姉のチョコは妹のモノ。妹のチョコは姉のモノ。
レミューリア
妹のベッドの下からいかがわしい本が出てきてしまったのですが!
「ひかり、話があります」
私はトイレから帰ってきた妹、宮沢ひかりにできるだけ厳しい声を投げかけました。
厳しくしないとこのきょとんとした顔のかわいい妹にほだされてしまう……からではなく、事の重大さが伝わらないと考えてのことです。
「何?あかり?早く宿題終わらせたいんだけど?」
そう、今ここは妹の部屋の中。
かわいらしく明るく女の子らしく。部屋主を思わせる愛嬌たっぷりの部屋で私、宮沢あかりは妹に勉強を教えていました。
ほんの少しのトイレ休憩の最中。わざわざ言う必要はないと思いますが妹を持ち心配する姉としては当然の行いとしてベッドの下や家具の間を探っていた私は
「座りなさいひかり。あとは私のことは昔みたいにお姉ちゃんと呼ぶように」
「今更、無理だってー。はずいしさ……で、何?」
棒アイスの袋をぺりぺりと開けながら雑に座り込むひかり。
人を呼びつけておいて勉強する気のない妹の姿にわかりやすくため息をついてから、私は机の上に
「先ほど、ベッドの下からこのような本が出てきました」
置かれた本にはデカデカと黒光りしたものをキレイなお姉さんが夢中になって頬張っている……ちょっと、いやかなり大胆な表紙が写っていました。
それを見るやいなやひかりは突如顔色を変えて、アイスを食べる口を止めて私に振り向きました。
「えっと、そ、その……ひかりもこういう事に興味を持つ年齢なのはわかります」
「な、な……!?え……?」
嗚呼、神様。
もじもじしながらも必死に話す私の言い方は正解なのでしょうか。
困惑する妹をなるべく傷つけず、正しい道へと導けているでしょうか。
「ほらその、自分のが他と比べておかしくないかとか。色合いとか硬さとか。経験のないことだから始めてに備えて知りたがる気持ちもわかります……でもそんな、こういった本はひかりにはまだ早すぎると思うの……!」
真心を込めて言った言葉は妹に届いているのか、いないのかはまだわからない。
でもきっと届く。何故なら私はひかりをとっっっっても心配している。その真摯な気持ちはきっと妹に伝わるはずです。
ふと棒アイスがぽとりと地に落ちました。
「お姉ちゃんの、馬鹿――!!!!!!!!」
急に立ち上がったひかりは件の本を手に取りばかばかと連呼しながら私の頭をぺしぺしと何度も叩きつけます。
どうやら気持ちはまるで通じなかったみたいです。くすん。
「それベッドの下の棚から出してきたんだよね!?人がいない間に物色したんだよね!?最っ低っ!最低最低サイテ――!!!」
「ちょ、あぅ、ひかり、そのことはごめんね、でも」
「ごめんじゃないよ!大体、私には早いって何!この『バレンタイン特集!気になるアノ人☆への甘々チョコの作り方♡』を私が読んでたらそんなにおかしい!?」
そう、チョコの作り方。
表紙には黒光りしたとても美味しそうで、お洒落なチョコレートとそれを美味しく口いっぱいに堪能してるキレイなお姉さんが載っています。
お菓子作りどころか台所に立つことなんて学校の授業しかない妹にはきっと未知に満ちた本であることが伺えました。
「わ、私はねひかりが心配で……はじめての調理で湯せんで火傷とか、包丁で手を切らないか心配で心配で……!」
「余計なお世話っ!馬鹿!お姉ちゃんの馬鹿!」
本は鈍器ではないことを思い出したのか、優しく雑誌を机の上に置いてひかりは私の胸をぽかぽかと叩きます。
とはいえ非力なひかりの殴打はとてもか弱く。
妹のお姉ちゃん呼びを堪能する余裕がある程です。
「ひかり、チョコ作りならお姉ちゃんいつだって手伝うよ?いつも私のチョコ美味しいって言ってくれるじゃない」
姉にとってバレンタインは愛する妹にチョコをプレゼントする日なのです。
いつからかはわかりませんがお母さんの作ってくれたチョコを食べて幸せそうな妹を見て気づいたら私もチョコを作るようになっていました。
「うぐっ。……て、手伝ってもらったら意味ないし」
ばつの悪そうなひかりに私は疑問を抱きました。
面倒くさがりで自分の勉強ですら今みたいにすぐにお姉ちゃんを頼ろうとするいつものひかり。
そのひかりが、こんなに自分の力でやり遂げようとする。少なくても友チョコではありません。ひかりはいつも私に作らせます。
私は本の表紙を見直し、一つの予想が頭の中に浮かびました。
「もしかして、もしかしてだけどひかり……好きな人がいるの?」
図星を突かれたのか、びくっと驚いて目を逸らすひかり。
姉歴13年。ひかりが生まれてからずっとひかりのことを考えて生きてきた私にはわかります。これは正解、だと。
