(25)〜少年と氷華の髪飾り〜
ガラガラと古びた荷馬車が鳴り、馬の蹄の音が聞こえる。
「ガスパル、随分街から離れて来たし、そろそろ休憩しよう」
荷馬車に乗っていたライゼがガスパルに声をかけ、ガスパルがいつもと同じ、返事をするように嘶く。
程なくして、荷馬車は道を少し外れ、小高い丘の裾に止まった。
ライゼは荷馬車から降りると、桶に水と餌を入れてやる。
そして、ガスパルが喜んでそれを食べ始めたのを見ると、一人丘を登って行った。
丘を登りきった先、風が丘を駆け抜け、丘にある草花を揺らして、緑の波が起こる。
そしてそこからは周りの風景が一望でき、小さくあの時計台のある街も見えた。
「セレス、街が見えるよ」
ライゼは自分の服の胸ポケットに挿してある、蒼い華の髪飾りにそっと話しかける。
♯♯♯
あれからもう数日が経った。
セレスタイトが森を浄化した蒼い光と共に消えたその日。
髪飾りを持ってセレスタイトの家に帰ってきたライゼは、すぐに荷物を纏め、セレスタイトに手紙で頼まれたように、机に置いてあったもう一通の手紙を薬屋の夫婦に届けた。
薬屋に着き、店の扉を開けると、ドアベルの音とともに「いらっしゃい!」と明るい声が聞こえて来た。
その日は店内に人はおらず、薬屋の夫婦は薬が売れて空いた棚に商品の補充をしていた。
ライゼは薬屋夫婦に事情を話し、「セレスタイトから預かった」と言って白い封筒を差し出した。
手紙を読み、おかみさんは泣きじゃくり、店主はただ一言、「そうか……」と言っておかみさんをなぐさめていた。
しばらくして、ライゼが店を出ようとした時、二人は宿は決まっているのか、と聞いて来た。
ライゼが今から決める、と答えると二人は空き部屋を祭りの間貸してくれた。
祭りは魔物討伐隊が無事に帰って来たことにより、予定通り早く再開出来ることになった。
無事に再開された祭りには例年以上に賑わい、ライゼも無事にこれからの旅費を稼ぐことができ、この街を出ることにしたのだった。
♯♯♯
あの時計台の下では人々が、今も佳境を迎えた祭りを楽しんでいるのだろう。時折、花火が上がっていた。
「さて、少し長居をし過ぎた。そろそろ行こうか」
そう言って、ライゼが丘を降ろうとした時。
キラリと一瞬、髪飾りが光った気がした。
「えっ?」
不思議に思ったライゼがポケットに挿していた髪飾りを手に取る。
すると、髪飾りはキラキラと光り始め、宙に浮かび上がり、蒼い光が溢れ始める。
ライゼは突然現れた光に一瞬目を背けたが、しばらくしてその中に人の形の影が現れたのを見た。
「セ、レス?」
確証はない、ただそんな気がしてライゼがそう呟くように声を掛けると、光の中から蒼い髪にあの髪飾りを挿したセレスタイトの姿が現れた。
セレスタイトは閉じていた目をゆっくりと開き、ライゼの姿を見ると、花が綻ぶように笑う。
「ライゼ、ただいま」
そう言って、セレスタイトはいつものロングケープをはためかせ、両手を広げてふわりとライゼの方に落ちて行き、ライゼはセレスタイトをそっと受け止めた。
「セレス、本当にセレスだよな?」
「うん、私だよ。心配かけてごめんね」
「いや、無事で良かった……。なあ、セレス。改めて返事聞かせてもらっていいか?」
「うん、私は行きたい。ライゼの旅について行きたいな」
そうセレスタイトが言ったその時、街の方から昼を告げる鐘の音が、遠く響いてきた。
その音は今日はどこか喜びに溢れ、祝福しているように思える。
若草を揺らしながら野原をざあっと風が通って行く。
夏はもうすぐそこにやって来ていた。
~こうして、少年と氷華の髪飾りになった少女は旅に出る~
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