(番外編) 〜焚き火の前で〜

ある星の綺麗な夜のこと。






 街道沿いの夜の森。


 いつもは誰もいないその森に、今日は古びた荷馬車が1台停まっていた。




 荷馬車の荷台にはきちんと整理された木箱が所狭しと並べられており、荷馬車のすぐ傍には、ここまで荷馬車を引いてきたらしい馬車から外された馬が一頭、のんびりと小さな桶に入れられた草を食んでいた。




 そして、荷馬車からほんの少し離れた火の傍では、慣れた手つきで、焚き火が消えないように火に薪を足している少年と赤々と燃える炎とは正反対の凛と冷たい蒼い髪を持つ少女が暖を取るために起こした火を眺めながら隣合って座り、話をしていた。






 話は弾んでいるようで、森には明るい笑い声が時折聞こえてくる。








 ♯♯♯








 ―――こうして、ライゼと他愛もない話で笑い合うはいったい何度目だろうか。








 ふとそんなことを思いながら、セレスタイトは野宿をする度にしている、いつものライゼとの談笑を楽しんでいた。






 普段ならきちんと疲れを取るために街の宿を取るのだが、これまでも度々、次の街まで少し遠かったり、うまく宿が取れなかったりして、やむを得ず野宿をする時があった。


 その野宿の度に毎回、寝る前に火を囲んで談笑をするうち、いつの間にか、寝る前の寝物語のような穏やかなこのひと時を過ごすことが、口には出ない二人の約束のようになっていた。




 そして、こんな時に出てくるのは、本当に何気ない話題。






 お互いの幼い頃の失敗や今まであったこと、相手の知らないことや自分の知らないこと。


 セレスタイトの魔法の話に、ライゼの行った色々な街の話。






 先程まで話していた話題も、そんな何気ないもので、その話に一区切り着いた時。


 ライゼがふと何かを思い出したような顔をした。




「あっそうだ、セレス。1度聞きたかったんだけどさ、聞いていい?」


「?うん、何?」






 ライゼが言う、『聞きたかった事』という物の検討が付かず、そして急に改まったような態度になったその様子に、セレスタイトは、はてと首を傾げる。




「その…前のさ。ほら、俺が大怪我した時のことでさ。ちょっと不思議に思うことがあって……。」






 もう何年も前の事のように思えるが、セレスタイトが住んでいた街の近くの森に現れた『悪しきもの』を母の作った魔法陣を使って自分ごと封印し、髪飾りから出られるようになって、街を出て、こうしてライゼの旅に同行し始めたのは、暦にしてみると、実は意外と時間が経ったよう経ってない。




 そして、ライゼの言う『大怪我した時』というのは、初めて『悪しきもの』と対峙した時にライゼがセレスタイトを庇い、意識失った時のことだろう。




「セレス、転移魔法陣で運んだって言ってただろ?」


「うん、言ったね。」


「俺さ。気を失ってで目が覚めた時、いつの間にかあの客室に居たって記憶しかないんだ。森の中で気を失ってで、そこまで運ばれたってことは納得出来るんだ。」


「うん」


「でもさ、前にしてくれたセレスの話だと、転移魔法陣ってそんなにピンポイントで場所の指定まで出来ないんだよな?」




 セレスタイトは素直にコクリと頷いた。


 ライゼの言う通り、魔法は便利ではあるが、万能ではない。


 魔力が尽きれば何も出来ないし、制約や出来る事にも限界がある。


 転移魔法の『 場所の詳細な座標設定が出来ない 』というのもそんな制約のひとつだ。




「で、セレスも確か、あの日は森から庭に転移したって言ってた……よな?」




 ここまで来ると、何となくライゼの聞きたいことが分かった。




「セレス、庭から客室までどうやって俺を移動させたんだ?」






 ―――あー。やっぱりそれかぁ……。




「えーっと、あの、それは………」




 セレスタイトの顔をじっと見つめ、ライゼが尋ねると、セレスタイトはすうっと顔を逸らした。


 その仕草は、誰がどう見ても明らかに返答を躊躇っていることが分かるものだった。




 セレスタイトはそのまましばらく、その目線を明後日の方向に泳がせていたが、やがて二人の間に落ちた沈黙にいたたまれなくなったのか、意を決するように深呼吸をして、ライゼの方に向き直り、口を開いた。






「えーっと、あのね?あの日は、あの森で怪我を治して、転移魔法陣で私の家の庭に転移してね。その後、うん。その後なんだけどね?……ライゼは気を失ったままだったけど、このままにして置けないし、私以外誰も居なかったから……。風魔法で補助をしながらなんだけど……えーっと、その…ライゼをね?あの、えっと……お、お姫様抱っこみたいにして運んだの………。」




「えっ?オ、オヒメサマダッコ……デスカ」




「う、うん。そう、お姫様抱っこ……。あ、あの時は必死で何も考えてなくって、その…えっと、あの……なんか、ごめんね?」




「……」


「……」




「「……」」








 夜の森はいつもと同じように静かで、焚き火が燃える音がよく響き、時折パチパチと音を立てて弾け、火の粉が空に登って行く。




 相変わらず、星が綺麗な夜だった。










 ♯♯♯








 ちなみにその翌日、




 『 二人の会話がひどくよそよそしかった。 』




 とは、 ガスパル 談である。


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