第2話.星が降った夜その2


「ゆう、しゃ​──ごふっ!」


『あぁ、無理に喋らないで下さいませ……今、癒しますね』


 悲しそうに目を伏せ、吐血する僕を心配しながら暖かくも懐かしい光を当てる彼女……それによって虚ろだった意識は次第に鮮明になり、荒かった呼吸は落ち着きを取り戻す。

 指先から冷えていた体温も身体の芯から温まる様な心地がして、なんだかちょっと気持ちがいい。


『……中々傷が塞がりませんね、これは強力な呪いでしょうか?』


 僕としては先ほどよりもだいぶ楽になったけれど、彼女はすぐに傷を癒すつもりだったらしい……この腹の穴を作り出した怪物を思い浮かべてみて、なるほど確かに呪われていそうだと納得する。


「けほっこほっ……はぁ……はぁ…………君は何者なんだ?」


『私はテラ。大地の精霊……の出涸らしの様な者です』


 彼女に腹部の穴を塞いで貰いながら会話を試みる。

 いくら友好的といっても、あんな事があったばかりでは警戒心が先行してしまうから仕方ないとは思うんだ……でも、大地の精霊様の名を騙るのは許されない。


「……大地の精霊様の名を勝手に名乗ると罰が当たりますよ」


『えっと、その……ふふっ、そうかも知れませんね? では、私はただの亡霊のテラです』


 見た目に似合わず罰当たりな存在だとしても、今現在僕の怪我を癒してくれている事に変わりはないんだから、気持ち優しめに指摘してみる。

 それを受けて彼女は困ったように眉を寄せた後に何が可笑しいのか、可愛らしい笑みで僕を見詰める。

 ……それが、なんとなく気まずくて少し視線を逸らす。


「げほっ……勇者って、なんのこと」


 誤魔化すように話を最初に戻す……彼女は僕の事を私の勇者様と言っていた気がする。


『まだ幼い貴方には酷かも知れませんが……私と契約し、魔王を討って貰いたいのです』


「魔王ッ​──げほっごふっ!!」


『あぁ、まだそんなに興奮してはいけません。傷口が開いてしまいます』


 そうだ魔王だ……僕は奴らに全てを奪われた。

 本当に短い時間で帰るべき村も、優しかった村の仲間たちも、冬を越すための財産も……そして唯一残った家族であった妹さえも……奴らは軽率に奪っていった。


「……君と契約すれば、僕は魔王を倒す事ができるのか?」


『……倒せるかどうかは分かりません。ですが、一つの希望にはなるでしょう』


 ……そうか、まぁ得体の知れない何かと契約したくらいで魔王なんて御伽噺にしか出て来ない様な存在を倒せる訳がないだろう。

 でも、それでも……少しでも可能性があるのなら……僕は​──


「​──奴らに復讐する為の力が欲しい」


『復讐、ですか……』


 それっきり彼女は黙ってしまう……やはりダメなんだろか? 難しい顔をして目を伏せる彼女に小さな罪悪感が芽生えてしまう。

 僕だって復讐という動機が危ういって事は理解している……けど、どうしてもこの一線を譲れそうにない。


『……いえ、未だ出逢ったばかりの私が口を出すには深すぎますね、聞かなかった事にしましょう』


「……では」


 あぁ、やはりか……得体の知れない彼女ではあるけれど、僕に魔王を倒す一つの希望になって欲しいと言っていたんだ……それに、持ち掛けられた契約を承諾する以前に傷を癒してくれる心優しい彼女の事だ……復讐なんて、あまり好きではないだろう。

 ……まぁ、彼女から齎される力が無くとも、傷さえ癒えれば僕はこのまま​──


『​──なので私が貴方の母親代わりとなりましよう!』


「………………は?」


『どのみち契約すればずっと一緒に行動する事になるのです、だったら私が貴方を教え導けば良いのです!』


「………………え?」


 …………いやいやいや、待って? 話について行けないんだけど……彼女は何を言いだすの?


『……貴方の心に深入りできないのなら、深い関係になってしまおうと思ったのです』


「……そこでなんで母親代わりになるの?」


『それは……ちょっと、こういうのに憧れてまして……』


 何故だろう……場違いにも、頬に片手を当てて小首を傾げながら照れている彼女には悪いけど、そういう事が聞きたいんじゃない……もういいけどさ。


「……君は僕の母親代わりにはなれない」


『……』


 僕の母は死んだあの人一人だけだ、他の誰かが代わりに成れるものじゃない……僕の力不足で守れなかった妹もそうだ。


「……でも、好きにすれば良いと思う」


『っ! はいっ!』


 なんだろうな、彼女と話すと調子が狂う自分が居る……まぁ母親代わりに成れるか成れないかは別として、彼女が頑張るだけなら害はないし良いだろう。

 ……むしろ、彼女の寂しげな表情の方が心臓に悪い。


『あ、そういえばまだお名前を伺っていませんでしたね』


「……」


 彼女に言われて、そういえば僕はまだ名乗ってすらいなかったという事実を思い出す。


『こほん! では改めまして、私はテラです。貴方のお名前は?』


「……ステラ、ステラ・テネブラエ」


『ステラ・テネブラエ、ですか……貴方らしくて良い名前ですね。……私と似ていて少しややこしいですが』


 怪我の治療は未だに終わらず、暖かい光は収まっていないけれど、彼女は片手を上げて僕の手を握り締めながら淡く微笑む……彼女の優しげな瞳から目を逸らし、自分のお腹にもう片方の手を乗せて確かめてみる。

 にちゃっとした生暖かい感触が伝わってくるけれど、これは本当に治るのだろうか。


『それではステラ、私と契約して下さいますか? おそらくですが、私の加護を得ればこの傷も完全に癒えるでしょう』


「あぁ、奴らに復讐する力を僕に与えて欲しい」


 僕の返答を聞いて、彼女は眉を寄せて苦笑する。


『……では勇者ステラよ、貴方に大地の精霊テラの加護を与えます』


 ……綺麗だ。

 それまでの柔らかい雰囲気が消え、神々しさを増した彼女が紡ぐ言葉から意識を逸らす事が出来ない。


『貴方には数々の試練が降り掛かるでしょう……努力は報われず、親しい人間には裏切られ、誰にも理解されず、病に苛まれ、救いの手は差し伸べられず、孤独を浸走るでしょう……それでも、私と共に人々を明るく照らすべく、巨悪と立ち向かってくれますか?』


「僕は​──」


 一度だけ目を伏せてから彼女を強い意志を以て見詰める……彼女の、その深く呑み込まれるような蒼穹の瞳を……決して目を逸らさず。


「​──僕は、僕の復讐の為に巨悪を討ち果たす……例え努力が報われず、親しい人間に裏切られ、誰にも理解されず、病に苛まれ、救いの手は差し伸べられず、孤独を浸走るとしても……それでも、僕は僕の復讐を完遂するべく、貴女と共に巨悪に立ち向かおう」


 僕の手を握った彼女から溢れんばかりの光が迸る……とてつもない光量なのに目を開けていても全く痛くなく、その光は僕を優しく包み込んでくれる。

 大きく開いたお腹の傷口から無数の光の糸が束なり、しゅるしゅると音を立てて穴を塞いでいくのがハッキリと感じ取れる。


『​──私の勇者様、どうか末永く……共に成長し、父祖神の眠るこの地に安寧を』


 光が散り、無邪気な笑みを見せる彼女の背後で​──一条の星が降った。


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