英雄譚には程遠く、されど僕は勇者である

たけのこ

第一章.星降る夜に逢う

第1話.星が降った夜


『​──もしもし、生きてますか?』


 あぁ、意識がボヤける……僕はここで死ぬわけにはいかないのに……奴ら・・に復讐し、死んでいった村の皆に報いなければならないのに……僕の身体はまるで別人かのように言うことを聞いてくれはしない。

 視界は霞み、呼吸は浅く、身体は指先から冷えていく……それもこれも原因は僕のお腹に大きな穴が開いているからだろうか……心做しか、数秒前に意識を戻してからさらに死に近付いた気がする。


『……あのぅ、もしかしてもう死んじゃってますでしょうか?』


「……?」


 ​──っと、そこで気付く……僕に話し掛けている女性の声があると。


「? ……??」


 狭い視界を必死に動かして周囲を探るけれど、声の主らしき人物は居なくて……あぁ、もういよいよ限界なんだな、と……僕は何も成す事も出来ず、村の皆の……妹の仇を取る事も、奴らに復讐する事も出来ないまま……惨めに獣の餌になるのだと思うと、悔しくて……涙がにじんでしまう。


『あっ、あっ……えっと、泣かないで? 私はここよ?』


「​──」


 あぁ、未だに変な声が聞こえるな​──なんて思ってたら唐突にホタルが集まるようにして形作られた光から、とても美しい少女が現れて言葉を失ってしまう。

 僕よりも少しだけ歳上に見えるその少女……夜の海に浮かぶ月を連想させるような波打つ紫銀の髪に、大空を思わせる蒼穹の瞳のその少女は、神秘的な顔に慈愛と母性を描きながら僕に柔らかく微笑む。


『​──私の名前はテラです。起きてください、私の勇者様』


▼▼▼▼▼▼▼


「けほっこほっ……お兄ちゃん、少し休憩しよ?」


「セレネ……でも急がないと収穫祭に間に合わないぞ」


 村の外れにある森の中……日々、僕たち村の皆に恵みを与えたくれるこの森で、僕​と妹のセレネは大地の精霊様に奉納する為の花や山菜を取りに来てたんだけど……どうやら病弱な妹は既に限界らしい。

 二歳しか違わないのに僕よりもしっかりしてて、どこかマセてるこの妹は亡き母に似て身体が弱いから無理をさせるのも悪い。

 血の繋がっていない僕を実の娘であるセレネと同じように育ててくれた母に報いる為にも、僕がこの子をしっかりと守らなきゃいけない……もちろん血が繋がっていない事はセレネには内緒で。

 彼女にまで天涯孤独を経験させてしまう訳にはいかない。


「仕方ないなぁ……ほら、おんぶしてやるよ」


「ありがとう……お兄ちゃん、大好きだよ」


「はいはい」


「本当なのに……もう」


「わかってるって」


 妹を背に背負い、二人分の籠を両手に持ってまた歩き始める。

 行方不明の父に病没した母を持つ孤児の僕たちを嫌な顔一つせず、我が子の様に暖かく育ててくれる村の皆の為に何か出来ることは無いかと、妹と二人で年に一回の収穫祭に出す供物を張り切って採取しまくったのは良いが……妹本人はともかく、僕まで夢中になってしまって、二人して妹の体力配分を間違ってしまったのは反省しなければならない。


「……ねぇ、なんか焦げ臭くない?」


「……確かにそうだな」


 山火事でも起きていたら大変だと、村への帰路を急ぐが……何故か僕たちの村へと近付けば近付くほどに何かが焼ける臭いは濃くなっていく。


「お兄ちゃん……」


「大丈夫だ……」


 次第に僕たちの口数は少なくなっていき、やがて何も喋らなくなる……それに比例する様にして僕の歩くスピードはドンドン早くなる。

 もはや何も言わずとも、呼吸が乱れようとその歩みを止める事はなく、荒れる呼吸音と酷く早く脈打つ鼓動のみが僕の耳を叩く。

 嘘だ、違う、そんな筈は無い……でも……そんな無意味で脈絡のない思考ばかりが頭を占拠する。


「大地の精霊様、大地の精霊様、大地の​​──」


 妹の祈りも虚しく、僕らが帰り着いた自分たちの村は​──激しく炎を上げながらむせ返る様な血と肉が焼ける匂いが充満していた。


『キュー、キュー』


「え、もう年寄りと男は全員食べちゃったの? ちょっと早いよー」


 絶えず流動する肉の触手を顔の外周から複数ぶら下げた化け物……乱くい歯の間には人の手足が挟まっていて、それが不愉快なのか巨大な自身の鉤爪で取ろうとしている。

 そんな奴のすぐ側ではキチンとした身なりの見慣れない仮面を被った男が書類の束を手に頭を搔いている……そんな異様な光景に息を飲む。


「ひっ!」


「……あれ、まだ村に子ども居るじゃん」


 思わず漏れた妹の声に反応して奴らがコチラを振り向く……完全に人を人とも見ていない様な言い草に背筋に怖気が走る。


「お、お前ら何者なんだよ……」


「んぁ? 俺たち?」


「……お前ら以外に居ないだろ」


「それもそっか」


 妹を背から下ろし、庇いながら時間稼ぎの問い掛けをする。

 今ここで背を向けて逃げたところでダメだと警鐘を鳴らす本能に従いながら、ジリジリと森にほど近い木こりのヤンおじちゃんの家へと近付く。


「いやなに、ここら辺の村に蚯蚓を祀る祠があるらしいからそれを壊すのと​……村の中から勇者が現れるから皆殺しにしろって​──魔王様が」


「​──」


 事も無げに返す仮面の男に言葉が出ない……大地の精霊様の蔑称を用いている時点で特定の勢力しか思い浮かばないというのに、奴らはダメ押しでその名を口にした​──魔王ルーメンマルム悪の光、と。

