第3話.現状把握


『準備は良いですか?』


「……あぁ」


 翌朝、泥のように眠った僕は目が覚めて直ぐに自分の近くにあった大地の精霊様の祠を入念に掃除していた。

 むしろ自分の事を『大地の精霊の出涸らし』と名乗っていたテラが祠の荒れ具合に何も感じていない様子なのが変な感じだ……そんな彼女はよく分かってない顔でフワフワと宙に浮いている。


『では早くこの地域から脱出しましょう』


「……その前に村に寄っても良いか? 今なら奴らも居ない気がするんだ」


『……急いで下さいね』


 渋々といった様子で了承する彼女の声を合図に駆け出す……凄まじい勢いで線となって背後に流れていく木々を横目に見ながら、自分の身体の調子を確かめる。

 足場も視界も悪い森の中で嘘のような速度で走れるのも、テラの言う『大地の精霊の加護』の効力なのだろうか。

 首から下げた金色の鍵を握り締めがら昨夜の会話を思い出す。


…………


……


天命てんめい聖鍵せいけん?』


『えぇ、大地の祠に返していた​──コホン! ……大地の祠に安置されていたそれに、勇者である貴方が触れた事で私の自我が目覚めたのです。

 それは選ばれし者に勇者の宿業を与え、担い手に様々な力を与えます……私の加護が完全に馴染むまで全力は出せませんが、貴方を助けてくれるでしょう』


…………


……


 これが一体なんの鍵で、何処で使うのかは分からない……けれどこれによって僕は子どもらしからぬ身体能力と、どんな怪我をしても即座に治ってしまう超再生能力を獲得したらしい。

 ……というか、これだけしか無いとも言える。

 超再生どころか不死性を持った怪力の化け物たちが魔王軍には居るとの話だし、村にいた仮面の男も心臓を斧でかち割られていても無事だった……本当に勇者としての力が全て解放されている訳ではないのだろう。

 ……この天命の聖鍵とテラの加護との関連性もよく分からないし。


『……ここがステラの故郷ですか』


「……うん」


 森の深い所からほんの二時間程度走り続けて辿り着いた僕の村はほとんど原型を留めていなかった。

 村の郊外の畑は全て焼け落ち、僕たちの家は打ち壊されて残骸に……人なんて一人も居ない。

 半壊した家屋に、収穫祭のための飾りが残っているのがつい昨日までこの村が生きていた事を証明してくれる。


『……それは?』


「……木こりのヤンおじちゃんの斧……これしか武器になるのが無いんだ」


『……なるほど』


 王都の騎士たちが使っている様な剣や槍とは比べるべくもないけど、いつも誇りを持って仕事をしていたヤンおじちゃんが毎日手入れをしていただけあって状態は最高に近い……今は仮面の男の血がベッタリと付いてしまっているが、それだけだ。

 それでも直ぐに壊れてしまうだろうけど、丸腰よりかは随分とマシになる。


「……」


『……』


 斧を背中に担いだ後は、あの触手の怪物に食い散らかされてもう誰が誰だか分からない身体の部位を集め、村の家屋の木片を使って燃やす……そのまま大地の精霊様に、皆が安らからに眠れる様に祈る。

 連れ去られた子ども達に対してもだ……特に妹は生まれつき身体が弱い……奴らの言う実験とやらには耐えきれるはずがない。


「……っ」


 僕の見ていない所でどれほどの苦痛を受け、妹が死んでいくのかと思うと祈るために握り締めた両手が震えてしまう。


『……』


 それが終わった後は村の郊外に赴き、畑を掘り返す……すると一部の畑からはまだ無事な芋などの根菜類が出てくるので、それを食料として持って行く。


『……終わりましたか?』


「……うん。家の地下からへそくりも回収したし、食料も芋くらいしか無いけどある……行けるよ」


『……では行きましょう、彼らに見つかる前に』


 テラの言う通り、僕は早くこの地域から脱出しなければならない……もはや僕の住んでいた村があったこの『ベルナーダ地方』は完全に魔王の手に落ちたと見て良いらしく、急いで人類の支配領域へと逃げ延びなければならない。

 ……でなければ孤立し、いずれ発見されて集中的に狙われてしまう。今の僕ではひとたまりもない。


『いいですか、ステラ? 今の貴方は人より少し強いだけの只人です……上位魔族と会敵してしまえばひとたまりもありません。決して魔王軍と戦おうとせず、逃げる事だけを考えてください。……彼らはまだ貴方という勇者の存在に気付いていません』


「……分かってる」


 悔しいけれど、今の僕は普通の人よりも多少強いだけ……未だに勇者としての力を全力で振るえない。

 勇者の可能性があった子ども達を一人残らず殺すか攫うかしたと魔王軍の奴らが思い込んでいる今が逃げ延びるチャンスなのだ。


『ここから西に向かってください』


「? 王都は逆の東だけど?」


『それでは時間も距離も掛かりすぎます……ここから西に二日ほど向かった場所に転移の祠があります。そこを利用すれば『アルバーン地方』に出れます』


「……普通に行くよりも早く王都のある地域に出れるのか」


 僕の村の名前は知ってても、僕の村が税を納めている国の名前を知らなかったり、僕たちが普段使う道を知らないのに転移の祠なんていう僕が聞いた事もない物を知っていたり……テラの知識はとても偏りがある。