「そんな…!お姉ちゃん聞いてないよ!?」
「普通言わないから!ちょ、もう、もうやめてよ!」
「やめません!誰です!ウチの妹をたぶらかしたのはどこの女狐なの!?」
おっとりしている。ぼけっとしている。
そう言われる私にもここまで燃える思いを抱くことがあったことに私自身驚きますが、かわいい妹を奪われそうになっている姉として当然の感情かもしれません。
「ちょ、ちょっと……顔、顔近いよ」
ハッと私はいつの間にかひかりの両手首を掴み、部屋の壁に身体を押し付けて、顔と顔が触れ合いそうな距離になっていました。
道理で姉を興奮させる効能がある妹のいい匂いがするはずです。
ひかりは赤面し恥ずかしがりながらもそんな顔を隠せない。そんな妹のかわいらしく悶えた様子に私は思わず笑みを浮かべて姉妹ます。
「絶対、離さないから。その人との一番近い思い出は?」
「あっ……」
ひかりの耳に息とともに囁きかけると、くすぐったいような素振りを見せて観念したように話しはじめました。
妹の目にはやや涙ぐんで私の胸をちくりと痛ませましたが妹の秘密やプライバシーを知ることはお姉ちゃん特権だから仕方ありません。これも全ては妹の為、心を鬼にします。
「手を握りあって、○島ス○ーランドで一緒に楽しんだこと……」
なんて羨ましいんでしょう。
ひかりの柔らかくもぷにぷにとした手を繋ぎその感触を満喫しただけではなく、アトラクションを一緒に遊んだとは。
私も二週間前くらいにひかりと手を繋いで一緒に行きましたが、最高でした。
幸せすぎた一日。私はあの時の妹の手の感触を思い返します。ぷにぷに。
「あっちょっと……」
妹の抗議を無視して手首を抑えていた手は妹の両手を掴み、まるで恋人繋ぎのように絡み合います。
ひかりはますます恥ずかしがってる様子でとてもかわいらしい。
こんなかわいいひかりに思われている人への憎しみと怒りが募ります。
「その人はひかりの気持ち、知っているの?」
「…………知らないんじゃないのっ」
長い沈黙、そしてちらちらと私の顔を見てからひかりは急に機嫌が悪くなってしまいました。
でもそれもそのはず。
こんなに可愛い、姉である私の贔屓目無しで見て宇宙一可愛いくらいは間違いないひかりの恋心に気づいてあげられないだなんてその人物はあまりに鈍感。最低と言えるでしょう。
その後も詰問は続きます。
どうやらその人物はひかりから見て年上で。
料理上手でお菓子作りも得意の物で。
お胸が大きい人で。関係ありませんが私もサイズは大きいのですが肩凝り酷いしコンプレックスなんですよね。
かなり頻繁に会って頼りになる人でついつい甘えてしまう。
思い込みが激しくてたまに強引。などなど。
何より驚いたのは相手が女の人だということです。
ひかりが女の子を好きになるだなんて予想もしていませんでした。
「ひかり、女の子が好きなんだ……」
思わず私は呟いていました。
「うん……」
「難しいかもとかフラれるかもとか、怖くない?」
「んーそれは男女の恋愛でも怖いのは同じじゃない?それに私、自信あるんだよねっ」
「自信?」
「その人も絶対、絶対、絶対私のこと好きだし。愛されてる自信はあるし。今は私のこと、子供だと思って溺愛してくれてるけどいつか振り向かせてガチの恋愛感情抱かせてやる……って思ってる」
ちょっと恥ずかしそうに言うひかりは私の知らない、ひかりでした。
「すごい。ひかりならできるよ」
「うん、待っててね」
待ってて?
その意味もわからず私は頷いた。妹の気持ちには驚いたけど、それを尊重するのが姉だから。
「うん、ごめんね長々とお話ししちゃって。そろそろ寝るねおやすみ」
「うん。おやすみ、あかり」
まだ言いたいことは沢山ありました。
結局、ひかりの好きな人はわかりませんでしたし。
でも、ひかりの本気は私の知らない熱さを持っていてそれを邪魔する権利は『わからない』私にはきっとありません。
妹曰くの『ガチの恋愛感情』を、私も抱く日がいつかやってくるのでしょうか。
まるでひかりに先を越されたみたいでちょっと悔しい。
「あ、宿題はちゃんと終わらせてね!」
「最後に一番いらないこと言い残さないでよ!?」
数日後、バレンタイン当日。
不器用な絆創膏だらけの手から差し出されたチョコ。
不格好で。味もスマートじゃない。
だけどただただ熱意のこもった本命のチョコによって私はガチの恋愛感情を抱くことになるのです。
熱くて、甘い。いやらしくもあり情熱的でもある感情を、妹に。
姉のチョコは妹のモノ。妹のチョコは姉のモノ。 レミューリア @Sunlight317
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます