第5話.突入


「捕らわれた人達が居るのか……人質に取られたら厄介だな」


『……そうですね、先に助けてステラがリーダーを倒すまで隠れて貰った方が良いかも知れません』


 魔王軍の奴らに気付かれない様な場所で仮眠を取っていると戻って来たテラに起こされ、彼女が偵察して見てきた結果を聞きながら簡単な内部の地図を地面に描く。

 夜の森の中で明かりはテラが作り出したほんのりとした光程度しかないから見づらいけど、だいたいの構造が分かればそれで良い。


「じゃあ闇夜に紛れて潜入しつつ、この部屋のゴブリンを倒して鍵を奪取……そのまま捕らわれた人達を助け、彼女たちに隠れて貰いつつ魔族の寝首を搔く……で良い?」


『えぇ、ですが一人だけ……魔王軍の協力者と見られる男には注意してください』


「……わかってる」


 一人だけ魔王軍に協力している男が居るらしいからな……あんな経験した僕にはなぜそんな行為に及んでいるのかは分からないけど、これからもそういった人間は出てくると見た方が良いらしい。

 とても残念に思う。


「じゃあ​──速攻で決める」


 コキコキと首を鳴らし、腕を振って調子を確かめてから​──茂みの中から飛び出して見張りのゴブリンの背後へと回り込む。


「​──ガギョッ?!」


 大地の精霊の加護によって強化された圧倒的な力をそのままに、ゴブリンの頭と顎にそれぞれ添えた手を捻るように回しながら膝裏に蹴りを入れる事で、湿った音と共に絶命した死体が倒れ伏す。


『……わぁ、スマートですね』


 ドン引きした様子のテラを無視して突き進む……せっかく見張りを暗殺できたんだから、この望外の時間を有効活用するべく急ぐ。

 ……それに、奴ら魔王軍に遠慮する必要は全くない。


「ふんっ!」


「ギャッ?!」


 曲がり角の出会い頭に拳を叩き込み、豚頭の前歯を全てへし折る……間の抜けた、絞るように出た空気の抜けたか細い悲鳴しか上げられずに顔を抑えて蹲る豚頭の、無防備に晒されたうなじに向かって肘鉄を叩き込んで首の骨を砕く。


『斧は使わないんですか?』


「……まだ素手でもいけるし、すぐ壊れるだろうからこの部隊のボスに使いたい」


『なるほど』


 途中でテラの疑問に答えたり、間違えた道を正して貰ったりしながら出くわした敵は援軍を呼ばえる前に即殺するか、それが無理なら声を奪ってから殺していく。


『……その部屋のゴブリンが牢屋の鍵を持っています』


「わかった」


 遠くの方で騒ぎ立てる声が聞こえる……巡回の魔族にでも死体が見つかったらしい。

 わざわざ運び出すなんて、それこそ発見されるリスクが高まるから仕方ないとはいえ相手にこちらの存在が露見されえしまったのには不満が残る。

 もはやここまで来たのならコソコソする理由なんてない……勢い良く扉を開き、間抜けな表情で驚いたまま僕を凝視するゴブリンの眼孔に向かってそこら辺で拾った木片を突き立てる。


「グギョァッアアッ!!」


 痛みに悶えて叫び声を上げるゴブリンの後頭部を掴み、武器を構え出したもう一匹に向けて思い切っり投げ飛ばす……何かが破裂するかの様な音を残して赤い煙と化したそこから、鍵の束を拾い上げて囚われた人々が居る牢屋を目指す。


『ステラがここまで強い……いえ、容赦がないとは思いませんでした』


「……」


 心配そうに僕を見詰めるテラの視線を振り払うように、道を塞ぐゴブリンの顎を割り、豚頭の鼻をへし折り、痛みに悶える二匹の頭をそれぞれ両手で持ってから力の許す限りの勢いで正面からぶつけ合ってお互いの顔面を潰す。

 彼らが取り落とした小さめの棍棒を振り上げては駆け付けて来た別のゴブリンの頭をかち割る。


「……僕の力で思い切っり使うとすぐに壊れるね」


『……まぁ粗悪品ですし、仕方ないですね』


 敵から鹵獲した武器なんかを使うと、僕の勇者として強化された膂力に耐え切れずに壊れてしまう……これはますます貴重な刃物であるヤンおじちゃんの斧は雑魚なんかに使えない。

 でもまぁ、粗悪な棍棒も全く使えない訳じゃない……勇者の力だと、殴った側の僕の拳まで痛めてしまう。

 すぐに治るとはいえ、僕はまだ痛みに慣れている訳じゃない。

 痛みで攻撃が鈍る。


「……見張りは居ないね?」


『……何処に居るか分からないステラを探しに行ったのでは?』


「なるほど」


 僕の捜索にここの見張りも駆り出されたか……それなら放置した死体からバレた利点もあったという事で、無駄がなくて良い。


「っ! 誰?」


「静かに、助けに来たよ」


「……子ども?」


 そうと分かれば話は早い……さっさと事を済ませてしまおうとばかりに牢の扉の前に歩み寄り、鍵を一つ一つ確かめながら捕まっていた人々の声に応える。


「他に……騎士様達は……?」


「……居ないよ」


「そんなっ……」


「子ども一人でどうやって……」


「……ここから出てもどうせまた捕まるわ」


 そんな露骨に落ち込まないで欲しい……一人は絶望の表情をしているし、少しだけ傷付いてしまう。


「……お願いだから、どうか僕を信じて欲しい」


「『……』」


 絶対を保障する事は出来ないけれど、僕が魔王軍の奴らに屈する事はないという意志を込めて跪いて彼女たちの目を見て助力を乞う。

 助ける側の僕だけじゃなく、助けられる側の彼女たちの協力もないとここを脱出できない。


「……いいよ」


「エリーゼちゃん……」


 絶望する大人の女性三人と、彼女たちを不安そうに見詰める子ども達が大半の中ただ一人……じっと僕を凝視していた赤髪の女の子が声を上げる。


「ついて行けばここから出られるんでしょ、いいよ」


「……そうね、どうせここに居ても未来は無いんだし」


「年端もいかない子どもに頼むのは気が引けるけど、頼んでも良いかな?」


「……ありがとうございます」


 テラと二人で『……どうしようか?』なんて、視線で相談していたから有り難い。

 これで後は彼女たちをボスを撃破するまで隠せればそれで良い。


「ではこちらに​──」


「​──おう、その人数を隠すならこっちだぜ」


 後ろから降りかかる声に返事するよりも先に、用済みとなった鍵の束を有り余る膂力で輪から引きちぎって投擲しつつ斧を構える。

 それを苦もなく首を横に倒す事で回避し、斧を一瞥しただけで構えもしないこの男……背格好からコイツがテラの言っていた〝協力者〟だろう。


「……いやさ、普通いきなり攻撃するか?」


「……貴方は魔王軍の協力者だろう?」


「〝元〟協力者、な」


 僕の発言で女性たちが警戒の眼差しで男を睨み付け、皆で寄り添うのを気配で感じ取りながら彼女たちを背に隠すように位置取りをする。


「そんなに警戒しないでくれよ、な? 頼むよ〜!」


「……」


「約束通りの報酬を支払わない元雇い主に報復したいんだ、手伝わせてくれ」


 ……さて、どうしよう?

 信用ならないとこの男の提案を一蹴する事は簡単だけれど、背後の人達を守りながらいとも簡単に僕の背後を取ったこの人と戦って勝てるのか?

 勇者の強化された身体能力でゴリ押しするにしても限界があると思う……けど、やはり罠だった場合それこそ死ぬ可能性が高い。


『……ステラ、彼の言う通りにしましょう』


「……なぜ?」


 目の前でヘラヘラと笑ってる男を受け入れる様な発言をしたテラに小声で理由を問う。


『彼の耳を見てください​──あれは金属器です』


「……っ」


 テラに指し示された男の両耳……そこには左右でデザインの違う、開かれた目と閉ざされた目の耳飾りがある。

 黒々とした光沢を放つそれは確かに金属だろうという事が見て取れる。


「それで? お嬢ちゃんとの相談は終わったのかい?」


『……なるほど、あれは気の所為では無かったのですね』


 今度はこの男に驚かさられる……まさかコイツはテラが見えているのか?


「……信用しよう、案内してくれ」


「へへっ、毎度! 俺の名前はロッキー・アディスンってんだ、よろしくな!」


「……ステラ・テネブラエ」


「ひゅっー! かっこよくて良い名前だねぇ!」


 奴の……ロッキーの声に返事をせずに申し出を受け入れる旨を返すが気にした様子もなく、気安く肩を組んで来る変わり身の早さに呆れる。


「……」


「……ごめんね?」


「……ん」


 じとっー、とした目で僕とロッキーを見詰めるエリーゼと呼ばれた赤髪の女の子に謝る。

 ぶっきらぼうな返事だけれど、ロッキーの登場によって再度不安に陥った女性や子ども達の世話を率先してしてくれるから有り難く思う。


「じゃあ坊主、少しの間だけだがお互いに頑張ろうや!」


「……あぁ」


『……』


 口だけを動かして『お前もな』、と……テラに向かっても話すロッキーが酷く薄気味悪く思えた。


▼▼▼▼▼▼▼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る