 お伽噺でしか聞いた事が無かった、何処かの国が戦争をしているとは行商人のおっちゃんから聞いてはいた、でも日々の暮らしで精一杯で実感が無かった。

 でも奴らは目の前に居る……見た事も聞いた事もない怪物を従えて、この僕の目の前に。


「いや〜、にしても子どもは全員捕らえたと思ったんだけどなぁ……まさか森に行ってる奴が二匹も居るとは」


 やれやれと首を振る仮面の男の後ろ姿では化け物がアンおばさんを触手で貫き、そのまま口に運んで咀嚼している。

 後ろの光景を気にせずコチラに歩いて来る仮面の男に合わせて妹を背に庇いながら後ずさる。


「まぁいいや、この二匹のうちのどちらかが勇者だったらシャレにならんし……捕まえるか」


「っ! セレネ! 逃げろ!」


 妹に走って逃げる様に叫び、木こりのヤンおじさんの家に立て掛けてあった斧を掴んで振りかぶる。

 丁度斧が奴の死角にあったのと、まさか子どもの僕が反撃して来るとは思ってなかったのか……幸運な事に斧での一撃は奴の左肩から横腹辺りまで深く沈み込む​​──


「​──馬鹿ヤロウ、痛てぇじゃねぇかッ!!」


「ガっ?!」


 心臓まで届いているはずの斧を放置したままの仮面の男に殴られ、化け物の近くまで吹き飛ばされる。


「こっちは親切に色々と教えてあげてたのにつけ上がりやがって……これだから躾のなってないガキは嫌いなんだ」


 無造作に斧を引き抜きながらボヤく奴のテンションが場違いで理解出来ない。


「モモチ、こいつ持っとけ」


「きゃあ?!」


「っ! 妹を放せ!」


「おっと、坊主はこっち」


「やめろ! 妹に何をす、る……?」


 仮面の男に放り投げられ、化け物の触手に掴まれた妹に手を伸ばすが仮面の男に襟首を引っ張られて引き離されてしまう。

 そうして初めて見える景色……化け物の後ろにある広場に広がる光景に絶句する。


「あ、今気付いた感じ? だから威勢良かったのかぁ〜」


『ガェェップ』


 目玉をくり抜かれて縛り上げられた同年代の子ども達に、虚ろな目でゴブリン達に犯される優しかったお姉ちゃん達……色んな事を教えてくれたお爺ちゃんやお婆ちゃん、力自慢で村の稼ぎ柱だったお兄ちゃんやおじちゃん達の食い散らかされた手足と、ゲップをする化け物。

 村の皆の変わり果てた姿に自然と涙が流れ、怒りに頭が沸騰する。


「う、うわぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!」


「うわっ、なんだコイツ急に叫んで……」


 感情が制御できなくて叫べば「気持ち悪っ」なんて吐き捨てながら仮面の男は僕を投げ捨てる……それ幸いにと駆け出し、せめて妹だけでも助けるべく化け物に向かって拳を振り上げる。


「放せ! 妹を放せ!」


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


『ニャー?』


 外見に似合わない可愛らしい鳴き声を発する化け物を殴って攻撃するけど、全然効いて​──


『ワンワンッ!!』


「……あっ」


 ​──無意味に拳を振りかぶる僕の腹を、化け物の触手は無造作に貫く。


「あー、やっちゃったかー……もう! 子どもは実験材料にするって言ったでしょ!」


『きゅ〜ん』


「そんな可愛い声を出してもダメです! モモチは晩飯抜きです!」


『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』


「怖い声を出してもダメでーす」


 血溜まりに沈む僕に見向きもせずに奴らは間抜けな会話を続け、もはや僕は放って置いても死ぬと思われたのか……周囲の獣達に指示を出しながらこの場から離れて行く。


「妹、を……返せよぉ……!」


「お兄ちゃん​──あっ」


「ちょっと寝ててね〜、子どもの声と煩いの嫌いなんだよね……モモチ、そのガキどっかに放り投げてて」


『にゃ〜』


 のしっのしっと足音を立てながら化け物が近付いて来る……何かをされた妹がパタリと動かなくなり、そのまま他の子ども達と一緒に連れて行かれるのを見ている事しか出来ない。


「お前らぁ……なんなんだよぉ……っ!」


『ちゅん?』


 心做しか首を傾げている様に見える化け物の、丸太の様な足で蹴り上げられて僕は宙に吹き飛び……そのまま意識を失う。


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