしい。
『……と、この先ですよ』
テラの言葉に反応したのか、素早く自分の口……口? 口と思われる穴を両手で塞いだ五右衛門君と一緒に黙り、そっと中の様子を窺い見る。
「──コソコソ隠れてないで出てきたどうだ」
……どうやらバレバレらしい、これで寝首を搔く事は出来ないけど……当たり前か。
僕の侵入がバレてからある程度の時間が経っているし、ここの責任者であるあのオークがその状態で睡眠を続けるはずもない。
「……ふん、まだガキじゃないか。よくもまぁ一人で来れたもんだな?」
「やい! ステラは一人じゃないぞ!」
「あん?」
……睨まれて隠れるくらいなら出て来なければ良いのに。
僕の足下に隠れる五右衛門君に呆れながらも一歩前に出る。
「……君たちが邪魔だ、死んでもらう」
「ガキが、吠えるな」
詰まらなさそうに吸いかけの葉巻を投げ捨てるオークに向けて、ヤンおじちゃんの斧を構える。
「やっべぇよ、あのオーク超強そうじゃん……ステラはまだ子どもなんだからさ、無理せず逃げた方が良くない? な? そうしよ? な?」
「……五右衛門君、ちょっと邪魔」
「ア、ハイ」
「……なんだ、見世物をしに来たのか?」
ゆっくりと立ち上がったそのオークは大人の倍の背丈はありそう……少なくとも村のお兄ちゃん達よりも縦にも横にもとても大きい事は分かる。
「──魔軍ドライリーベ大陸侵攻軍先遣隊所属、第十七連隊長のクレバスシュバイン」
「──カカポ村のステラ・テネブラエ」
クレバスシュバインの名乗りに返す形でコチラも名乗れば、機嫌が良さそうに鼻を鳴らしながら目の前のオークは巨大な金棒を背中から引き抜く。
「……精々足掻け」
「……死ね」
その会話を皮切りに、床を踏み割る勢いで駆け出す。
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