「それはちゃんと使えるの?」


『……えぇ、残ってさえいればまた使えるでしょう』


 どうやら世界には同様の祠がいくつかあるらしく、そのどれもが双方向だと……そして彼女曰く、今の時代の地形は把握していない為に大雑把な方角しか分からないらしい。

 そんな大昔の物でも地震などで崩落さえしていなければ使えるというのだから、いまいち信じられない……が、他に手が無いのも事実。

 普通に歩けば王都まで一ヶ月近くも掛かってしまう。


「ねぇテラ……魔王軍って今どこまで侵攻して来ているの? つい昨日まで本当に存在していた事すら僕は知らなかったんだ」


『そうですね……』


 僕の存在がバレないように足跡などの痕跡を消しながら道を往く……村の皆の一部を火葬してしまった事は仕方がないけれど、猟師の爺さんから教えて貰った技術は役に立つ。

 そんな道程での僕の質問に、テラは顎に指を当てながら考え込む。


『ふむ、この感じだとあの人​──魔王が目覚めたのはつい最近ですね……おおよそ三年くらい前でしょうか?』


「……結構最近なんだね」


 三年前、か……なら僕の村まで正確な情報が届いていないのも分かる。……そのせいで世間に取り残された僕たちの村は奇襲を受けて全滅した訳だけど、僕たちの王様も正確に魔王の脅威を把握し切れて無かったのかも知れない。

 まぁ、実際はどうなのか……王様の事情なんて僕には分からないけどね。

 ただ唯一分かる事は、僕らに正確な情報が伝わる前に襲撃を受ける程に魔王軍の進軍スピードが速いという事だけだ。


「そもそも魔王ってなに? お伽噺に出てくる昔の悪い奴って事しか知らないんだけど」


『魔王とは何か、ですか……』


 なんていうか、その昔に唐突に現れては世界を破滅に陥れようとしたけれど、一致団結して力を合わせた人類の前に敗北した災害って事くらいしか分からない。

 村の小さい子たちに大人の言うことを聞かないと魔王が現れて頭から食べてしまう……程度の認識だ。


『……私にもよく分からないですね』


「……大地の精霊で、魔王を倒す為に勇者を選んだんじゃなかったの?」


 ちょっと予想外の返答にジト目になって彼女を見てしまう。


『申し訳ありません。まだ目覚めたばかりで記憶に混濁があるようです』


「……」


『……』


「……まぁ良いけど」


『……すいません』


 なんだか都合が良い言い訳だなと思いながらも、この自称大地の精霊が居なければ何も出来ずに死んでいた訳だし……それ以上は追求しないでおく。


「それで、転移の祠を使って人類の支配領域に逃げ延びた後はどうすれば良いの?」


『……そうですね、仲間を……同じ人類の〝金属器使い〟達を探しながら力を付けましょう』


「〝金属器使い〟?」


 仲間探しは分かる……どれだけ強くても一人では限界があるし、同じ魔王討伐の志しを持つ人を集めて一緒に戦うのだろう。

 力を付ける事も分かる……僕は勇者として超常の力を宿すに至る器に目覚めたらしいけれど、それは未だに未完……まだ器として十全に力を振るえない僕自身を鍛えようと言うのだろう。

 ……でも金属器とやらが分からない。


『貴方の持つ天命の聖鍵と同じ様な物です……選ばれた者に使命と力を与える……その、とても強い武器です』


「とてもつよいぶき」


『なんか厳しい代償に、なんか凄い力が与えられるのです』


「なんかきびしいだいしょうに、なんかすごいちから」


 ……なんだろう? 急にとてもアバウトになったな?


『うぅ……すいません、私もよく知らないのです』


「……それも記憶の混濁?」


『いえ、元からです……大地の精霊は関わっていないので……』


「ふーん」


 天命の聖鍵とは別なのか……いったいどんな武器なんだろうな?


『こほん! ……ま、まぁとにかくそのとっても強い武器を扱う人達を仲間にしましょうという事です!』


「うん、まぁ……うん……わかったよ……」


『は、恥ずかしいのでそんな目で見ないでください……』


 テラは本当に僕の母親代わりに成るつもりがあるのだろうか? 全体的にポンコツの匂いがしてならない……必然的に彼女を見る僕の視線も生暖かいものとなってしまう。


『ただ気を付けないといけないのが、その金属器は魔族にも力を与えるという事です』


「……そうなの?」


『えぇ、金属器でなければ高位魔族を殺し切る事は難しいですが……金属器は同じ時代に人と魔に二人の担い手を選ぶのです』


 ……なるほど、仲間探しは単純に金属器使いを説得するだけじゃなく、魔王軍よりも先に金属器を探し出す事も含まれるのか。

 どうやら不死性の高い高位魔族を殺し切るには、彼らの加護や呪いを断ち切る金属器が無いとほぼ不可能に近い……けれどもその金属器は同時に魔族にも使える者が存在するらしい。


「でも金属器やその担い手はどうやって探し出せば良いのか……その、どんな見た目をしているのかとか」


『……そうですねぇ、本当かどうかは知りませんが天命の聖鍵を持っている勇者はいずれ巡り会うようになっているようですよ?』


「……そうなの?」


『えっと、本当かどうかはちょっと……』


 知ってた。


「とにかく大まかな行動目標はできたね」


 まずこの『ベルナーダ地方』を脱出して人類の支配領域へと逃げ延びる……勇者として完成していない今の僕は簡単に殺されてしまうし、ろくな物資もなく戦える訳がない。

 そして勇者としての力を付ける……おそらくこれは同じ人類と一緒に魔王軍と戦っていく内に実戦で鍛えられるだろうとは思う。

 最後に仲間として金属器使い達を探す……これはほぼ当てがないので保留だね。


「じゃあ、頑張るか」


 ​──いずれ奴らに報いを与える為に。


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