(外伝)~深森の魔女のモノローグ~



 寂しかった。




 始まりはただそれだけだった。



____________________



私は物心ついた時から、母様との二人暮しだった。




 けれども母様は、私より魔術の方に興味を抱いていた。




 だから、私の世話をするのはいつも、母様の使い魔達だった。




 子供ながらに、母様が私に興味が無いことは分かっていた。




 でも、でもいつか。


 母様が私の方を向いてくれる。




 それを信じて、私は我儘を言わず、母様の使い魔の言うことを聞いていた。








 母様は幼い私にある森の家で待つように言った。




 私は素直に頷き、母様が迎えに来るを待っていた。




 しかし、その日から母様がやってくることは無かった。




 月に一度、母様の使い魔がやって来て、母様の伝言を伝える。




 それが私と母様の間を繋ぐ唯一の物だった。




「アンジェリカ様、あなたのお母様から伝言でございます。」




 いつも、その文言から始まる、とても事務的な物だったけど、それが唯一の繋がりだった。




 私は母様の言葉を信じ、母様の帰りを待ち続け、いつの日か迎えに来た母様に褒めてもらおうと務めた。








 魔物の錬成もそのひとつだった。








 その日、家の近くを歩いていると魔物がいた。




 私は倒そうと思い近づいて、木の根につまづいてコケた。




 その時、私は持っていた鞄の中身をぶちまけてしまい、その中の、昼食の為に持っていたパンが魔物の方に転がって行った。




 その時、何と魔物は転がって来たパンを食べるとこちらに懐くような素振りを見せた。




 自分の知る物とは全く違うその姿に、私は興味を持った。




 そして、誰も居ない寂さもあり、私はその魔物を連れ帰ることにした。




 一度懐いたように思われた魔物だったが、家に連れて帰ると再び、いつもの様に人を襲う獰猛な性格に戻っていた。




 やむを得ず、私はその魔物を魔法で倒した。




 魔物が居た所にコロリと綺麗な魔物の核が落ちる。




 そして、その核を拾い上げた時、私は思った。




「この子はダメだったけど、次の子は大丈夫かもしれない」






 それが、その考えが全ての始まりだった。






 私はそれ以来、懐かせて連れて帰り、同じように獰猛な性格に戻ってしまった魔物を倒し、その核を集めるということを繰り返した。




 ある程度核が集まると、禁術である魔物錬成の陣を試してみたりした。




 しかし、いくら懐かせても、いくら作っても、自分に従順な魔物は出来なかった。








 そしてある日、私はあるを見つけてしまった。




 その日は、母様の使い魔のやってくる日だった。






 私は魔物の核や実験道具を片付け、使い魔がやってくるのを今か今かと待っていた。




 そして、いつものようにやって来た母様の使い魔の姿を見た時、ふと使い魔の従順さを魔物に組み込めないだろうか、そう思ってしまった。




 そこからの行動は早かった。




 いつもの文言を始めようとする使い魔に魔法を放ち、気絶させ、片付けた核を出して来て、陣を描き魔物を錬成する。




 そうして呼び出した魔物に、気絶させた母様の使い魔を取り込ませたのだった。








 結果は成功。




 魔物は私に従順な態度を示すようになり、私はその魔物を「ドゥンケル」と名付けた。




 母様の使い魔を魔物に取り込ませたことで、私は母様の迎えを待つ事をやめた。




 私はすぐに慣れ親しんだ森の家を離れ、母様から逃げるようにして深森の小屋に移り住み始めた。




 深森に移り、しばらくは身を隠して暮らしていたが、その数年後、風の噂で母様が死んだことを知った。




 あれだけ寂しく、いつもいつも母様の迎えを待っていたのに、噂で聞いた母様の死は何処からか他人事のように感じられ、悲しさもやってくることは無かった。




 私は母様の死後、魔女の集まりやほかの魔女の街を訪れる事が多くなった。




 それには、知識を得るという目的も確かにあったが、一番は私のドゥンケルがどのくらい強いのか、という単純な好奇心をみたせる場所を探すためだった。




 そして、見つけたのが時計台の街。


 魔女でありながら魔女に忌避される存在、「浄化の魔女」が産まれたという街だった。






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 ドゥンケルに裏切られた。






 そう思った時には、もう魔力が、そしてそれだけでは足りないのか、私の思考や記憶、存在までもが吸い取られて行く。


 私はどこで間違えたのか、どうなるのだろうか、そんな言葉が浮かんでは吸い取られて、消えてゆく。


 そうして、感情も、感覚も、意識も、ほぼ全てが吸収されていき、最後の最後にドゥンケルに飲み込まる瞬間。




 私は、私の中に残った思いはただ一つ。








『寂しかった、ただそれだけだった。』




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