第4話.転移の祠


「封鎖されてるじゃん……」


『そのようですね……』


 テラの大雑把な案内の下、多少迷いつつも四日ほど掛けてやっと転移の祠らしき遺跡を森を抜けた先の山の中腹で見つけた……んだけど……完全に魔王軍に占領されちゃってるね、これは。

 こっそり森の木の陰に隠れながら様子を窺うけれど、今も異形の魔物達がせっせと物資などを運び入れ、祠の意外とデカい入口近くやその上では見張りのゴブリン達が立っている。


「どうすんの、これ……」


『どうしましょう……』


 まさか魔王軍に先回りされて封鎖されてるとは思わないよ……もしかしたらお伽噺に出てくる魔王と今の魔王は同一人物で、この転移の祠の事を知っていた?

 僕と同様に王都の人間たちが転移の祠の事を知らないのであれば非常な不味い……僕の村と同じ様な奇襲を受ける事になる。


「……ねぇ、テラ」


 斧の柄を強く握り締める……もし、もしも僕の予想が当たっていたとしたら。


「……やっぱり逃げるなんて出来ないよ、奴らはここで倒す」


『……』


 彼女も葛藤しているのか、固く口を引き結び黙る……僕の存在が知られるとか、今の僕ではまだ奴らに対抗できないとか……そんな事を言っている場合ではなくなったと思う。

 仮に奴らが転移できる事自体に気付いていなくても、遅かれ早かれ発見されて王都は魔王軍に奇襲を受けてしまう……もしそうなってしまったら逃げ延びた先でまたさらに逃げ延びなきゃならない。

 ……それに、ここで奴らを放置していたら僕の村の様な悲劇が今度は国単位で起きてしまう。


『一つ、一つだけ約束してください』


「……なに?」


 数分か、それとも数時間か……暫くしてやっと口を開いた彼女に向き直る。


『私が無理だと判断したら、絶対に逃げて下さい』


「……」


『お願いします。今ここで貴方を失う訳にはいかないのです』


「……分かったよ、約束する」


『絶対ですよ? 指切りです』


「あぁ、指切りだね」


 悲壮で、泣きそうな顔をしてお願いをする彼女に耐え切れず了承する……そのまま透けて触れられない彼女の小指に自身の小指を重ね合わせて指切りの真似事をする。


「……そういえば、何で初めて会った時は触れられたの?」


『あれは大地の精霊を祀っている祠が近くにあったからですよ』


「なるほど……それで他の人にはテラは見えるの?」


『他の人にですか? 見せようと思えば見せられますが……基本的にはステラにしか見えませんよ』


 ふぅん? なるほどね……だったら少しは安全に事を運べるかも?


「じゃあさ、テラ」


『……な、なんですか?』


 ​──偵察に行ってきてよ。……怯えて後ずさる彼女にそう言って〝お願い〟をする。


▼▼▼▼▼▼▼


『もぅ、まったく……意外とステラは人遣いが荒いですね』


 普通いくら人目に触れずに内部の様子を探る事ができるからと言って、か弱い女性を一人だけで敵地に送り込む勇者が居るでしょうか?

 私の時はそんな事はしませんでしたし、もうかつての様な力も無いと言うのに……どうしてくれましょう。


『……まぁ、内部の様子をそれとなく探るだけですけどね』


 フヨフヨと浮きながら遺跡内に潜入し、ゴブリンやオークと人間の間の子である豚頭が忙しなく色んな場所を出入りしているのを観察しながら、近い部屋から覗き込んでいく。

 ゴブリン達がすし詰め状態で雑魚寝してる部屋に物置部屋、食料の備蓄や木材などの物資が保管されている倉庫や牢屋……今は女性が三人、子どもが五人ほど捕まっていますね。


『……物を持てないこの身が恨めしいです』


 私が物理的に干渉できたなら彼女達を助ける事が出来ると言うのに……彼女たちを見殺しにするのも心苦しいですが、ステラに足手まといを押し付ける事も危険で出来ません。

 ……自分自身の無力さにガッカリしますね。


『まだ何もされていなさそうなのが幸いですね』


 最善は何とかしてステラを誘導し、先に転移させてからこの遺跡を向こう側から破壊する事でしたが……これでは彼女たちは助かりませんし、当初の予定通り何とかしてここのリーダ的な存在を倒さなければなりません。

 なんであれ、魔王軍の目的を挫く事はこの後の為になります……それにこの場所はまだ低級の魔族しか居ません。ボスを倒せば散り散りになるでしょう。


『その肝心のボスが見当たらないのですが​──あら?』


 とうとう転移の間まで来てしまって首を傾げていると、その転移の間から何やら話し声が聞こえてきますね……こっそり覗いてみましょう。


「​──から」


「​──そらねぇよ」


 中の様子を窺ってみますが……転移陣の上に大量の荷物が置かれているところを見るに、どうやら彼らはこの場所が何なのかは把握していない様ですね、良かったです。

 ですが不可解なのはこの集団のリーダーだと思われる魔族のオークと、人であるはずの男が一緒に居る事ですね。


「旦那ァ、何のために俺は無駄骨を折ったんすか」


「知らん、人の分際で口答えするな」


「えぇ? それじゃ頑張った意味がないぜ……」


 ふむ……盗賊でしょうか? 小汚い身なりの、おおよそ真面目な人間とは思えない男がオークに何かを言い募っていますね。

 大方、協力する見返りに何かを求めていたが直前で反故にされた……というところでしょうか?


「なんならこの場でお前を食ってやっても良いんだぞ?」


「けっ! ……了解しましたよ」


「ふん、最初からそうしておけ」


 どんな内容の会話なのか詳しい事は何一つ分かりはしませんでしたが、これでどの部屋に何があって、どこに監視の目が多いのか等が分かりましたし後はあのオークの弱点とか、眠る時間とか……捕虜の牢屋の鍵の在り処などが分かれば良いのですが。

 できる限りステラから危険を排除しようと指折り数えながら壁際に寄ります。


「……」


『……』


 ……気のせいでしょうか? あの盗賊の男が一瞬だけ私の方を見た気がします。


『まさか、ですね……』


 表情も何も変わらず、身体の向きもそのまま何も反応を見せませんでしたし……気にするだけ無駄でしょう。

 それよりも私はステラの為に偵察を続けなければなりません。


『……一応ステラには気を付ける様に言うべきですか』


 人の中にも魔王軍に協力する者が居るという事実を知る事は大事でしょう。


▼▼▼▼▼▼▼

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る